ep201 魔道具の鑑定
ep201 魔道具の鑑定
僕らは失われた山の民の城郭を立ってブラル山へ向かった。ブラル山までは峠の尾根伝いに険しい道のりだが、山オーガ族の少女ギンナと氷の魔女メルティナは魔獣ガルムの仔コロに乗り楽々の道行だ。
そして、なぜか急遽に里帰りを言い出した火炎の女チルダが同行している。
「マキト。旅も久しぶりじゃん」
「そう…最初の貴族会議…以来ですかねぇ」
道案内にチルダの同行は心強い。ブラル山に近付くと周囲は火炎トカゲの生息域となる。
「おぅ、お前も懐かしい顔じゃん…【火球】」
「っ!」
前方に現われた火炎トカゲへチルダが連続に火球を投じると、そのまま大口を開けて火球を呑み込んだ。チルダに攻撃の意図も無く気軽な餌やりの様子と見える。
岩場の陰から若い火炎トカゲがワラワラと湧き出して来た。…流石に数が多い。
「ちぃ、集まって来ちまってッ【火炎】」
「…」
地面から立て続けに火柱が燃え上がる。それは珍しくチルダが手加減をしたか火勢に威力も無い。そのまま火柱の中へ若いトカゲたちが飛び込んで喰らい尽くす様だ。
………
チルダの活躍もあって無事にブラル山の中腹の町ブラアルへ到着した。先行していたギンナと氷の魔女メルティナが出迎える。
「マキト様。宿の準備を整えております」
「はいですぅ~」
何故かどや顔で報告するメルティナへ僕は曖昧に頷いた。
「魔道具を仕入れてから宿に向かうよ」
「はっ」
僕が旅の資金からギンナとメルティナへ小遣いを渡すと二人はホクホク顔で町へ買い物に出掛けた。僕は蒸気鍋の専門店であるスミノス商会を見付けた。以前とは異なり新たな大店を構えている。
「こんにちは、スミノスさんはいますか?」
「お客様。…師匠とは、商談のお約束ですか?」
「いや、古い知り合いで、マキトが尋ねて来たと…」
「よぉ、兄弟ッ!」
声の方を見ると、貫録を増した鍛冶職人の男スミノスが立っていた。煤に汚れた顔に白い歯を見せて笑顔を決める。
「スミノスさんが、弟子を取る様になるとは…」
「驚きだぜッ…マキト。中へ入りなッ」
再会の喜びもそこそこにして僕は問題の蒸気鍋を取り出した。
「ちッ、まがい物だ!」
応接室へお茶を持って来た弟子の反応も『またかッ』と言った表情である。詳しく話を聞くと良く似せた形の蒸気鍋に刻印も類似した粗悪品らしい。試しに蒸気鍋へ水を注ぎ加熱すると弁の動作に不具合があった。蒸気をタダダ漏れにしては圧力鍋の意味を成さない。
「こんな、粗悪品を放置しては店の沽券に関わりますよッ」
「そうは言ってもよぉ…」
普通に蓋付きの鍋を販売するなら構わないのだが、スミノス商会の主力商品である蒸気鍋へ似せた作りと刻印が紛らわしい。それに高価な値段を付けて粗悪品を古物商へ流している者がいると思えるのだが、悪事を取り締まる方法も警察組織の協力も無い。
「魔道具の鑑定でも出来りゃ、犯人を捜す事も…可能かぁ?」
「うむ。任せてくれッ」
僕はお節介を引き受けた。
◆◇◇◆◇
女性陣はブラアルの町で魔石と宝石を買い装飾品を作成するらしい。火炎の女チルダは実家へ挨拶に行くと姿を消した。里帰りの口実なのだから実家にて寛いでいるのだろうと思う。
僕は護衛に河トロルの戦士リドナスを連れてブラアルの商店を周った。
「魔道具の鑑定と、修理から魔力の充填も行いま~す」
「ほほう、珍しい…魔道具の職人かね?」
革製品の店のご主人から修理の依頼を受けた。
「はい。何でも修理いたしますよッ」
「こいつを見てくれ…」
革製品の加熱と加工を行うアンロンに似た焼き鏝と見える。
「ふむ。年季が入っていますが…修理すれば、現役復帰できます」
「頼むッ」
「へい。毎度ありッ」
僕は銀線を溶かして焼き鏝を修理する。加熱の魔方陣へ魔力を注ぐと現役の熱気が感じられた。
「おぉぉ、良くやってくれたッ」
「!…」
愛用の商売道具が修理で蘇ると感動された。僕は喜ぶご主人から修理代を受け取る。
「この鍋の調子も見てくれるかい?」
「はいッ。お安い御用です」
早速に問題の蒸気鍋を発見した。ご婦人に鍋の入手経路を尋ねると露店の行商人から買った製品との事だ。僕は粗悪品の刻印を確かめて事情を明かした。
「なんと、あたしゃ騙されたのかいっ!」
ご婦人は怒り心頭な様子であったが、スミノス商会で格安に本物の蒸気鍋が手に入る…特別販売の開催を伝えると、上機嫌で購入へ出かけた。…お得意様ゲットだぜッ。
そんな調子で僕は粗悪品の駆逐へ乗り出した。
◆◇◇◆◇
粗悪品との戦いは困難を極めた。魔道具の修理屋として信用を得て怪しげな魔道具を鑑定するのだが、この世は模造品と粗悪品の天下らしい。ろくに使えもせずに壊れる役に立たない品物が多過ぎる!
それでも問題の蒸気鍋を発見する都度に入手経路と行商人の特徴を聞き出して、犯人かその流通経路と思われる人物を拘束した。若き河トロルの護衛たちの働きだ。
「正直に 話すが良いッ♪」
「…」
若き河トロルの護衛ラウニルはサリアニア侯爵姫の言い様を真似て行商人の男を尋問した。
「この鍋はどこで、手入れた物か?」
「…知らぬ…」
「知らぬハズが無かろう、つまらぬ意地は 命を縮めるゾッ♪」
「くっ…」
治療師のレインナが男の指先に傷を付けた。血判を押す程度の痛みだろう。
「主様。獲物の肉は 血抜きをした方が 美味しう ゴザイマス♪」
「うむ。任せる」
僕が尋問の継続を促すと、レインナは水の呪文を唱えた。
「我が手に集え…【集水】」
「うっく…何をッ!」
男の指先から血液が抜き取られて目眩がした様子だ。急激な血圧低下は命に関わる。
「美味しく なあれッ♪」
「やっ、止めてくれぇ……」
意識を無くす寸前にレインナの治療を止める。このまま肉にするのも良いが、犯人の手ががりは惜しい。
「…」
「俺は…魔道具を買って仕入れた…だけで…」
やはり、粗悪品の蒸気鍋を製造する黒幕がいるらしい。
僕は心を鬼にして追及の手を緩めない。
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