ep170 雪の女王の侵攻に僕らは駆ける
ep170 雪の女王の侵攻に僕らは駆ける
僕は戦場の荒野を走るが、雪に足を取られて思うようには行動出来ない。
現場ではゴーレムのガイアっ娘が防壁の形態となり雪兎の突進を阻止していた。後方支援として水の神官アマリエと風の魔法使いシシリアの魔法が放たれる。
「打倒せ…【水球】」
「大いなる風の刃…【風刃】」
水球の打撃は雪兎にも有効な様子だが撃破には至らない。風の刃も雪兎に手傷を負わせるが突進の足を鈍らせる効果のみだ。
「コロちーぃ!」
-BAU!-
鬼人の少女ギンナが魔獣ガルムの仔コロに騎獣して突進した。重石のハンマーを振るい雪兎を押し返す。
-BOMB!-
不覚を悟り雪兎が自爆した。
「きゃっ」
コロは俊敏な動作で爆発を回避して見せたが、爆風の余波がギンナを襲う。
「ギンナ!」
「平気ですぅ~」
ハンマーでの一撃とコロの離脱は有効な戦法と思えるが危険も大きい。茨森の狼たちも一撃離脱の方法を試みている様子だが、戦線は混乱していた。
ガイアっ娘が防壁の形態をあきらめて、馬人の姿となり突撃槍を手にした。乱戦に突進する姿は馬人騎兵の様だ。
-BOMB!-
爆発の最中でもガイアっ娘は姿を揺るがせないで、次々と雪兎を撃破した。
-BOMB!-
-BOMB!-
戦線の混乱も次第に収束するかと見えたが、不意に冷気が増して北風が吹き付けた。地吹雪が僕らの視界を覆う。
-HYOOO!GOOOSH-
地吹雪の中に白いドレス姿の女が見えた。
「…小賢しい者が…おると見えれば、…穴倉の娘が…なぜ、ここにおるかッ…」
「ワレは 自由の身にして 勝手にさせて 貰おう!」
あれが雪の女王か、その手先か。
「…迷宮の軛を脱したか…まぁ…良い……妾は同胞を解放するまで…決して止まぬぞ…」
「ふん、相変わらずの 頑固者がッ」
ガイアっ娘とは知り合いらしく会話をしている。
「…雪の軍勢は…既に浸透した…かの地の勝利は…決したのだ…」
「待てッ どこへ行くか?」
「…ふふふ、…穴倉の娘の勝手には…関わりの無いこと…」
「おい!」
茨森の防衛には成功したが、白い女の言葉は世界のどこかで破綻を予感させる。
白い女は形を無くして雪に変わった。
………
ガイアっ娘の話では、あの白い女は雪の女王の思念体とも言うべき物で、遠隔地からの操作が可能な雪人形らしい。
茨森の妖精ソアラが加わって精霊会談が開催された。司会進行は僕?が行う。
「森の状況は?」
「雪の女王の軍勢を撃退に成功しました。この場で皆様へお礼を申し上げます」
ソアラが礼を取って一同を迎えた。
「…礼は良い。雪の言は如何するのじゃ?…」
「ワレらには 関わりの無き事 雪の女王を 止める手立ては無かろう」
西風の精霊核が尋ねるのに、ガイアっ娘が応えた。精霊核は念話が可能なのだろう。
「待って下さい。雪の女王の侵攻は今年ばかりの事ではありません」
「…」
茨森の妖精ソアラの話では何年もかけて雪の軍勢は侵攻を続けていると言う。既に雪の女王の侵攻目的も明確では無いのだが、…
「…これより、東の地に雪の目的地があるのじゃろう…」
「既に行動も げっ、限界に……なりっ……」
ガイアっ娘は機能を停止した。
「アッコ?」
「…」
返事が無い。ただの土塊のようだ。
西風の精霊核と茨森の妖精ソアラは会談を続けたが、有意義な結論は出なかった。
現状は森を防衛するのみだ。
◆◇◇◆◇
コボンの大迷宮では領主軍とは別に探掘者ギルドが人員を集めて、迷宮の最深部を目指した。領主軍が三十階層で停滞している今が好機と思える。
迷宮の区画は探掘場の大穴を中心として蜘蛛の巣を巡らすように無数にあり、最深部への進路もひとつには限らない。
「敵を焼き尽くせ…【火球】」
「世界を凍てつく…【凍結】」
地下道を徘徊していた大型犬程の魔物の蟻に火球が炸裂した。魔蟻の体表を焼いて行動不能にするが、地面の凍結とは相性が悪い。
「馬鹿もの! 火と氷を同時に使うヤツがあるかッ」
「!…」
探掘隊の隊長と見える男が叱責するが、二人の魔法使いは悪びれる様子も無い。
「フレアズは前衛にッ。パーシャルは後方の警戒だッ」
「くくくっ…」
「ふんっ」
探掘者たちの連携はいまいちながらも、指揮は堅実な様子だ。
迷宮の熱気に引き寄せられて集まる魔蟻の被害は迷宮にとっても無視出来ない物だが、魔蟻は探掘者たちにも障害として立ち塞がる。
魔蟻の群れは尽くに焼かれた。
◆◇◇◆◇
ガイアっ娘は会談が終わっても再起動しなかったので、僕は風呂場に持ち込んで汚れを洗った。戦闘の傷で体表の鱗も傷付き修復が必要だろうが、ゴシゴシと泥汚れを落とすと赤銅色の輝きを取り戻した。とても土のゴーレムとは見えない。
「かきくけこッ、これは、何とする!?」
「気が付いたか」
ようやくガイアっ娘が再起動した。
「ワレとした事が、魔力不足に陥るとは…数百年ぶりの 失態であるッ」
「迷宮では問題なかったのかい?」
熱い風呂に浸かって温まろう。
「魔力の不足など 感じた事も無いわ」
「それは、迷宮との繋がり的な……何かがあるのか?」
ガイアっ娘は未だに迷宮の主を解任された訳では無かった。コボンの大迷宮の危機ではあるまい。
「うーむ。契約に関しては、ワレも知らぬ」
「不便な物だねぇ」
湯船の中に幼女の姿でゴーレムが僕に迫る。
「いや。そうでも無かろう。こうして、コヤツに密着しておれば……」
「ぐぬぬっ」
程好く温まったガイアっ娘の体は赤銅色の土塊だ。けっしてエロくは無い。
「精霊同士に、好き嫌いは無いのかい?」
「ワレは火の精霊が好きよのぉ、水の精霊は嫌いだが、風の事は無視しても良かろう…煩いばかりである…」
ガイアっ娘は文句を言うが、西風の精霊とも会話は良好だ。
その晩は魔力補給の為に寝所を共にした。真冬にガイアっ娘の体は湯たんぽ代わりに丁度良い暖かさと思う。
………
獣人の戦士バオウと風の魔法使いシシリアの子供はモフモフの体毛に犬耳をしてバオウと毛並みが同じだ。その子は茨森の北端に停泊した移動小屋の前を駆け回り雪原に遊び、名前をロックという。
「GUU 寒ぶうっ」
「Paa Paa~」
子守りのバオウは寒さに弱いらしいが、子供は雪の中でも元気に四足で駆ける。
「GFU ロック帰るぞッ」
「GUW …」
野生を取り戻したかご不満な様子に、しばらく雪遊びに付き合うより他は無かろう。子供のロックは茨森の狼たちにも好意的に受け入れられた。むしろ可愛がられている。
そんな心情を察してか獣人の戦士バオウの心は晴れない。森に根付いた者と牙を抜かれた者の差異は思うより大きいのだ。
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