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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第十四章 南海のプラティバ皇国
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ep174 高炉と耐熱ガラス

ep174 高炉と耐熱ガラス





 僕はタルタドフの開拓村へ帰還した。アアルルノルド帝国の軍港を出立した武装商船は順風にも恵まれて氷結海を航海し北東の岬を回って南下すると霧の国イルムドフへ至った。航海の途中には多少の冒険もあったが、今は無事に帰還したことを喜びたい。


開拓地は桃の花が咲く春の季節となりて草木も芽吹き残雪の余韻も少ない。この陽気ならば早めに田植えも始められそうだ。試験栽培場の南側には民家が立ち並び住宅地を形成し始めた。主な住民は採石場で働く人足とガラス工房の職人たちだ。人が増えれば食堂や酒場などの飲食店と生活雑貨を販売する商店が入り交り中央通りは賑わいを見せた。


その中でも目を引くのは水の神を祭る教会の建物だ。トルメリア王国から派遣された水の神官アマリエは熱心に教会の整備を進めた。勿論のこと本部の支援があっての事業だが、早々に立派な教会が建設されて大工も人足も潤う事になった。教会には学校が併設されて、開拓村に住む子供と獣人や河トロルの子供たちも仲良く学んでいる。学校では昼時に給食が配られて子供たちが集まるのだ。


今の所は学校の東側に広がる荒野と僅かばかりの低木林が子供たちの遊び場となっているが、将来的には運動場の整備が必要だろう。


僕はガラス工房を訪れた。工房は拡張されて多くの職人が立ち働いている。実験用のガラス器具と装飾を施したガラス食器が好評でマキト・タルタドフ村の収入源となっている。


「この板ガラスをもう一度、焼き付けてください」

「えっ、ガラスを焼くのですか?」


「温度管理と冷却の方法が重要なのさ」

「ほうほう…」


僕は工房の職人へ指示して新たなガラス素材を開発する。ガラス原料に混ぜる添加物と冷却の方法を変えて実験した結果で、いくつかの強化ガラスと耐熱ガラスを得た。腐食耐性も改善されて魔法薬の保存にも使えそうだ。


………



次に僕は魔道具の研究工房へ籠って魔力回路の改善に取り組んだ。魔力回路は一度、魔石へ書き込むと固定された働きをするが、魔力の調節は使用者の魔力量と制御技術に依存している。その魔力量を調整するために魔力の導体である金糸や銀糸に抵抗体の石質や炭素などを挟み、あるいはコイル状に巻き込んで抵抗器を作成した。


「このダイヤルを回すと魔力量を調節できるのさッ」

「何の役に立つのか、まったく理解できませんわ…」


僕は火付けの魔道具と魔力を蓄えた魔晶石の間に抵抗器とダイヤルを接続した。魔力を通すと炎が灯る。


「このダイヤルで、火力の大きさを変える」

「ふむ…」


「例えばケーキを焼くなら大火力で、魚を焼くなら中火で、煮込み料理なら弱火に長時間でも調理を続ける事が出来るのだ」

「っ!…」


説明を聞いたメルティナお嬢様は驚愕して目を見開いた。


氷の魔女メルティナが料理の火力を調節するには、竈の火勢に直接の氷魔法をぶち込んで制御していたらしい。僕の脳裏に悪夢の晩餐会が思い出された。


これで料理用の高炉の改造ができる。


………



新たな魔道具が完成した。見た目はパン焼きの竈を小型化して家庭サイズに縮小した形状と見えるが、中身は最新鋭の魔道具だ。


魔力で加熱する高炉を内蔵してダイヤル式の抵抗器を装備すると火力の調整も思いのままだ。さらに密閉様式の竈の前面は耐熱ガラスを装備して焼き窯の中を観察しつつ加熱時間を見極める事が出来る。火加減も焼き時間も全てを職人の経験と勘に頼る方法に比べれば格段の進歩だろう。これで焼き加減の失敗は軽減されると思う。


「どうだい。新しい竈の使い心地は?」

「ええ、満足の出来映えですわね」


メルティナお嬢様のパンケーキはこんがりと焼き上がり、焦げ目も程好く中身もふっくらと仕上がった。驚愕の進歩だと思う。僕は感激に打ち震えた。


「旨いぃ、美味すぎるッ」

「おほほ…」


材料は小麦粉、バター、砂糖、卵を等量に混ぜ合わせるだけの簡単なパウンドケーキだが、素材の品質は厳選されている。いずれも手間のかかる高級品なのだ。


小麦粉はふすまと渋皮を手作業で取り除いた白パンの原料と同じもので、バターは牧場を経営するロマイシズさんから譲り受けた逸品に、砂糖は完全に精製した白砂糖を使い、卵はトルメリアの王都から取り寄せたココック鳥の朝どり卵だ。


ここまで出来るのに苦労が思い出され、感涙に塩味が利いてケーキの美味さも一層(ひとしお)だろう。


ついに、晩餐会の悪夢を払拭した。




◆◇◇◆◇




 新たな旅路は物資の不足から発生した。白砂糖の原料となるキビ砂糖が市場から枯渇したのだ。白砂糖の精製は工業化されて開拓村の特産品となったが、今年はマキト・タルタドフ村から皇帝陛下への献上品として早期の納入が求められた。皇帝陛下も白砂糖の魅力に取り憑かれたらしい。


完全にキビ砂糖は南方からの輸入品だ。甜菜に似た甘い大根や甘味のある樹液も蜂蜜も精製を試して見たが、大量生産に適した栽培方法は未だに確立していない。どうせなら、畑ごと買い取ってしまえ!…と南方行きの船を出港させた。


今は帝国の武装商船リンデンバーク号の船上に寛ぐサリアニア侯爵姫を眺めた。


「うふふ、そう浮かぬ顔をするでない」

「姫様。クロホメロス卿のお顔に、変りはありません」

「…貴族のお顔が、身に付きましたか」


サリアニア侯爵姫は、日焼けも恐れない大胆な格好で潮風を満喫している。お付きの女騎士ジュリアと女中(メイド)のスーンシアは相変わらずの忠勤を示している。


彼女らにはタルタドフの自警団の兵士の鍛練を頼んでいたが、練兵も順調な仕上がりとの報告だ。河トロルの戦士リドナスが僕の護衛に付いている。


(ぬし)様。神鳥(かんとり)のピヨ子が見えます♪」

「ほう…」


リドナスは河トロルの子供たちに人族の言葉と生活習慣を教えていたが、水の教会に併設された学校へ引き継ぎを終えた。学費と給食の費用は税収の一部が充てられる。


「ピヨーヨー」


神鳥(かんとり)のピヨ子は海鳥の姿で商船のマストに止まった。警戒行動のつもりだろうか。


僕らの船旅は順調に思えた。


………



船上で太陽高度を観測すると海上でも大凡(おおよそ)の位置が分かる。月の高度も観測すれば、なお良いだろう。


霧の国イルムドフを出港して海岸沿いに南下するとトルメリア王国へ至る。航海では付近の海域に懸念された海賊は駆逐されたらしく音沙汰も無い。三国の共同作戦は成功したものと思われる。航海の安全は何物にも代え難い。


トルメリアの港町へ補給の為に寄港するが、別段の問題も無くて平穏な日々だ。サリアニア侯爵姫は帝国の上級貴族の身分を隠したお忍びの道中の筈だが、すでに帝国の内部では公然の秘密であるらしく咎める者もいない。むしろ帝国の武装商船リンデンバーク号はサリアニア侯爵姫の支配下にあった。


「折角、トルメリアに立ち寄るのだ。プリンを所望いたす」

「はい。お嬢様ッ」


サリアお嬢様のご要望に応えて戦闘メイドのスーンシアが姿を消した。


「僕も、仕入れに出掛けます」

「♪」


港から鮮魚市場を通り場外の方へ抜けると海鮮スープと麺の店があった。…遂に完成したのか!


「へいらっしゃい!」

「麺入りをふたつ」


早速に注文すると、応えるのは顔馴染みのクラント兄貴だ。


「麺2!」

「応ッ」


クラントはカルオ節の干物屋を経営するのを多角化して、海鮮スープと麺の店も営業している。以前にも増して芳醇なスープに海の幸と小麦の麺が入っている。


予想よりも具材は多いが、これはラーメンと言っても差し支えないだろう。僕はクラント兄貴と縮れ麺や加水麺の製法などの話をして店を後にした。


河トロルのリドナスも大満足な様子だ。


港の倉庫街へ足を向けると魔道具の店アルトレイ商会がある。


「マキトさん。いらっやいませ!」

「会長は?」


「生憎、商談に出掛けておりまして…」


間が悪くてキアヌ商会長は留守だったが、僕は工房の職人に会って試作品を手に入れた。それは天体観測機器の六分儀だ。これで太陽観測の精度が上がる。


僕は仕入れに満足し帰還した。





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