ep186 新任領主のお披露目
ep186 新任領主のお披露目
僕らは王都イルムドフの雑事を終えて帰路に付いた。帰路の護衛としては河トロルの戦士の他に二名の小姓が付けられた。
ひとりは運動能力に優れた河トロルの若者で、もう一方は教会でも水治療の助手を務めると言う。
「ララウウニムル♪ と申しますデスっ」
「僕は、レレイイナラン♪ で、ゴザイマス」
河トロルの名前は音階的だが、僕らには長くて呼び辛い。
「うむ。宜しく頼むよ……ところで、ラウニルと呼んでも良いかな?」
「はっ、はい!」
元気が良いのは、いつぞやの泥遊びで護衛を務めたガキ大将か。
「君は……レインナだ。期待しているよ」
「ありがとう、ゴザイマス♪」
河トロルに性別は無いのだが、女性的な雰囲気は治療師の特徴か。この子には治療班として期待している。
「それじゃ、出発だッ」
「「 おぅ! 」」
帰路の序に山賊団にも護衛任務を依頼した。飲み食いするばかりが能ではあるまい。
僕らは馬車に乗り、山賊団は補給物資を抱えて帰路に付いた。
そろそろ、山賊団も傭兵団へ改名したい。
………
思わぬ大荷物となった隊列に盗賊団が襲い掛かった。頭数は盗賊団の方が多いと見える。
「げははは、積荷を置いて失せろッ!」
「ひゃっはー、返り討ちにするぜッ!」
血の気が多い両者の事で、即座に戦闘が開始された。
「大将っ、伏兵だぁ♪」
「っ!」
左右から弓矢が放たれて馬車に突き立つ。河トロルの戦士リドナスは護衛を率いて奮戦しているハズだ。
追撃の弓矢は届かない。乱戦に持ち込んだらしい。
……数分で決着が付いた。
護衛が強固と見て盗賊団は撤退した様子だ。…この辺りに『盗賊狩り』の威名が衰えたか。警備隊へギンナとコロの復帰が望まれる。
「すまねぇボス! 取り逃がした」
「まぁ、良いさ。……積荷は無事だから」
「それよりも、負傷者の治療を急げッ」
「はっ」
僕らは山賊たちと護衛の河トロルも含めて負傷者を治療して回った。次の襲撃があるやも知れない。
「水の加護と循環をもて♪【治療】」
「おおぉ…」
治療師レインナの腕前は中々の者だ。水の神官アマリエの助手を務めると言うのも伊達では無いらしい。
「傷口を洗浄するッ」
「痛ててぇ~」
僕は魔道具に真水を集めて傷口にぶっ掛けた。痛がる男を無視して治療を続ける。
「傷口に…【消毒】【縫合】!」
「うぐっ」
血止めの薬草を塗り傷口を塞ぐ。怪我の治療では感染症が最も恐ろしい敵だろう。
「ふぅ、治療魔法も使うとは、さすがのボスだぜッ」
「…」
実験器具の消毒と衣服の縫合に使う工作魔法だとは、言えない秘密だ。
そんな僕の苦心も負傷者が知る事は無いだろう。
◆◇◇◆◇
その頃、アアルルノルド帝国の南東に位置する農業都市カンパルネを発した帝国軍はオグル塚の大迷宮に到着した。廃墟となった迷宮都市には野盗と浮浪者の類の他に定住者もいない。
その迷宮都市の廃墟の南には古い城塞の跡地があった。小高い丘は天然の要地で拠点とするにも好都合だ。帝国軍は駐屯する拠点として工兵を大量に動員し古の城塞の跡地を整備した。
ここに古の城塞は復元されようとしている。
「ジュチュ!」
「ジュジューチュ!?」
「チュージューチ」
「ジュッ」
西の山中には鼠族の拠点があった。人族の大群が接近する様子に警戒をしていたが、魔芋の森の小高い丘に巣を張り始めたのを見て相談をした。
これは一大事とばかりに鼠族の伝令が駆け出してゆく。
魔芋の森が戦場となるのか。
◆◇◇◆◇
霧の国イルムドフの貴族会議にも『帝国軍が北方へ侵攻』の知らせがあった。魔芋の森で魔獣を狩る狩猟者からの知らせに議会は動揺した。貴族会議と言う者の多くは先年の革命軍から就任した貴族が大半で、近隣の地方の有力者を合わせた行政組織を議会と呼んで招集している。
その貴族会議には、ぼくらタルタドフ勢とユミルフの町の有力者も招待されていたが、本日の緊急会議には代理人も参加していない。急な知らせに遠地や地方の者は対処できないし連絡手段も限られている。
「それで、帝国からは何と言って来たのか?」
「未だ何も、知らせはありません」
「開戦も辞さぬと申すか?」
「いえ。それは……分かりかねます」
大臣の一人が慎重論を述べる。
「オグル塚の大迷宮は、以前から帝国の管理下にあったもの。いまさらに、我が国の主権の及ぶ所ではあるまい」
「いや、問題は帝国軍の動きだ」
かの地はオグル塚の大迷宮が暴走する以前は帝国の統治下にあった。軍使と見える騎士が奏上する。
「ご報告を申し上げます。防衛軍の密偵からの報告によりますと、帝国軍は古の要塞を復元し陣取る様子との事」
「ややっ、これは戦の準備であろう。直ちに防衛軍の出撃を命じるッ」
軍指令からイルムドフの防衛軍へ出撃命令が下った。
「はっ」
それを、アンネローゼ孫公女殿下が押し留める。
「お待ちなさいッ。今、事を荒立てるのは得策ではありません」
「しかし、帝国は兵を挙げたのです。これは明確な侵略行為にほか成りませぬ」
「それを早計と言うのです」
孫公女殿下は早計と言うが、軍指令も納得する物ではない。
「むっ! 何を根拠に?」
「栄えある帝国が、宣戦布告も無しに他国へ攻め入るなど恥を知りなさいッ」
「くっ、それは……」
自らの寄って立つ革命軍は宣戦布告も無しにイルムドフの王城を占拠したのである。そんな賊軍へ栄えある帝国が宣戦布告をするとは思えない。
それでもイルムドフの旗頭としてアンネローゼ孫公女殿下は高潔であった。
議会として防衛軍の出撃命令は取り止めとなったが、王都の防衛戦の準備は進められた。
当然の対処と言える。
◆◇◇◆◇
僕はユミルフの町の行政官としての代官へ就任したが、就任式はごく囁かに執り行われた。一応にユミルフの町の行政権はイルムドフにあり、帝国としては代官の人事に口を挟むものの主権はイルムドフに認めるという。そんな微妙な土地の代官に僕らが歓迎されるとは思えない。正直に言うと憂鬱な就任式だ。
イルムドフの王都にある議会の承認も得て事務手続きは完了したが、ユミルフの町への布告と新任領主のお披露目が行われる。僕は天蓋を外した高級馬車に乗りユミルフの町をひと回りする予定だ。警備にはタルタドフ勢を総動員して万全を期すらしい。
僕は高級馬車から手を振った。沿道には町の住民がお祭り騒ぎに集まっている。あまり大きな騒ぎにはしたくない。
「あれが、新しい領主様か?」
「…若いなッ…」
「奥様かしら?…」
町の住民は僕らを品評して囁く様子だ。その時、北西の空から飛来する者があった。
「なっ、何んだ!!」
「鳥かッ」
「…魔獣…グリフォンじゃ…」
物知りな老人が呟くのに住民は戦慄した。その数、六頭もの魔獣が近づいている!
突如として沿道は逃げ惑う民衆に混乱の様相となった。
「あなた! 逃げてッ」
「きゃあぁぁぁあー」
その内から先頭の魔獣グリフォンが、僕らの高級馬車へ舞い降りると馬が恐慌して逃げ出した。
「ファガンヌか、よく来てくれたッ」
「GUUQ !」
僕の晴れ姿を見付けて魔獣グリフォン姿のファガンヌが吠えた。晴れ着の裾をやたらと齧られる。
お披露目は中止だろうと思ったが、そのままファガンヌは僕を乗せて飛び立つと、町の上空を三周ほど旋回してタルタドフへ帰還した。
町は歓声やら悲鳴やらで大混乱である。…すまぬ、後の始末は部下に任せよう。
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