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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第十五章 霧の隘路に陥穽を
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ep196 チリコ教授の冒険談話

ep196 チリコ教授の冒険談話





 霧の中で帝国軍の駐屯地へ引き返したワシらは士官用の宿泊室へ案内された。質素ながらも小奇麗な造りの寝台は心地よく眠りに誘う。ワシは夢の中で城塞の内部を探索したのじゃ。


帝国の城塞は堅牢な造りで幾重にも防御陣地を重ねていたが、ワシは幽体となり扉も壁をも素通りできた。この性質は精霊にも似て無制限かと思われたが、眠っている身体からは遠く離れる事が出来なかった。おおよそ砦の内部は自由に出入りが可能となった。


ところが困った事に肝心の身体が目覚めず、ワシは幽体のまま彷徨する事になる。そんな異常事態にも利点はあった。


城塞の内部はむさ苦しい兵舎の他に囚人を放り込む牢部屋があり、捕虜となった蛮族や獣人が繋がれている。その囚人たちの噂では近いうちに蛮族の反抗作戦があり、応じて砦の内部でも反乱を起こすと言う。ワシはこの事をマキトたちに伝えようと苦心するが良い方法も無かった。


そうこうする内に城塞が蛮族に包囲されて襲撃があった。


「囚人たちの反乱はどうなったのですか?」

「まあ、待てッ。順を追って説明するのじゃ…」


………



幽体となったワシには物理的な(ちから)が無くて手紙のひとつも書くことが出来ない。たまたま襲撃の時間に牢部屋の近くを探索しておったワシは幽体ながらも牢番の男の背中へ組み付いたのじゃ。


「て、敵襲ッ!」

「おぅ~」


「お、俺は小用を足してから向かう!」

「早くしろッ」


牢番の男は囚人の監視を放置して砦の防衛配置へ向かったが、途中で寒気を覚えて便所へ進路を変更した。


その際に囚人たちの鎖が外れているのを偶然に目撃したのだ。


「なっ、何をしておるかッ!」

「ッ!…」


-PIYYYY-


緊急事態に長槍を手にしていた牢番の男は警笛で同僚を呼び集めた。そのまま大人数にて反乱する囚人を制圧した。


ワシの働きで城塞内部の反乱は未然に防がれたのじゃ。


「ワシがおらねば、大変な事態であったぞッ」

「へー、知らぬ所でそんな事が…」


………



城塞の門前の戦いが終わってワシは周辺の生態調査へ出かけた。無理をすれば城塞の外壁を超える事も可能じゃ。


「くぬぬっ、あまり身体から離れるのは厳しいかのぉ」


気を緩めると幽体が体へ戻りたがる様子に視界が揺らぐ。


城塞の周囲の植物は霧の国イルムドフで頻繁に見られる木立や草花である。数年前ならこの景色も日常であるが、オグル塚の大迷宮が暴走して以来は魔芋の森に変貌した筈だ。この短期間に自然の植物が再生する事はあり得ない。何らかの大規模な再生魔法や神の奇跡の痕跡すらも見当たらず、自然が育んだ森林地帯と見える。


こんな事なら観察道具を持ち出せば良かったかと思うが、観察記録も出来ない幽体ではあきらめて記憶に残すしかあるまい。…身体は眠っていても記憶には残るのだろうか。


それでも観察の成果はあった。


森の茂みで密かに城塞の様子を伺う、兎顔の獣人に遭遇した。ワシは兎顔の獣人に接近してみるが気付かれる様子は無い。…下手に取り憑くのはマズイと思う。


しかし、何か独り言でも話して貰わねば…情報も得られない。


「えぇい。ままよ!」

「…うっく、寒いッ」


ワシが兎顔の獣人に組みつくと寒気を感じた様子に震え始めた。


「…作戦は失敗だ…尊主(ぬことぬし)様へご報告せねばッ」


そう言うと、兎顔の獣人は飛ぶような速さで撤退した。ワシが付いて行ける速さではない。


………



チリコ教授は冷めた紅茶を飲み干してひと息付いた。


「その後は、無理やりに迷宮ダンジョンへ連れて行かれたのぉ」

「寝たきりの教授をひとりには出来ませんよ」


顔を赤らめてモジモジとするチリコ教授は妖精族にして幼女と見えるが、年齢は幼老婆(ロリばばあ)の領域だ。


「それは御尤もじゃが、無理やりに食事と霜の世話をされるのは…恥ずかしいのじゃ…」

「全部スーンシアさんへ頼むのも無理な話ですよ」


「止むを得ぬ。恥辱に塗れるのも人生よのぉ」

「…」


霜の世話から糞尿と人生を語り始めたちみっ子教授は遠い目をしていた。


迷宮(ダンジョン)でのスライム討伐は見事な物であった。学院の研究職では得られない戦闘の興奮がある。攻撃魔法も使えぬ身では無理なことであろう。


「ワシが寝ておるのを良い事にして、毎晩の様に娼婦に溺れおって…」

「そ、それはッ!」


慌ててマキトがちみっ子教授の話を遮るが、既に手遅れの様子だ。


「勿論、メルティナ様へご報告したします」

「くくくっ、タルタドフの領地へ帰ってからが楽しみだのッ」


メイド姿のスーンシアが暖かい紅茶を入れて応じるのに、悪い笑顔のサリアニア侯爵姫が便乗した。領地の屋敷でマキトの帰りを待つ氷の魔女メルティナは、すっかり奥方の地位と見做されている。…正式な婚姻も無いのだけど。


ワシは迷宮(ダンジョン)の中に夢半ばで敗れた冒険者や兵士の怨霊が捕らわれている事を発見したのじゃ。怨霊たちは口々に迷宮(ダンジョン)(ぬし)であろう魔王の悪評を述べる。


「…魔王は性悪にて我らを罠に嵌めたのだッ…」

「…淫魔を使って精根を抜かれて魔術師は、使い物にならぬ…」

「…俺様のお宝を横取りしやがった…」

「…神の鉄槌をヤツに…」


どの恨み言も下らぬ話じゃ。迷宮(ダンジョン)に命を落とす冒険者の数は知れない。その中でも気になる話があった。


「…霧の中に蛮族の隠れ里がある…」

「…兎族に超常の(ちから)を使う巫女がいる…」

「…霊視で見られた亡霊は滅ぶものよ…」


ふむ、兎族の巫女とやらには合って見たい者だ。


………



その後はオグル塚の迷宮村で商売の日々であった。


寝たきり姿のワシは幽体を身体へ戻しても目覚める事ができず、日増しに惨状となる自身の様子を見守ることも出来ずに、逃避した幽体のままに村を出る行商人の馬車へ飛び乗った。…つまり現状から逃げ出したのである。


行商人の馬車は深い霧に街道を西へ進み兎族の隠れ里へ到着した。…偶然か、必然か。


当然の様に兎族の精鋭に襲われた馬車はろくな抵抗も出来ずに拿捕された。行商人の生死がどうなったのかは知らない。


ワシは兎族の隠れ里で美しい巫女に出会った。巫女は霊視の(ちから)でワシの姿を見咎めたのである。…ついにワシモ観念して年貢の納め時であろう。思えば研究ばかりの人生であった。研究室の学生たちは元気にしておるだろうか。


「そこな、妖精さん。お困りの様子、私に話してたもれ」

「っ!…」


幽体の姿でも話が通じると言う。ワシは事の顛末を話して必死に協力を頼み込んだ。


「妖精さんの話にある、カタニナプルを助けて頂けるならば、ご助力を致しましょうぞッ」

「無論。吝かではないっ!」


こうしてワシは兎族の巫女の協力を得た。


………



ちみっ子教授は勝手知ったる様子に兎族の手作りと見える茶菓子をポリポリと齧り、何杯目かの紅茶を啜った。


「それで、教授はどうされたのですか?」

「あとは月齢を待って、お主らを呼び寄せるだけの簡単な手筈じゃ」


「ふむっ」

「霧の隘路を脱出するには、迷い込んだ際と同じ重量の装備とする必要がある」


霧の秘密を明かした。


「えっ!?」

「帯剣を無くしたマキトと、迷宮(ダンジョン)探索に肥え太ったサリアニアの体重の辻褄を合わせるのは難儀であった…」


どや顔で言う、ちみっ子教授にサリアニア侯爵姫は動揺を隠せない。


「なななッ、乙女の恥を晒しおって……」

「姫様。お気を確かにッ」


主従漫才に耽る二人を放置して僕は尋ねた。


「それじゃ、このお方は?」

「第十八代 霧の巫女レイナ・カタニナプルであるッ」


兎族の巫女は名乗りを上げた。





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