ep167 また迷宮(ダンジョン)を攻略するハメに
ep167 また迷宮を攻略するハメに
僕らはコボンの大迷宮の地下二十四階層へ到達した。
領主軍の迷宮討伐隊は第一陣が十二階層で全滅し、第二陣が二十五階層で連絡途絶となった。そのため迷宮攻略の補給基地を十階層と二十階層へ残して撤収したのだ。
これまでの損害を重く見た領主軍の指揮官は探掘者ギルドへ協力を求めたと言う。それで第三陣の討伐隊には探掘者ギルドから協力者が加わった。
「俺様はエドガン。こいつはマクロワだ」
「よろしく、お願いします」
探掘者ギルドから指名された協力者として二人の人物が紹介された。エドガンは双剣の使い手でさわやかイケメンと見える。マクロワは治療師で中年の男だ。マクロワの丸帽子には一輪の花が咲いている。
「マクロワさんの……その花は?」
「くふふ、お嬢さん。花でも如何ですかな?」
僕は怪訝に尋ねたが、その問いを無視したマクロワは花を取ってシシリアに差し出した。
「花なんか、食べられないわッ」
「GUU …」
風の魔法使いシシリアは不機嫌な様子で応じた。
「それでは、こちらのお嬢さんに差し上げましょう」
「!…」
マクロワは一輪の花を鬼人の少女ギンナへ手渡した。既に新しい花が丸帽子に咲いているのは…どういう手品か。ギンナは受け取った花を食べてしまい、お腹の調子は大丈夫か気になる。
金級の探掘者バオウとシシリアは探掘者ギルドの強引な要請で、第三陣の迷宮討伐隊へ参加している。僕は岩塊の幼女ガイアっ娘とギンナを連れて討伐隊に協力していた。他のメンバーは地上で待機を命じられて半ば監禁されている。つまり、人質の意味合いだろう。
それで不機嫌なシシリアなのだが、領主軍の迷宮討伐隊は前回の第二陣が連絡途絶となった二十五階層へ挑む。
ここまでの迷宮攻略は一度通った道でもあり順調に走破してきた。
コボンの大迷宮では罠を含む地形と魔物が脅威となるが、変革期の直後は罠の配置も地形も変化して危険が多い。
領主軍の攻略は斥候隊が先行して罠を探索し、発見した罠は続く工兵隊が無力化して安全を確保する。そして魔物に遭遇した場合には兵団の戦力がこれを殲滅するという具合に分担作業となる。その分担の斥候隊に混じって僕はガイアっ娘に先行を命じた。
「アッコ。頼む」
「コヤツめ ワレに命令するとは 百年も早い…」
ぶつぶつと文句を言いながらも、ゴーレム姿のガイアっ娘は未踏破の広場へ先行するが、見かけよりも足場は悪いらしい。
「ココとココに落石の罠がある。ソコとソコは落とし穴じゃ…」
「おっと!」
ガイアっ娘は未だに迷宮の主である。罠の類は発動しない。しかし、その光景に双剣のエドガンが食い付いた。
「どうやって、罠を発見しているんだ?」
「アッコは地形を見る目が良い。…らしいですねぇ」
「ほほう」
「…」
工兵隊は落石の罠を囲んで目印の白線を引いた。落とし穴には軽く触れて発動させた後に、楔を刺して開いたまま動作を停止させる。既に手慣れた様子だ。
-CHuKSUUu!-
鼠の魔物が現われた。武装した兵士が前線へ駆け込む。
「俺たちの出番だッ!」
「GUU …」
エドガンは片手剣と山刀を手にして前線へ突撃した。獣人の戦士バオウもそれに続く様子だ。鼠の魔物は十数頭を超えるが、武装した兵士の集団戦術に圧倒されている。制圧は時間の問題と見えるが、…
-DOGsDOGsDOGs-
重い蹄を響かせて牛頭の巨人が現われた。怪力に前線の兵士が崩れる。
「くふ、前線の方が危険ですなッ」
「っ!」
治療師のマクロワが指摘する方角には、鎧兜に花を挿した隊長と見える男がいた。…あの花が目印か。
「風の防御陣よ…【風圧】」
「!…」
風の魔法使いシシリアが牛頭の巨人へ魔法を放つが、目くらましにも成らない。
「アッコ。長槍を構えッ。突撃せよ!」
「まったく ゴーレム使いの 荒いぃ事よのぉ…」
ガイアっ娘は文句を言いながらも、両腕を長柄の馬上槍に変形して牛頭の巨人へ向けて加速した。
がきょん。と衝突音がして牛頭の巨人がよろめく。
「今だッ。討ち取れ!」
「「 はっ 」」
武装した兵士が殺到するが、牛頭の巨人は怪力を発揮して兵士の波を押し返した。
「あわわっ!」
「GHA …」
両翼で鼠の魔物を相手に奮戦していたエドガンとバオウの所へ兵士が流れた。元の足場が狭い所で乱戦となり。獣人のバオウは珍しく体勢を崩して落とし穴へ落ちた!
「あなた!」
「シシリアさん危ないぃ」
手を伸ばすシシリアはバオウの毛並みを捕えたが、自身も足場を失い落下した。僕らは二人を救助する余裕も無かった。
迷宮の通路での乱戦は未だ継続中だ。
「くっ…【治療】」
治療師のマクロワが双剣使いエドガンの負傷を癒すと、エドガンは前線へ復帰した。
「おらおらおら!【連撃乱舞】」
鼠の魔物を滅多斬りにしたエドガンの突進は止まらない。
「アッコ。もう一度、突撃だ!」
「…コヤツめ……戦闘民族…の…血が……では…ないか…」
なにやら文句を付けながら、ガイアっ娘が牛頭の巨人へ突貫した。
ばびゅーん。がきょん。と加速からの衝突音がして牛頭の巨人がよろめく。
じりじり、ばびゅーん。がきょん。
ぐりぐり、ばびゅーん。がきょん。
ぐずずず、ばびゅーん。がきょん。
いつの間にか、ガイアっ娘の連続突撃が牛頭の巨人を圧倒していた。
こうして、迷宮の主による茶番劇は幕を閉じた。
………
領主軍の第三陣の討伐隊は多くの怪我人を抱えて後方へ搬送された。死人は迷宮の穴倉へ落とされる。
「バオウとシシリアの捜索をさせて下さい!」
「よかろう。増援が到着する迄だッ」
僕らは二人が落下した竪穴を捜索する。鬼人の少女ギンナに革紐を結んで金属線を命綱にして竪穴へ降ろした。小柄なギンナの役回りとして申し訳なく思う。
ギンナは僕の荷物持ちとして働き、ここまでは目立つ働きをしていない。役立つ自分を見せる必要がありそうだ。そのおかげで僕は幼女使いとして名を馳せた。
「幼女ゴーレム使い殿。首尾は如何かな?」
「まだ、発見は出来ません……」
奇妙な渾名も否定は出来ない。花咲く治療師は心痛を察した。
「ほほう、お仲間の事はご心配であろう」
「…」
治療師のマクロワに出来る事は少ない。あの花を墓標へ供えるのみだ。
………
領主軍の増援が到着した。迷宮の討伐隊は移動を開始する。
「諦めろ。出発するぜッ」
「…」
こうなっては彼らの無事を祈るしか方法は無い。僕も命からがらに迷宮を単独で生き延びたのだ。
二十六階層は大掛かりな罠が待ち受けていた。広間の暗がりに巨石の玉が猛獣の加速で転がる。
-GROGROGRO-
重い地響きを伴い巨石が眼前を横切って行く。
-GROGROGRO ZGUN!-
巨石が衝突したかと思うと、急激に方向転換した! 巨石の玉が討伐隊を襲う。
「わっぷ!」
「勝手に、動くなッ」
討伐隊の隊列は大混乱だ。集団の統率が乱れる様子に各隊長は声をあげた。
「…何だ、これはっ…」
「小隊ごとに、回避っ!」
僕らは後方から隊列に付いて行くのだが、
「くくくっ、面白そう であろ。ワレの英知に ひれ伏せッ」
「まったく……」
ガイアっ娘が考案した罠だろうが、意外な回避方法が偶然に発見された。混乱した兵士が、広間の両側に設置された巨石の発射口へ突入したのだ!
発射口へ突入した兵士が我武者裸に押すと、発射前の巨石は呆気なく停止した。
「おぉぉ、のぉぉお!」
「っ…」
ガイアっ娘は巨石の罠が不発に終わって苦悩していた。
こうして迷宮の攻略は進む。
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