ep176 モエウ島の離散家族
ep176 モエウ島の離散家族
僕らはモエウ島を出港して西へ向かった。海上の風速は弱くて帆船の速度は上がらない。
西の海域は遠目からの観察でも泡立ち白濁して見える。見るからに怪しげな海域は広く南からの海流を北へ運んでいる。このまま北上しても東向きの海流へ巻き込まれるので、得策も無い。
「このまま海流に乗って北上すべきでは?」
「うーむ」
航海士の提案にも提督は決を下さない。西の白い海域は危険が感じられて踏み込むには決断が必要だ。そのまま北上を続けると海上は渦巻き、二つの海流が交わり東へと転じる。
「ようし、このまま北へ抜けるぞ!」
「「 応ぉぅ! 」」
水夫たちが帆を操作して推進力を確保する。船は斜めに海流を切りながら北上するらしい。
僕らは海の男たちの奮闘を見守るしか方法はない。
◆◇◇◆◇
遠くアアルルノルド帝国の北部にある工房都市ミナンでは救援活動がひと段落を着いた。陣頭指揮をしていた水の神官アマリエと白銀のオーロラは領主の館へ招かれた。
「アマリエ様の功績は、水の神もご照覧あれかし」
「うふふ、お上手ですこと」
領主の口上も適度に聞き流しつつお茶を頂く。貴族的な話も宗教的なやり取りも慣れたものだ。
「我らがミナンの工房でも、魔道具の製作に大忙しと聞き及びます」
「ええ、書き入れ時の盛況となるでしょう」
ミナンの工房には新型の泥炭ストーブの製作と販売を委託しており、その輸出税の一部は水の神殿へ寄付される契約だ。
「女神さまには、当家でお疲れを癒して下さい」
「あら、癒しは私の務めですわ」
ご当主はしきりに滞在を勧めるが、ひと足先に帰国したマキトの事も気懸りである。
「あははは、その通り。いらぬ心配であったか」
「うふふふ…」
貴族的な会話に付き合いつつもオーロラは思案していた。
◆◇◇◆◇
西から東への海流は難敵だった。早い流れも遅い流れもいくつか乗り越えて北上して来たが、一向に事態は好転しなかった。
僕は太陽高度を観測し帳簿へ記録した。暦の日付と合わせて計算すると北上の進捗が分かる。やはり北への突破は風向きも悪くて困難と思える。
帝国の武装商船リンデンバーク号はモエウ島へ引き返した。もう一度、情報を集めて脱出航路を探索したい。
僕らが落胆を抱えてモエウ島を望むと島に黒煙が上がっていた。…火災か!
「こりゃ、様子が悪い」
「っ…」
遠方からも見える黒煙は大火を火元に燃え広がり、延焼を避けた様子の浮嶋は手綱を放れて退避している。
ひと際に高い浮嶋に村長の姿を発見した。島は武装した兵士に守られて無事と見える。
「村長、これはどうした?」
「ほっ、はう…反乱者が逃走したのじゃ…」
村長の話では島の反乱者が浮嶋の一部を奪い逃走したらしい。その反乱の余波で火災が発生したらしく浮嶋は大混乱となっている。
僕らは救助活動もそこそこに反乱者を追跡した。
………
西の洋上に浮嶋を発見した。
「くそッ、追手か!」
「…俺たちは、故郷へ帰りたいのだッ…」
反乱者の浮嶋は岸壁に改装した埠頭の一部で、比較的に新しい区画と見える。帆を張り西へ進むと白濁した海域へ突入する。反乱者の船も当初は白濁海域を渡り切る船足と見えたが、突如として平らな船体が傾いた。
「待てッ、船を止めろ!……何かいるゾッ!」
「っ!」
止めろと言われても、帆船は急に止まれない。リンデンバーク号は右へ大きく旋回して白濁海域を回避した。左舷には沈み行く反乱者の船が見える。せめて生存者の救助をしようと身構えたが、小舟や浮体の一部も浮かんで来ないのは何故か……全ては白濁した海流に呑まれたらしい。
そんな異様な光景の中に巨体の海蛇の胴体が見えた。魔物か!…海蛇の胴体には吸盤があり蛸足を思わせる。
「クラーケンかッ!」
「!…」
海の男たちにも緊張が走る。
「左舷、砲撃用意ッ ……放て!」
-BOKYUN!-
-BOKYUN!-
新型の砲身が水蒸気を上げる。回転を加えられた砲弾は軌道が安定し、初速から直線に飛んで、海獣クラーケンへ命中した。砲撃手の腕前も中々のものだ。
「効いておるのか?」
「さて、どうでしょうねぇ」
サリアニア侯爵姫は展望デッキから砲撃を観戦していたが、不意に命令を下した。
「降りるぞッ!」
「「 はっ 」」
号令一下に、装備を整えて女騎士ジュリアと戦闘メイドのスーンシアが後に続く。河トロルの戦士リドナスも命令を待たずに駆け出して行った。…侯爵姫の軍事訓練の成果か。
-BOKYUN!-
-BOKYUN!-
新型の砲撃はそれなりの効果を発揮した様子でも、海獣クラーケンの触手が帝国の武装商船リンデンバーク号へ迫る。
船は大きく旋回して逃走に移る。
「右舷、砲撃用意ッ ……放て!」
-BOKYUN!-
-BOKYUN!-
提督の指揮にも迷いは無いらしい。右舷の砲撃手も良い腕前と見えた。
「両舷、白兵戦用意ッ」
「「 応おぅ! 」」
兵士の士気も高い様子だ。
海獣クラーケンの触手は海蛇の頭を模して首から下は吸盤があり、うねうねと唸りを上げて兵士を襲う。
-ZABBSHUッ-
サリアニア侯爵姫が自慢の風神剣を振るうのが見えた。暴れ姫の本領発揮か。お付きの二人も奮戦している。
僕は援護に携帯型の砲身を構えた。
「ン発射ッ!」
腰を落とし肩に乗せた砲身は後方にも湯気を吐いて砲弾を射出した。
-BOMSHuu-
加速した砲弾が螺旋を描いて触手の頭?へ突き刺さる。手傷を負った触手が苦悶してのた打つが、螺旋の形をした砲弾は侵攻を止めない。
その砲弾は爆発力よりも刺突した傷口への侵攻を目的としている。魔獣の魔力を吸収し回転動力として出血を強いるのだ。
対巨大魔獣の砲弾は効果を発揮した。
「ン発射ッ!」
-BOMSHuu-
二つ三つと両舷に現われた触手にも螺旋の砲弾を打ち込むと、白兵戦の兵士たちは優勢と見える。サリアニア侯爵姫の風神剣も有効であろう。
強かに海獣クラーケンは手傷を負って逃走をはじめた。触手の何本かは無残な姿をさらして甲板に横たわる。
僕らは勝鬨を上げた。
「我らが、サリアニア様の勝利だッ!」
「「「 うおぉぉぉおお!! 」」」
こうして討伐は達成された。
………
西の白濁した海域に異変があった。白濁した泡が薄れて海洋の色を取り戻したのだ。いまさらの様子に反乱者の浮嶋の破片が海流に流されていたが、本体は海の藻屑に消えたらしい。
「この機を逃すなッ、西へ転進!」
「「 応ぉぅ! 」」
戦いの余韻も冷めやらぬ中で水夫たちが働き始めた。帆船を回頭し西の海域を渡るのだ。
「サリア様。ご無事ですか?」
「ふん。造作も無きことよ」
サリアニア侯爵姫は自慢げに鼻息を鳴らす。リドナスはお腹を鳴らして尋ねた。
「主様、料理 シマスカ♪」
「私も、お手伝いいたします」
珍しく戦闘メイドのスーンシアと意気投合したらしい。二人で海獣クラーケンの触手を捌きにかかる。
ようやく僕らは「未帰還の海域」を脱出した。
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