ep198 領地の発展のために
ep198 領地の発展のために
僕はゴーレムの重機を操縦して水路を掘っていた。荒堀りであれば岩オーガに依頼して怪力の巨体を借りるのだけど、主要な細工は自分で作成しておきたいと、僕は西の川沿いに巨石を運び水門を設置する。そこから岩場を南へ掘り進み水車を設置するのだ。
岩場を重機がガリガリと掘り進む。水車が完成すれば揚水して荒地の居住区に生活用水を供給できるだろう。開拓村の河川での水汲みはかなりの重労働だ。
水車の設計は以前に工房へ依頼した物があった。木工の試作品だが改良と微調整は設置してからの苦労となる。
「ふう。休憩とするか」
僕は独りごちて昼飯にする。白い握り飯は贅沢の極みだ。
白米と赤い米は開拓村の特産だが、脱穀と精米には手間が掛かる。その手間も水車があれば軽減できると言うもの。土木工事にも気合が入る。
「マキト村長。チリコ教授がお呼びです」
「ん?」
僕は現場に駆け付けた。
チリコ教授は妖精族にして見た目はちみっ子であるが、魔物生物学を専門とする学院の教授である。その、ちみっ子教授と住民が言い争う様子だ。
「この分からず屋めッ。ワシの手で勝手な植物を植えてやるわい!」
「ふん、面倒は見ないぜッ」
開拓村の南の新市街では住宅政策で、五軒の家屋に付きひとつ空き地を設けて草木を植える義務を課した。
「あらあら…」
「教授。そのへんで勘弁してやって下さい」
「うみゅーっ!ぷんぷん!」
大変なご立腹な様子であるが、ちみっ子が怒鳴り散らしても可愛いものだ。ちみっ子教授は荒地に種を撒き、たっぷりと水を与えてから魔法を行使した。
「ワシとて草木魔法は使えるのじゃ…【成長】」
「っ!」
みるみると蔦草が伸び出して公園に茂みを作る。
「うみゅ、良かろう」
ひとつの区画が整備されて、野性味の溢れる茂みとなった。これも開拓村の緑化政策だ。
………
僕は土木工事を終えて役所を訪れた。役所の雰囲気と住民登録の状況を確認する為だ。
「そ、村長!?…視察のご予定は無い筈ですが…」
「村長なのだから、役所に居ても問題はなかろう?」
そのまま強引に役所を視察する。土木作業に汚れた姿の村長の訪問に役所の職員は動揺を隠せない。
「はっ、勿論でございます」
「お邪魔するよ」
「き、君ぃ。村長様へお茶をお出ししてッ」
「はい」
僕は来客用の応接室へ案内されて住民台帳を確認した。お茶はバクタノルド産の高級品と思える香りだ。
「やはり、そうか……」
「と言いますと?」
思索に耽る様子の村長は不機嫌と見えるが、役所の落ち度は思い当たらない。
「河トロルの若年層の名前だよ」
「…?」
「折角の初等教育に学校を開いたと言うのに、名前に「カー」とか「クー」とか同じ名前が多過ぎる!」
「それは、住民の申告でして…役所の不手際ではありません」
お役所の仕事であれば問題もなかろうが、無個性にも程度がある。
「登録名を変更する事は可能か?」
「はい。手間を惜しまないならば可能です」
「宜しく頼むよ」
「はっ!」
役人の言質は得た。早速に改名作戦へ取り掛かろう。
………
河トロルの学校は水の神殿に併設されて、他の獣人の子供たちとも同様の初等教育が実施されている。水の神殿に所属する神官や巫女の教師の教える内容は宗教色も多いが、概ねは読み書きと計算を主体として人族の常識を教えている。それは近隣の町や村には無い画期的な試みだ。子供らには昼時に給食が支給されて学業に餌付けされても成長の糧となる。食事の味も量も悪くは無い。
改名作戦について水の神殿へ入信した河トロルの司祭に相談したところ賛同を得た。
「それは、素晴らしい 政策デス♪」
「カーとク―は集合せよッ!」
早速に作戦開始だ。ぞろぞろと河トロルの子供が集まるが、…これ全部がカーとク―なのか。
河トロルは音楽が好きである。そこで「ドレミファソラシ♪」の音階を選ばせて七つの隊列を組ませた。そして、音階を頭文字にして「ラン・リン・ルン・レン・ロン」の末尾を付ける。
「ひとまず、三十五人は上がりだ!」
「「「きゃー、やったぜ、うれぴー♪」」」
こうして百人ばかりも改名すると、…疲れた。
土木作業の方が楽だぁ。
………
そこは増築した屋敷の二階の屋上にある露天風呂だ。僕は荒野の星空を眺めて独りごちる。
「毎日の疲れは露天風呂に限るぜッ」
タルタドフの領地に戻ってからは体調も良い。給湯施設も氷菓子の冷蔵庫も完備して快適な造りだろう。下階には温室の花と試験栽培した稲が月の光を浴びて青黒く見える。
「ほっ、ホタル?!」
「光虫でございますよ」
湯殿に薄布姿のメルティナお嬢様が現われた。
「めっ、メルティナ!」
「マキト様。お背中をお流し致しますわ」
ここで逃げ出す訳にも行かない。
「うーむ。頼む…」
「時にオグル塚の迷宮村では、羽目を外されたご様子にッ」
メルティナお嬢様は僕の敏感な部分を抓ねる。
「あっ、あれは…」
「奥方の夜の務めが足りないと噂されましたわ」
悲しげに微笑むメルティナの声は甘く僕の耳朶を打つ。
「メルティナ様の次は、私の御業を披露したしますッ」
「きゃあっ!」
いつの間にか水の神官アマリエが洗い場に全裸で待機していた。
「あらあら、暴れん坊です事ッ」
「きひぃーん」
僕は泡々とアマリエの優しさに包まれる。
ああ、苦難の旅がおわったなぁ~と僕は実感した。
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