ep177 プラティバ皇国の軍船
ep177 プラティバ皇国の軍船
西の海域を支配していたクラーケンの触手は大人がひと抱えする太さがあり、ぬめりと強靭な表皮に覆われて隙も無い。しかし、触手の根元には海獣の噛み痕があり無理やりに切り離したと見える。…そんなに、螺旋の侵攻を嫌ったのか。
サリアニア侯爵姫が剣技を振るう。
「…疾風怒涛【風神剣】!」
-ZABBSHUッ-
「おぉぉー」
ぱちぱちと観客の拍手が巻き起こる。
切り離した蛸足は贅沢にも粗塩をぶっかけてデッキブラシで洗うとぬめりが落ちた。そのまま大鍋に入れて茹でタコにするのだ。しばらく大根の絞り汁に漬け込むと旨さも上がる。
「姫様。お手間を取らせまして…」
「良いッ…それよりも、料理の出来上がりを待たせて貰おう」
「はっ、ただちに」
蛸足を漬け込んだ大鍋には大胆に酒と茶葉をつぎ込んで茹で上げる。特にスープにする訳ではなく臭みが取れたら完成だ。
「あっ熱う!」
「…」
僕は大鍋から取り出した蛸足を薄切りにして皿に盛る。酢醤油かわさび醤油を付けるのが御奨めだ。
「ほほう、これは上々である」
「!…」
試食したサリアニア侯爵姫のお墨付きが出た。
「美味しゅう ゴザイマス♪」
「うっま…」
「あら、意外といけますわね」
河トロルのリドナスは慣れた物で当然の様に蛸足を味わっている。酢醤油も女性陣には好評な様子だ。
「俺にもくれッ」
「ワシにも…」
「…」
海獣クラーケンの蛸足料理をおっかなびっくり見ていた海の男たちも、僕の料理に群がって来た。
既に船上は蛸足パーティの様相となった。
◆◇◇◆◇
獣人の戦士バオウと風の魔法使いシシリアは工房都市ミナンを拠点として北の森へ入り狩猟生活をしている。
バオウは森で狩猟の傍ら、冬の間に野生化した息子ロックへ格闘術を教えていた。赤子のうちは四足歩行でも良いのだが、人里で暮らすには二足歩行を前提とする格闘術は必須技能だ。
「GUU ロック かかって来いッ」
「Baw!」
銀級の冒険者でもあるバオウの訓練は実践的だ。我が子の成長にも容赦はない。
「GFU まだまだ やれるか」
「Baw!」
野生児ロックにすれば遊びの延長の様なもの。
北側の森は工房都市ミナンより南へ広がる飛竜山地とその森に比べれば安全と言える。この冬は飛竜の襲来も無くて、南の森は飛竜の餌となる魔獣も増えたらしい。森の自然が豊かな事は良い事だ。
「あなた、ロックぅ~食事にしましょう」
「GHA …」
「MaMa」
シシリアが風の魔法で声を送って来た。食事の後はシシリアがロックに言葉を教える予定だ。
夕食の匂いに腹が鳴るぜ。
◆◇◇◆◇
帝国の武装商船リンデンバーク号は西向かいにプラティバ皇国を目指した。途中にある海獣の海域と岩礁海域の間を抜けると、プラティバ皇国の貿易港であるキシェテジが見える。その港の玄関口で軍船の臨検を受けた。
「大分やられた様子だが、何があったのか?」
「航海の途中で、クラーケンに襲われまして…」
「なにっ!」
南海航路に海獣クラーケンが現われたとなると一大事である。リンデンバーク号の船体には触手の残骸と吸盤が残っている。…証拠は十分だ。
早急にプラティバ皇国の海軍から事情聴取をされて、僕らは港に拘留された。
そこに見知った顔があった。
「マキトさんッ」
「おっ、オレイニア!?」
海軍の士官と見える軍服姿で彩色のオレイニアが立っている。
「海獣クラーケンを討伐するなんて、流石の活躍ですわね」
「いえ、ヤツは取り逃がしました…」
たぶん海獣クラーケンの方が螺旋の砲弾を嫌がって逃げ出したのだけど、詳細な話は後日となるだろう。僕らはオレイニアの口利きで上陸を果たした。…彩色のオレイニアも出世したものだ。
………
キシェテジは貿易港らしくプラティバ皇国の各地から運ばれた農産物や海産物が市場に並んでいる。その市場で南国の香辛料が利いた屋台の料理も良いのだけど、僕らはスタルン王子の別荘に招待された。
そこは王子の個人の別荘と思えたが、宮廷料理に南国の花が添えられて豪華な食事であった。ドレス姿のオレイニアも良いものだ。ご令嬢のドレス姿でサリアニア侯爵姫が申す。
「結構な歓待に感激いたします」
「お気に召しましたか」
スタルン王子はサリアニア侯爵姫とも面識があり、いつもの気さくな様子で応じる。
「今夜のご用件を聞かせて頂けますか?」
「マキト殿が海獣クラーケンを撃退したという、新型の砲弾を見せて貰いたいものだ」
僕はデザートに供されたバナナに似た芋?を削って螺旋の砲弾を再現した。
「これに…【形成】」
「ほほう」
海獣クラーケンの表皮はぬめりと魔法防御に覆われて、物理打撃も魔法攻撃も効果が届かない。そこで内部への侵攻を果たす突破力と継続的な出血を強いるのだ。それは海獣クラーケンの再生能力にも有効な嫌がらせだろう。
螺旋の砲弾はスタルン王子の興味を引いたらしい。
………
僕らはスタルン王子の別荘に滞在して舟遊びに出掛けた。キシェテジの南部には岩礁海域があり大型船も入れぬ景勝地があるらしい。本来の目的はきび砂糖の買い付けであったが、スタルン王子が知り合いの農園を紹介して下さると言う。
それならば、南国の海へ出掛けよう!
僕らはカヌーに似た小舟へ分乗して南国の海を楽しんだ。船上で食す南国の果実も最高だ。海岸線を離れても青い海は岩礁と奇岩を埋めて潮騒を運んでいる。初夏にも増して南国の日差しが僕らを照り付けた。
この岩礁地帯に隔てられた小島には陸上生活に適応した魚人族の居留地があり、半ば独立を保って自治を存続していると言う話だ。それでも魚人族の主な収入源は魚猟によるもので、岩礁海域に人族の漁師は立ち入りを禁じられている。
「主様、美味しゅう ゴザイマス♪」
「この果実酒も良いね!」
この時、僕らは浮かれていたのかも知れない。
「はっ…」
既に付近は闇に包まれて潮騒も遠い。サリアニア侯爵姫たちが乗ったカヌーも見えない。
「ぎょぴッ!」
「…うぎょ、ぎょうぅ…」
「主様。囲まれ マシタ」
「っ!…」
河トロルのリドナスは警告するが、僕は身動きも出来なかった。…毒を一服盛られたか。
僕らは魚人族に捕らわれた。
--




