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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第十五章 霧の隘路に陥穽を
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ep190 五里霧中

ep190 五里霧中





 僕らはイルムドフの王都を目指してボロ馬車を走らせていた。馬車は見かけよりも足回りを強化して乗り心地と走行性能を高めた快速仕様だ。試作した釣りバネ式の緩衝器が軋むのは霧の中でも警戒音を発するカワセミを思わせる。


御者台ではちみっ子のチリコ教授が、魔物の出現を待ちわびていた。


「むひょー、霧の魔獣をも見たいものじゃ」

「…そんな不吉な…」


道中で旅人を襲う霧の魔獣の噂はあるが、その姿を見て戻った者はいない。余程の狩りの巧者と思える。


「はいやっ!」

「ハッ♪」


霧の中を並走していた女騎士のジュリアと河トロルの戦士リドナスが馬を駆け出した。敵襲の気配を察知したらしいが二人の武力に任せよう。


「外が騒がしいのぉ」

「お嬢様、馬車の中へお戻り下さいませッ」


サリアニア侯爵姫は御者台を覗くが前方は濃い霧に包まれて、これ以上の速度の維持は難しいと見える。


「私の出る幕は無かったので、退屈しておったぞッ」

「トゥーリマン中佐が慎重な方で、助かりましたねぇ」


帝国軍の司令官トゥーリマン中佐が強硬方針ならイルムドフとの戦も想定された。それを侯爵家の威光で脅し止める必要は無かったので、交渉の結果は良しとしたい。


「うむ。臆病と慎重は似ていても異なる。…よく役目を心得ておる様子か」

「それでも、時間は掛かりましたから、引き返しますか?」


本来なら今日中には王都へ帰り着ける筈が、道中の霧は濃さを増して馬車の速度を落とさざるを得ない。


僕は馬車を停めた。馬蹄と緩衝器の軋みが止むと馬の息使いだけが残った。


「戦闘の音が聞こえません……」

「へっ?」


侯爵姫にお付きの女中(メイド)スーンシアの指摘に僕は呆けた声を漏らした。確かに、河トロルの護衛とリドナスの戦う音も聞こえない。ここで護衛と離れるのは危険な状況だろう。


「ここは、一時退却じゃ!」

「はっ」


流石にサリアニア侯爵姫の判断は早かった。道のりは半ばでも帝国軍の駐屯地へ引き返す方が近い。


僕は街道の開けた場所で馬車を回頭した。


「このまま、全速で戻ります」

「よし。進めよッ!」


街道を戻れば、離れた護衛もリドナスたちにも合流できるだろう。再びボロ馬車は霧の中へ街道を進む。


しばらく進むと古い城塞を復元した帝国軍の駐屯地が見えた。霧の中でも威容を誇る城壁は修復されて苔までも生えている。帝国軍の工兵と土魔法使いは優秀らしい。


「止まれッ、何者か!」

「我らは、マキト・クロホメロスとサリアニア・シュペルタン侯爵姫の馬車にございます」


城塞の門衛は先程と異なり老獪な人物であった。


「なぬっ?…シュペルタン侯爵姫だと…」

「馬車を検めますか?」


「…いや、貴殿の申し出を信じよう」


馬車は城門を通過して車止めに入った。しかし、昼過ぎに出立した馬車が半日もせずに戻って来るとは思うまい。少し城内が騒がしい様子だが、シュペルタン侯爵姫とそのお付きと見える僕らは馬車を降りた。


「護衛の者が先に戻っていませんか?」

「いや、その様な報告は受けておらぬ……」


なおも不審な目で僕らを観察する門衛だったが、身分を明かした。


「拙者はこの地、要塞の警備を預かる者にて、ラング・スマッシャと申す」

「おほほ、古強者のスマッシャ男爵であるかッ」


当然にして、サリアニア侯爵姫は帝国貴族にも詳しい。


「男爵位は我が父にござる」

「私は、サリアニア。侯爵姫といえども…お忍びの道中に…霧の魔獣を恐れて、ひと晩の保護を求めたい」


…ござるっと来たか。お付きの女中(メイド)スーンシアが、金貨の入った袋を差し出す。


「成るほど、左様でござるか。姫に相応しい部屋は御座いませぬが…雨風は防ぎましょうぞッ」

「宜しく頼む物とする」


「はっ」


帝国軍も金次第か、僕らはひと晩の宿を得た。


こんな事なら初めから帝国軍の駐屯地で宿泊すべきだろう。門衛には後から護衛の騎士が到着する旨を伝えて部屋に案内された。


………


部屋は士官用の宿泊室と見えて質素ながらも小奇麗な造りだ。隣の部屋は下士官の共同部屋だが、割り当てを決める前にちみっこ教授はおネムの時間となった。


僕はサリアニア侯爵姫の部屋に呼ばれた。警戒の為か戦闘メイドのスーンシアが戸口に立つ。女騎士のジュリアが戻るまでは護衛として、戦闘メイドの職責を全うする様子だ。


「おかしいと思わぬか?」

「えっ、何を…」


単刀直入にサリアニア侯爵姫が尋ねるのに、僕の反応は遅れた。


「要塞の修復が早すぎる。士官用の部屋なぞ、後回しにして天幕でも上等じゃ!」

「っ!…」


サリアニアは次々と疑問を並べる。


「それに、スマッシャ男爵家は先の大戦で、絶えて久しい家柄ぞッ」

「なんと!」


「お主も少しは、帝国の歴史を学ぶべきじゃ」

「うっ、歴史と貴族家の紋章学は苦手で……」


伴にトルメリア王国の学院で学ぶ事も有り、サリアニアの指摘は最も痛い所を突かれた。…すると、ここは何処だ。


「間違いなく街道を進んだハズですが……帝国領のハイハルブでは無いですよねぇ」

「うーむ。大方、スマッシャ男爵家の末裔を名乗る盗賊団の砦であろう」


「うげっ!」


サリアニア侯爵姫の予想は最悪だった。





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