ep179 事件は迷宮入りの匂い
ep179 事件は迷宮入りの匂い
今回の失踪さわぎの実行犯である観光カヌーの船頭は港に水死体として発見された。これは陰謀の匂いだが、実行犯が消されては捜査も難航している。このまま事件は迷宮入りだろうか。
僕らを直接に殺害せずに海へ流して事故あるいは失踪に見せかける手口は、まわりくどい方法に思われる。間接的に関わった魚人族については自治領の部族社会の掟の範疇であり、処分にも相当な根拠があった。
岩礁の漁場へ立ち入った人族も古来であれば簡単に殺されて魚の餌となったが、近年では人族との交易もあり対外的には追放処分として海へ流されるのだ。部族社会の掟としては間違いではない。
それも含めて犯人は魚人族にも詳しい内部の犯行と思われる。ここはスルタン王子の手腕に期待しよう。
「…それで、マキト殿には迷宮探索の任務へご協力を頂きたい」
「えっ!?」
スルタン王子の手配だろう探索隊の隊長が協力を求めた。
「ご高名は、かねがね聞いておりますぞ…」
「…」
隊長の話では僕が走破した迷宮について良く調査されている。キドの迷宮。オグル塚の大迷宮。ウエェィの迷宮。コボンの地の大迷宮。いずれも遭難した上に生還した迷宮ではあるが、…遭難率は半端ないのぅ。
「…考えさせて下さい」
僕には懸案があった。
南海の孤島から帰還して以来、何者かに取り憑かれているのだ。それは透明のヒトデの形をして僕の背中へ張り付いている。
河トロルのリドナスへ診察に見せたが、悪い物では無いと言う。手掛りも無くて、力尽くに引き剥がす事も出来ない。やはり祠の神像の崇りかぁ。港町キシェテジには水の神殿が無いので、帰国してから神官長様へ頼みお祓いを受けようと思う。
そんな懸案に悩みつつも西風の精霊核が目覚めた。念話らしく心の中へ語りかける。
「…むほほっ、水の精体であるか…」
(なにっ、精体!?)
「…精霊未満のなりそこないじゃ…」
(むむむっ)
「…悪さをするモノではなかろ…」
(そうなのか…)
二人の無害認定が得られたら仕方ない、帰国するまでは僕の背中で飼っておく。アマリエさんへの…
「お土産にするよッ」
「ほう!…それは、良い心掛けですなッ」
僕らは迷宮探索へ向かった。
◆◇◇◆◇
港町キシェテジから内陸部へと向かうと農地に囲まれたケンドラの町がある。僕らはケンドラで砂糖キビを買い付けた。砂糖キビは春から初夏にかけ収穫されてキビ砂糖へ加工される。それは白砂糖の原料となるのだ。
農地では大柄な獣人が立ち働いている。ひと際に巨体を晒して収穫物を運ぶのは象顔の獣人だ。巨体の怪力は当然に、両手と両足に加えてその鼻を器用に使うと見える。
サリアニア侯爵姫は大胆にも畑ごとの砂糖キビを買い取り、来年の収穫に対しても先行して買い取りの契約をした。先物取引の商業形態だろうか。
「サリア様も、大胆ですね」
「おほほ、帝国からの先行投資である」
キビ砂糖の輸入が今後とも拡大することを見越しての投資であるなら、驚くべき商才と思える。
「キビ砂糖の加工所を見学できるそうです」
「うむ、良かろう。同道せよ」
サリアニア侯爵姫は上機嫌で命じる。
「はっ」
僕らはお供するしかない。
………
ケンドラの町から西方の山岳地帯にはアパラァダの迷宮がある。アパラァダは古代に滅亡した都市の廃墟に魔獣や破落戸が住みついた迷宮都市だと言われている。
都市機能は崩壊したと言うのに地表や建物は迷宮の特性があり、廃墟の風景にも再生能力があった。それ故に迷宮が古代都市を模倣していると考えられるのだ。ここの迷宮の主の酔狂だろうと思う。
迷宮の特徴の多くは、主となった者の能力や嗜好に左右されて運用される事は、コボンの大迷宮の経験で学んだ事実だ。ガイアっ娘は本来の仕事に目覚めてコボンの迷宮へ帰還した。今頃は主としての手腕を振るっているだろう。
そんな、趣向が満載の迷宮都市ケンドラを攻略せねばならない。
「カルロスさん。方策はあるのですか?」
「俺たちに、任せておけッ」
この黒髪に褐色肌のさわやかイケメンは銀級冒険者カルロスだ。スタルン王子の手配として迷宮探索に参加している。
「今回は、心強い味方もいるのよ」
「ふんがー」
褐色肌のお姉さんユーリコが探索隊の兵士たちを示す。黒髪を束ねて三つ編みにした活動的なスタイルだ。おぃ、筋肉質の大男アントニオは知能が低下したか、白人質の肌を赤銅色に日焼けした筋肉を誇示する。
ユーリコが指す探索隊の兵士たちの中には、ひと際に大柄な象顔の獣人がいて……それを見て対抗意識を燃やしたのか。
迷宮都市ケンドラは城壁と山岳に囲まれた街区と見える。探索隊の隊長が号令する。
「斥候隊は前へッ」
「おぅ!」
ここでも軍隊指揮の迷宮攻略が行われるらしい。斥候を周囲へ展開しつつ街路を進む。
「右から魔獣の群れ!」
「迎撃せよッ」
「おぅ!」
大柄な象顔の獣人兵が中心となりて魔獣の突進を阻止し、左右から長槍を構えた兵士が突く。街路は魔獣狩りの様相となった。
こうして隊長の指揮の元に討伐がすすむ。
僕は街路を離れて建物の外壁を登り遠方を望んだ。ばきっ、建物の屋根を踏み抜いて慌てる。
「おっと、危ない…朽ちてやがるッ」
長射程の蒸気銃三型を構えてみるが、乱戦に付け入る隙は無いと見えた。神鳥のピヨ子が飛来して鳴く。
-騎兵 中隊 接近!-
ピヨ子が指す方向を見ると僅かに土煙が見えた。
「隊長ぉ~ 撤退して下さいぃ 騎兵が来ますッ」
「なにっ!」
僕らは乱戦を脱して撤退した。
街路では騎兵に蹂躙される魔獣の叫びが木魂していた。
「は、はぁ、はぁ…」
カルロスたち冒険者も善戦していたが、騎兵の襲来を避けて逃げ延びた。街路の直線で騎兵突撃など正気の沙汰ではない。
「な、何者だ。ヤツらは?」
「死者の軍勢に違いないわ」
事前情報によると迷宮都市ケンドラでは、亡者と見える死者の軍勢が乱戦をしていると言う。斥候が目撃したという骸骨顔の騎兵の姿は事前情報と一致していた。
迷宮都市の攻略は一筋縄とはいかない様子だ。
◆◇◇◆◇
スルタン王子はキシェテジの王宮にある別邸で執務をこなしていた。執務や決裁は王族の務めであり試練でもある。そんな王族教育の一環として迷宮討伐を命じられたのだ。
「アパラァダの討伐隊の状況は?」
「はっ、都市部の攻略へ着手しております」
迷宮討伐は部下に任せて善後策を手配するのも統治者の器量だろう。スルタン王子は懸案を片付ける事にした。
「うむ。攻略までに内定を進めるのだ」
「御意ッ」
迷宮の最深部に到達すれば、王子が出馬する予定であるが、都市部の攻略には時間が掛かるだろう。
その為に迷宮走破の手練れであるマキト・クロホメロス卿の助力を得たのだ。
スタルン王子は執務にも励む。
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