ep165 迷宮(ダンジョン)の主を討伐する
ep165 迷宮の主を討伐する
正規の入口から迷宮へ入った四人は迷宮の主が現われたという警告を無視してマキトを捜索した。以前にもバオウとシシリアは迷宮を探索していたが、今は様子がおかしい。
先頭を行く獣人の戦士バオウは鼻を利かせたが、マキトの匂いは無い。
「GUU マズイ時期に あたる」
二列目に水の神官のアマリエと風の魔法使いシシリアが続くが、移動小屋に置いて来た赤子も気懸りだ。
「早く、マキトさんを見付けて、帰りましょう」
「正規の道順のハズだけど、通路が変化しているわ」
迷宮は内部構造が大きく変化する時期がある。その期間の探索は不測の事態もありて危険も大きい。
「マキト様……」
後方を警戒して白銀のオーロラが続く。
………
思えば、迷宮の変化は急激だった。
普段は迷宮への侵入者を拒む様に出現する魔物の襲撃も無くて、不意に発動する凶悪な罠も見かけない。変動期には初見殺しの罠も警戒して緊張した探索となるハズが、……通路が開けて先へ進める様子だ。
あまりにも楽々な探索行とマキトの消息を求める焦りが判断を誤らせたか、気付くと最深部と思われる階層を数えていた。
そこには吹き抜けの神殿の底に地獄の窯の蓋かと見えて、百人も乗れそうな巨大な円盤があった。明らかに地底へ何者かを閉じ込めている。
それは発声器官も無いのに咆哮した。
-FOGYAAAAASHuuu-
とんでもない、化け物の咆哮だ!
「迷宮の主は巨人の姿だと聞いたのだけど……」
風の魔法使いシシリアは町の噂を思い出して呟いた。すると、地獄の蓋は粘土細工の様にして巨人の姿となり立ち上がった。
「山羊顔の悪魔よ!」
水の神官アマリエが叫ぶと、巨人の顔は山羊顔の悪魔となった。
「GUU 四足の獣に 尻尾付きだろッ」
獣人の戦士バオウは自説を曲げなかったが、巨人は背を曲げて四足の獣となった。
「あぁぁ、竜の鱗に爪と牙……」
最後に白銀のオーロラが咆哮のイメージを付け加えると、竜鱗の防御力に爪と牙の攻撃力を備えた化け物となった。
「ワレハ ガイアの仔 ・・・ ニンゲンども ひれ伏せ」
「きゃっ!」
「魔っ……」
「GNN…」
「あっ!…」
四人はその場に圧倒されて膝を埋めた。ガイアが動けないままの四人を踏み潰す。
「やめろっ!!!」
巨体のガイアよりも、さらに吹き抜けの上階からマキトが飛んだ。
「幼女、ようじょ、ょぅじょ」
その時の僕は高熱に魘されて明らかに常軌を逸していた。僕がガイアの頭へ着地すると粘土細工の様に化け物は変形を始めた。
ちんまりと幼女の姿になる。
「もう…離さないぃ……」
僕は高熱のまま幼女ガイアを抑え込んだ。
「そんな……」
「マキトさん!」
「GUU 参ったぜ」
「マキト様ぁ?」
地響きと共に、吹き抜けの神殿の底が抜けて内容物が飛び出した!
-DOGOON! ZGAGAGAGBOBO-
吹き抜けの天井をも突き破り青空が見える。
「皆さん! 掴まって下さいぃ【軽薄】【軽薄】【軽薄】」
「「「 わぉッ!… 」」」
オーロラが即席に唱えた呪文は全員へ浮力を与えて上空へ登った。
噴出物は金塊の様でキラキラと光り、コボンの地は落下物に壊滅的な被害を受けた。
◆◇◇◆◇
僕は移動小屋の居間に設置された寝台で目覚めた。寝台には岩塊の体の幼女がいる。
「はっ、幼女!」
「マキト様。酷い高熱に魘されておりましたのよ」
羊角のムトンが女中姿で水桶を取った。
「これは、……???」
「GFU 持って来ちまった」
犬顔に深刻な声音を乗せてバオウが応じた。どうやら夢ではないらしい。
「他の皆は?」
「GHA 買い出しだ」
バオウの話を聞くと、迷宮の主のガイアを討伐した後に全員とも無事に脱出したらしい。…被害が無くて幸いだ。
「GUU 町に被害が出た…」
「っ…」
しかし、討伐の余波で迷宮から金塊がコボンの町へ降り注ぎ、建物や人的な被害を発生したのだ。その影響で町の貨幣経済が崩壊し金塊の価値はゴミ同然となったが、食糧と住居の価値は高騰した。
そういえば、移動小屋の居間の奥、寝室の入口は戸板を打ち付けて封鎖されている。移動小屋も落下した金塊が掠めて破損したと言うので、どれ程の金塊が噴出したのか目眩がする。
「ただいま、戻りました。マキト様っ!」
「やぁ、お疲れ様……」
哨戒任務から帰還したオーロラが居間に駆け込んだ。防寒着は付けていない。戸外は異常気象が発生して春の暖かさだと言う。金塊騒動から町の治安が悪化して哨戒任務は欠かせないらしい。
そこへ水の神官アマリエと風の魔法使いシシリアが帰還した。両手に食糧を抱えている。町の貨幣価値が暴落して物々交換に食糧を手に入れるしか方法は無い。そのため、水の神官アマリエは怪我人の治療のお礼として食糧を手に入れたと言う。
金銭が使えないのは厄介な事態と言える。特に町の金持ち連中は家財を投げ出して食糧を集める様子だ。それもこの冬限りの騒動だろうか。
「ミナの者 揃ったか ワレは ガイアの仔 ・・・ である」
岩塊の体の幼女が起動した。
「ガイアっ娘。よろしく!」
「フハハハハ コヤツは ワレの婚約者 であるッ」
とんだ、爆弾発言に皆は驚くが、西風の精霊が冷静にツッコむ。
「「「 婚約者!? 」」」
「…はっ、何を言っておるかッ。適合者の誤りであろう…」
そう。岩塊の幼女ガイアっ娘は「地の上位精霊」の精霊核を搭載したゴーレムだ。古代兵器とも言える性能の筈だが……
「この、ガイアっ娘はゴーレムなのです」
「「「 えー! 」」」
「…だから、そう言っておるがのぉ…」
西風の精霊の声は皆には聞こえないのだ。それに比べてガイアっ娘は良く話すものだ。ならば、ここで事情聴取を進めよう。
ガイアっ娘の話では、地底の蓋の形状に作られた彼女は、遥か昔に迷宮の奥へ封印されて迷宮の主としての役割を命じられたらしい。元々から変形性能で稼働する地のゴーレムが固定した働きを要求されたのだ。
変形性能を封印されて長い時を過ごしたガイアっ娘は迷宮の変革期の隙を突いて探索者を地底の奥へ招き寄せたという。探索者の中にゴーレムを操縦できる適合者が存在することに賭けたのだ。その行動は迷宮の主の生存戦略と矛盾をきたし、ガイアっ娘にも苦痛の咆哮を上げさせた。
それでも、奇跡的な賭けに成功した彼女は自由を手に入れたのだ。…僕はとんでもない、化け物を解き放ったのではないか。
「俄かには信じがたいお話です」
「GUU しかし、あれを見ては…」
「…」
「ガイアッコちゃん。可愛いですぅ」
「…ふんワシ程では無いがのぉ…」
それとも、マシュマロの方が無害だったか。
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