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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第十三章 薄暮のイグスノルド
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ep161 特使殿の奇行には困る

ep161 特使殿の奇行には困る





 僕らはイグスノルドの王都を旅立ち北西部の町プタラハを目指した。


王都では歓待という名目の足止めを受けたが、アアルルノルド帝国のグリフォンの英雄として噂される特使殿の奇行は遠くイグスノルドにも伝えられたらしく、国内の視察という名目で渋々ながらも観光旅行は許可された。是非とも北国の風物を楽しみたいものだ。


外気は冬の寒さを増して吐く息も白い。周囲はイグスノルドの穀倉地帯を抜けて山岳部へと向かう街道だ。収穫を終えた農地には人影も無い。


僕は観測機器を操作して太陽高度と月の高度を測り帳簿へ記録した。昼間の月は晴れ間にしか観測も出来ないが、貴重な晴れ間を見て移動小屋を停泊している。両舷へキャタピラーを装備した移動小屋は順調に街道を走行しているのだが振動が激しくて乗り心地は悪い。それにも増してキャリキャリと鎖が擦れる金属音は耳に付く不快感となる。定期的な停止と休息が必要なのだ。


鬼人の少女ギンナと魔獣ガルムの仔コロはキャタピラーの金属音を嫌ってか単騎で先行し道中を偵察している。お茶の時間には帰還する約束だ。


「マキト様もお茶にしましょう」

「あぁ、今行く」


移動小屋の荷台で観測機器を調整していると毛皮を着たオーロラお嬢様が僕を呼びに来た。下階ではアマリエたちがお茶の準備をしているのだろう。


「……雪になりそうだ」


この旅の間に観測した数値は今後の基礎資料となるだろう。


晴れ間の北側には暗雲が見える。



◆◇◇◆◇



そこはイグスノルドの王城にある執務室で、貴族と見える男が二人で話し合う。階位を表す帽子は大臣と小役人か、


「特使殿の奇行には困った物よのぉ」

「流石に、この時期に視察などとは、酔狂と思われます」


悪党顔の大臣が嘆くので、小役人の男が応じる。


「その酔狂もプタラハには辿り着けまい」

「はい。監視の者を付けておりますので、手筈の通りに……」


「ふむ。Gの行動には注意せよッ!」

「はっ」


密談を咎める者は無かった。



◆◇◇◆◇



僕らは移動小屋のキャタピラーをキャリキャリと軋ませて荒野を進んだ。街道は途中にある山岳地帯を抜けるのだが、移動小屋には道幅が狭くて迂回を余儀なくされたのだ。幸いにも帝国で手に入れた地図があり縮尺は曖昧ながらも大凡(おおよそ)の方角は分かる。


「この山岳の麓には開拓村があるハズだけど……」

「すでに冬籠りしているでしょう」


操縦室の助手としてオーロラが答えた。


山岳に近付くと荒野にも積雪が増えて風景は白さを増した。進路を西に取り森林地帯へ入ると寒さも和らぐ様子だ。


「雪が降り始めたなぁ」

「ええ」


操縦室の前面と左右には丸いガラス窓が嵌められて視界を確保しているが、窓に取り着く雪が視界を悪くする。


「しかたない…【集熱】」

「!…」


僕は室内の熱気をガラス窓へ集めて、取り付いた雪を溶かした。降雪が激しさを増した様子だ。それでも日暮れが近づいて僕は走行を断念した。


この雪では外でBBQは出来ない。備え付けの厨房で鍋料理でも煮るかな。僕が煮込み料理を始めるとギンナとコロが帰還した。夕食の匂いを嗅ぎつけたか。


-BAW!-


これはコロの警戒吠えだろう。小屋の戸口には大型の兎……の獣人!を捕えたコロがドヤ顔で息を吐いていた。


-FUN!HAFHAF-


「きゃー! 食べないでぇー!!」

「コロ。待てッ」


兎耳の獣人は魔獣ガルムの涎に濡れて命乞いをした。


「ギンナ。これはどうした?」

「雪に隠れていたのを、捕まえたですぅ~」


「ひぃっ!」


怯える兎耳の獣人はナルコと名乗るお姉さんだ。忍者とか特殊な職業とは見えない。


「で、ナルコさんは森で何を?」

「それは…」


話を聞くとナルコさんは付近の開拓村の出身で、森で狩りの途中にキャリキャリと鎖を軋ませる機械音を聞いて隠れたと言う。そこを魔獣ガルムに襲われたとは不幸な事故だ。


「すみません。良く言い聞かせますので、ご勘弁を……」

「全く迷惑な事だわッ」


お姉さんは恐怖を怒りに変えて兎耳を振るわせる。僕は主として平謝りだ。


「お詫びに村まで送りますので、お許し下さい」

「ええ、それは助かるわ……」


イグスノルドの王都での反応を見ると移動小屋は国内でも珍しいのだろうと思う。小屋の内部は整えられて貴族の邸宅を思わせる。


「英雄さまっ、夕食ですぅ~」

「っ!」


事態の推移を見極めたのか空腹に耐えかねたのか、ギンナが無邪気に要求した。


その後は兎耳のナルコお姉さんも夕食にご招待して鍋料理を味わった。


やはり冬に鍋物は最強だろう。



◆◇◇◆◇



僕らは兎耳の獣人ナルコお姉さんの案内で開拓村へ到着した。山岳部の南西あたりだろうか、地図には記載されていない寒村だ。


「これは……」

「随分と寂れた村ですわね」


「マキトさん。止めて下さいッ」


水の神官アマリエは制止も待たずに移動小屋を飛び出した。開拓村は打ち捨てられて人気(ひとけ)もない。


「駄目……手遅れでした……」

「うっ…」


村の小屋へ駆け込んだアマリエは子供の遺体を発見して消沈している。


「ナルコさん。これはッ!?」

「あたしも、二年ぶりなのよ……」


ナルコお姉さんの兎耳は垂れて深い悲しみを思わせた。村の惨状は既にこの冬を越せない状況だったと思われる。


「今年は食糧不足か飢饉があったのかいッ」

「ええ、そういう噂もあるわね……」


いずれも言いにくそうに答えるので、僕はそれ以上の追及が出来なかった。ナルコお姉さんは村に残り村人の弔いをすると言うので、僕らも協力して墓穴を掘り埋葬した。水の神官アマリエが経文を唱えて死者を送る。この村の宗教は分からないが心があれば念じるだろう。


簡単な葬儀を済ませてナルコお姉さんと別れた。別段にお悔みも援助も無かったが大丈夫だろうか。ナルコお姉さんの話では開拓民は自由な移動が禁じられて他の集落への移動は処罰されると言う。それでもこの村の規模を見ると逃亡した生き残りの村人がいても不思議ではない。


僕らは心残りながらも開拓村を出立して山岳部を迂回するぺく北西へ向かった。


………



森林を抜け平原の積雪を進むには羅針盤が役に立つ。太陽高度の観測は雪雲に覆われて断念した。晴れ間を待つより他にない。


キュリキャリと鎖を軋ませて進むと警戒した野生動物は進路を避けて姿を隠した。魔獣や魔物の類も見えない平穏が続く。もしかして、先行するギンナと魔獣ガルムの仔コロが魔物除けになっているのか。


日暮れが近く視界も覚束ない様子に吹雪が増したので移動小屋を停泊させる。北風を避ける岩場に寄せたのは幸運だろう。


「マキトさん。今夜の料理は……」

「渤海のアラ鍋ですよッ」


「まぁ!」


帝国北部の氷結海で仕入れたアラに似た怪魚の鍋だ。白身も出汁も蕩ける美味さだ。


厨房から熱々の土鍋を居間のテーブルに乗せると暖かな湯気が立ち昇る。既に居間のテーブルは厚手の布を掛けて炬燵の様に運用している。


「熱々を、召し上がれッ」

「わぁ~」


飢饉で滅びた開拓民には申し訳ないが、生きている者の贅沢だろう。


………



雪原に雪は降れども見通せる視界を頼りに僕らは出発した。イグスノルドの地図を参考にすると、山岳地帯を離れて平野部を進んでいるハズだ。


平野部はすっかり銀世界で小山の様に見えるのは雪を被った灌木だろう。北から吹き付ける風と吹雪は強弱を織り交ぜて僕らを翻弄するらしい。キュリキャリと移動小屋を進ませると音を頼りにしてかギンナとコロが帰還した。


「マキト様。交代のお時間です」

「頼むよ」


女中(メイド)姿のムトンと操縦を交代する。今では慣れた物で酷使した移動小屋の航続距離も伸びたが、一面の銀世界に単調な風景は眠気を誘う。平原に移動小屋を走らせるのは羅針盤に従って方位を確認し、ほどんど真直ぐに進むだけの簡単な操作だ。


「そこっ、灌木を避けて…」

「お任せ下さい」


ムトンは安定した操作で雪に埋まる灌木を回避する。たまに遭遇する障害物も積雪用に改造したキャタピラー駆動には敵わない。


僕は操縦室を出て厨房で保存食の餅を焼いた。タルタドフの開拓村にて試験栽培した品種は長短と米の種類も多彩でより分けるにも苦労した。適度に目の粗い篩にかけて短種類の米を選別したが、もち米には足りないらしい。そのため餅と言うよりは煎餅の焼き上がりとなった。それでも醤油を付けて焼くと香ばしい匂いが小屋に広がる。


-BAU!-


醤油の香りがコロを刺激したか。


「あー、すまん、すまんッ」


小屋の戸口で待機していたギンナとコロにご褒美として焼きたての醤油煎餅を与えた。


-FUN!HAFHAF-


見ると、コロが捕えた獲物は雪兎だ!


雪兎は真っ白な体毛のペンギンに似た魔獣で体内に氷の魔石を生成する。肉は鶏肉に似て美味だ。


今夜は鳥鍋にしよう。


………



おかしい。そろそろ北西部の町プタラハが見える頃と思うが、人里へ近づく気配も無い。町の付近であれば街道なり農地なりの生活の痕跡が見えるハズだ。ところが見渡す原野は雪と氷に覆われて目印となる高山も見えない。


これは根本的に、アアルルノルド帝国で手に入れた地図の精度を疑い始めた。地図は軍事機密でもある。イグスノルドは伝統的な友好国とはいえども、諸外国である帝国に正確な地図があると思うのは間違いだろうか。あぁー、失敗したかも。…


「…という訳で、プタラハの町へ辿り着けない恐れがある」

「そんなッ!」


不安そうな顔でオーロラお嬢様が僕を見る。


「食糧のある内に引き返すか……」

「北東へ進路を取り街道へ合流するのは、いかがでしょうか?」


羊角の獣人ムトンが冷静に意見を述べるが、僕は否定的だ。


「雪に埋まった街道が見つかるかなぁ」

「…イグスノルドの王都へ救援を求めても、よろしいのでは?」


水の神官アマリエは王都を頼れと言うが、現実は難しい。


「通信手段も無いし……救援要請を無視されたら困る」

「王が信用出来ないと言うのですか?」


帝国を出発する際に、伝書鳩の代わりに神鳥(かんとり)のピヨ子には手紙を持たせてタルタドフの領地へ飛ばした。ここから連絡を取る手段が無いのだ。


「うーむ」


僕は思案に暮れた。真っ直ぐに引き返すのが安全策とも思える。


なにしろ現在地が不明なのだ。





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