017 魔物の森と薬草
017 魔物の森と薬草
僕は魔物の森で薬草を採取している。
森に戻ってからは狩猟や採集に忙しい。喰うためだ。
僕は呪い師の老婆の依頼をうけて、魔物の森の薬草を採取していた。
魔物の森は狩猟生活が主なためか人口は少ないようだ。それでも獲物を追った森の住人に出会う事はある。
「GAW どけ! 邪魔だ!」
「あわわ」
兎が藪から飛び出して来た。続いて狼顔の男が軽快に走り抜けると思いきや、急停止した。
「ふん。キツネの匂いだ」
「!…」
警戒する僕の鼻先で狼顔の男が匂いを嗅ぐ。
「ニビの 下僕だと 聞いた」
「はい。いちおう…」
どうやら危険は無さそうだが、僕には狼顔の区別が付かない。
「餌は 取れたかい?」
「ええ」
取りたての薬草を見せる。
「ケッ 草なんぞ マズイだろう」
「薬草から薬を作れば、人族の村では金になります。金で美味い餌を買います」
商売のネタを教えるが、
「金は喰えないだろう GAA!」
「…」
理解してもらえない。そこへニビが兎を持ってあらわれた。
「わらわの下僕に何の用かのぉ」
「GAH-! うるさい オレの獲物を よこせ!」
兎を横目に険悪な雰囲気となりかけたが、ニビが提案する。
「ひとくちめは狩猟者の権利じゃが、ふたくちめはお前にやろう」
「ふん。良いだろう」
意外にも平和的に解決できそうだ。
「クロメよ、兎を料理するのじゃ」
「…」
僕は兎を捌き蒸気鍋に入れる。香草と岩塩で味付けして少量の水で煮込んだ。ニビと狼顔の男はきっちりと兎を半分にして味わった。勿論ニビがひとくちめを頬張る。
ふたりを置いて、僕は呪い師の老婆の住処へ向かった。
老婆はいつも夕刻に起きて薬を作り朝方には眠るようだ。僕は薬草を採集する対価として、薬の作り方を老婆から学んでいる。
「婆さん、頼まれた薬草を集めて来ました」
「ゴホッ…ご苦労さまじゃ」
老婆は咳いてから、応えた。
「今日は何の薬を作りますか?」
「ゴホン、強壮剤じゃ」
持ち込んだ薬草を干すもの、すり潰すもの、水に浸すものと仕分けする。
「先ずは、この薬草をすり潰すのじゃ」
「はい」
無心にすりこぎ棒を動かす。意外と力作業だ。
「次に、昨日漬けたこの溶水に加えて魔力で混ぜる」
「魔力で、ですか?」
僕は老婆のやり方を真似て溶水を掻き混ぜる。
「最後に触媒を加えて、いち日中は寝かせるのじゃ。地下室の静かな場所が良かろうて」
「なるほど…」
薬剤と手順のメモを取りながら尋ねた。
「この薬を人族に販売しても良いですか?」
「うーむ」
シワだらけの顔で渋る老婆に餌をなげる。
「もっと美味しい物が手に入りますよ」
「ゴホン…クロメよ。ワシが作った事は秘密じゃが…良かろう」
老婆の許可を得て薬の販売に乗り出す事になった。
◆◇◇◆◇
僕は城郭都市キドの町にいる。キドの町は三方を険しい山に囲まれ、唯一開けた南側の平野部にあった。その名の通りに町の周りを城壁で囲い城砦としての威容を誇っていた。
また、北の山岳部には迷宮の入口があり、迷宮から湧き出す魔物に対しての城郭としても機能している。そのため、都市の住人の大半は城郭の防衛を任務とする兵士や迷宮の攻略を行う探索者だった。
僕はキドの町の露店で薬草をならべて調合した薬品とあわせて販売していた。露店販売はトルメリアの商業ギルドで手紙を出す際に登録した会員証で、すんなり許可された。
「いい薬草だね」
「はい、魔物の森で採取しました」
探索者の風体の男が買って行く。
「この薬草ひと束と傷薬をひとつ貰おうか」
「まいどあり~」
商売は順調だ。薬草の現物とならべて見せる事で薬効も分かるだろう。
もっとも、相手も素人や一般人ではなく、探索や戦闘のプロだからか傷薬の売れ行きが良い様だ。
露店での商売のかたわらでトルメリアの町の騒動の噂を耳にした。
噂では、ある貴族の暗殺未遂事件に水の魔道具が使われたとの話だった。
そのため憲兵隊を投入して、水の魔道具の製造元と販売し納入した業者の強制捜査が行われたそうだ。
アルトレイ商会のキアヌ商会長にもその容疑が掛かったのだろう。
では、北の村で会った芸術家…氷の魔女と呼ばれていた人物も容疑者のひとりか。
グラントナ商会から発売された水の魔道具には、黒い魔石の効果で「高揚しスッキリする」ような魔法回路があった。
また、シンデイ商会の水の魔道具は「疲労回復した気分になる」だったと思う。回復薬ではない…気分の問題かぁ。
しかし、アルトレイ商会では黒い魔石を使った魔道具は製品化されていなかった。
やはり黒い魔石の謎は氷の魔女が握っていると思われた。
僕がキアヌ商会長に依頼されたのは芸術家…氷の魔女に魔道具の制作協力を依頼する事だった。
すでに貴族の暗殺が失敗したと知って、氷の魔女は逃走する準備をしていたのかも。
アマリエは氷の魔女について何か知っていた様子だったけど……
ひとしきりの間に薬草と薬類が完売したので、ニビを連れて屋台の買い食いに向かった。露店の一角で魔物の肉の串焼きを買い頬張る。
「うむ。この肉の塩加減は絶品じゃの」
「ええ」
ニビは両手の串焼きを交互に噛りながら言った。
「次は、あの香ばしい匂いの料理を喰うぞよ」
「はい」
片端から屋台の料理を制覇していく。
「はぐはぐ、この肉まんじゅうも旨いのぉ」
「…」
売上金を喰い尽くされる前に、婆さんへの土産を買っておこう。いくつかの料理を包みカバンにしまう。
こうして、薬の販売は順調に始まった。
◆◇◇◆◇
その日は魔物の森で薬に使うキノコを採取していた。
キノコ類は見た目も様々で紛らわしく種類も多い。珍しく呪い師の婆さんもキノコの採取と指導に同行していた。
夕闇がせまる魔物の森で、獲物を担いだ豚顔のオークの一団と出会った。オークの一団はご機嫌の様子だ。
よく見ると両手と両足を蔦で括られて木の棒に吊るされているのは、狩猟者の男と年端もいかない少女だった。
「!…」
「ゴホッン! そのニンゲンをどこに連れていくんだい?」
驚いている僕を制して婆さんがオークに声をかけると、先頭のオーク頭が答えた。
「BUF 巣に 持ち帰って 喰う BUF」
「うむ」
婆さんは獲物を値踏みする様に見つめて言った。
「美味そうなニンゲンじゃのぉ」
「BUF ダメダ お婆には やらん BUF」
すると婆さんはオーク頭に向けて、両手を広げ言った。
「ワシの 特製の薬を 十個!と 小さいニンゲンと交換しようぞ」
「BUF …」
オーク頭は後ろの一団と何やら相談している。婆さんは小声で言った。
「あの男はもう助からん」
「そんな……」
見ると、狩猟者の男は頭から血を流して、既に虫の息のようだ。
少女の方は酷く汚れているが、怪我の程度は軽いとみえた。
しばらくしてオーク頭が向き直った。
「BUF イイダロ すぐに薬を 寄こせ」
「うむ…」
婆さんとオーク頭は何やら言い交して婆さんの小屋に向かう。
残りのオークの一団は巣に帰る様子だ。僕はキノコを抱えて茫然と付いて行くしかなかった。
………
婆さん特製の薬を十個も抱えて、ホクホク顔でオーク頭は帰って行った。
すぐに、少女の手足に絡みついた蔦を外してやるが、少女は酷く怯えた様子で座り込んでいる。
「ゴホッ…儂はニンゲンの言葉も分かる。安心して話すが良い」
「な、なぜ、あたいを助けたの?…おとうも助けて!」
婆さんは少女に諭すように言うが、
「あの男は無理じゃ。オークも餌を喰わねば、生きていけぬ」
「いやッ嫌ぁ!」
少女は現実を否定する様に身を震わせた。
「なぁに、お前を助けたのもタダではない」
「えっ…」
急に恐怖を思い出したのか、少女は自分の両肩を抱きしめた。
「ゴホン…クロメよ、離れておれ【深淵】」
「何を!」
僕は目の前が真っ暗になり………
…しばらくして、
目の前が明るくなり、視力を取り戻した僕が見たのは、上気した顔の少女と三本の小瓶を手にした婆さんの姿だった。
少女は乱れた衣服を掻き寄せ小屋を出て行った。なにやら荒事があった様子だが、婆さんはニヤけた顔で小瓶をながめていた。
僕は訳が分からずに少女の後を追って小屋を出た。
「遅い!」
「はう?」
小屋を出た所でニビに捕まった。二本の尻尾で首を括られる。
「すぐに飯にするのじゃ!」
「…」
仕方なく小屋の近くで野営する。
今日はキノコと野鳥の鍋だ。本当は血抜きしたい所だがトウガラシと香草でごまかす。
鍋に水を汲むために井戸に向かうと、手足の泥を洗った少女が無気力に座り込んでいた。
「一緒にメシを食おう」
「…」
少女に声をかけるが返事は無かった。
蒸気鍋で煮込めば鍋料理も短時間に出来上がる。ニビを見ると鍋料理の匂いにメロメロの様子でひと安心する。とりわけた野鳥とキノコの鍋を味わっていると匂いにつられたか、少女が恐る恐るやって来た。
「不思議な匂いの料理ですね」
「森で取れた香草を使っているから…」
少女にも野鳥とキノコの椀を差し出す。ニビを見ると料理に満足気な顔で頷いた。
「!…」
「紅いのは、辛いから気を付けて」
こころもち少女の表情が緩む。
「美味しい。こんなに悲しいのに……」
「…」
少女は涙をこぼした。
「どうして、お腹が減るのかな……ぐすん」
「今は、お腹いっぱい食べれば良い。無難しいことは明日かんがえよう!」
その夜は泣き腫らす少女と腹いっぱいに野鳥とキノコの鍋を食べた。
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