ep159 帝国で査問を受けたが何か
ep159 帝国で査問を受けたが何か
僕らはアアルルノルド帝国の査問会を乗り越えて帝国西部の町キサシに到着した。そこは帝国領とゲフルノルドの国境となる町であるが、既にゲフルノルド王国は帝国の傘下としてのみ存続する傀儡とされている。そのため国境警備もゆるく町の再建も進まない辺境の町と見える。
一応のゲフルノルド王国に所属する住民は移動式の家屋に乗り放浪生活をする「さまよう者」と呼ばれている。オーロラの所有する移動小屋は付近の森に打ち捨てられた小屋と見えたが、無事な姿で現存していた。僕らは扉を開けて盗まれた備品はないか確認をする。
「ほとんど、手つかずに残っていて助かるよ」
「ええ、防犯機構が働いた様子ですわ」
僕は移動小屋の床下を空けて下部に設置された移動用のゴーレムを点検した。…故障した回路は見当たらない。
「ゴーレムも稼働出来そうだ。……オーロラ。起動してくれ」
「はい」
オーロラが操縦室で魔力を供給すると動力ゴーレムは暖気振動を始めた。…可動部にも問題はなかろう。僕が魔力を注いでも動作しなかった動力ゴーレムが、所有者のオーロラの魔力には反応する事が分かったのは幸運だった。
夏の数か月で移動小屋の前面に生い茂った草木は鬼人の少女ギンナが刈り取って薪にした。魔獣ガルムの仔コロが番犬の様に控えているのは微笑ましい光景だ。
「水を補充しました」
「ありがとう。アマリエさん」
水の神官アマリエは付近の小川で水を汲み移動小屋の水樽を満たした。この場所に移動小屋を止めたのは小川での補給も考慮したのだろうか。
「オーロラ。大丈夫かい?」
「ええ、まぁ……小屋を移動させますッ」
以前は召使いと護衛の者が交代で魔力を注ぎ、移動小屋を移動していたそうだが、オーロラお嬢様は記憶を頼りに操縦室で指令を下した。操縦室に備えられた操作盤は前後左右の移動と方向転換が出来ると見える。
小一時間も荒地を進むとオーロラお嬢様が魔力不足で音を上げた。街道を進んで移動小屋をゲフルノルドの王都へ入れる事は禁じられており「さまよう者」と呼ばれる移動民たちは回廊と呼ばれる荒地に移動小屋を走らせるそうだ。
「僕が代わろう」
「申し訳ありません。私の力不足で……」
オーロラが起動した動力ゴーレムは僕の魔力も貪欲に吸い込んで進む。…操作盤にも異常は無い。それでも昼の休憩に僕は疲れて魔力の限界を感じた。
回廊の荒野に移動小屋を止めて昼飯にBBQを焼く。
「いただきます!」
「旨うまッですぅ~」
魔獣ガルムの仔コロは護衛として付いて来ており肉も野菜も食べる様子に、すっかり鬼人の少女ギンナに餌付けされたと見える。
季節は灰の月に入って寒風が吹き始めた。回廊の付近を眺めると荒野と畑の間に回廊が通っており農民たちも移動小屋の通行を避けて作物を栽培しているらしい。
「マキトさん。よろしいでしょうか?」
「うん。頼みます」
午後は水の神官アマリエが移動小屋を走らせた。やはりオーロラお嬢様が起動をした後の魔力供給は誰もが可能らしい。移動小屋の航続距離は使える魔力量に依存して、神官様の魔力量には驚くばかりだ。これならば、交代で移動小屋を走らせる運行も良いだろう。
それでも日暮れの前に移動小屋を止めて野営の準備を始めた。
◆◇◇◆◇
そこは温室の陽だまりに設けられたサロンの様子だった。お気に入りの小姓を連れて、サロンで寛ぐアアルルノルド帝国皇帝アレクサンドル三世は上機嫌で言う。
「これを見よッ。最新型の火砲の設計図である」
「私には……分かりかねます」
皇帝の話し相手を務める美声の男はソプラノで応えた。皇帝アレクサンドルが合図をすると茶器を備えた小姓が進み出た。
「ならば、これはどうか?」
「ふむ。白い…塩?…いや、砂糖ですか!?」
最高級の紅茶に注がれた白い砂は、あっと思う間もなく溶けて緋色に消えた。
「ふっ、それとこの容器だッ」
「……よろしいのですか?」
ガラスの容器には関心を示さず、美声の男が尋ねるのは査問会の茶番についてか。
「査問など、取るに足らぬ些末な事よ」
「はい。御意に沿いまする」
グリフォンの英雄を帝都に召喚して開かれた査問会は、英雄殿が敵国のトルメリア王国へ新型の砲身を提供した事に端を発して謀反の意を疑われたが、最新型の火砲の設計図を皇帝陛下へ献上したことで釈明された。
さらに英雄殿が皇帝陛下へ献上した白い砂糖は希少で上質な事も有り、陛下のお気に召したらしい。査問長官の面目は丸潰れだろう。
◆◇◇◆◇
ゲフルノルドの南回廊を山沿いに西へ進むと、ひと際に高いツルギ山が見える。草木も茂らない岩塊と思えるツルギ山は旅人の良い目印だ。
僕らが移動小屋に乗り西へ向かうのは、この先にあるイグスノルド王国の内情調査の為である。グリフォンの英雄であるマキト・クロホメロス卿が帝国の領内を旅するのは貴族界では公然となっており、皇帝陛下のお墨付きの冒険者証もある。皇帝の勅命であれば断れない。
それでもイグスノルド王国との国境をなす山門には関所の入国審査を待つ商人の大行列が並んでいる。国境門はツルギ山と魔物の森の間を占めて街道を東西に分け隔てる要衝の地にあった。
僕らが移動小屋に乗りグリフォンの紋章旗を掲げて堂々と進むと、国境門から伝令と見える騎兵が駆け付けた。
「これはッ、特使殿!」
「マキト・クロホメロスである。山門を開けよッ」
「はっ!」
公用で貴族の仕事をする際には堂々として、多少なりとも偉そうな演技をするのがコツらしい。…侯爵令嬢の教育の成果か。
僕らの移動小屋は先行の商人の荷車も乗合馬車も押し退けてイグスノルド王国への入国を果たした。…多少は気が引けるのだが今回は皇帝陛下の後ろ盾もあり、その印が公用の紋章旗となる。
堂々と入国審査をパスして一路にイグスノルドの王都へ向かう。山門の西側は門前町を形成して庶民や難民の粗末な小屋も多く屯している。これでは国内の窮状が思いやられる。
「マキト様。注意なさってください」
「うむ……」
最近にイグスノルド王国へ向かった国司も密使もこどごとくに行方不明となっているのだ。もっとも危険が予想される。それでも、イグスノルド王国は伝統的にアアルルノルド帝国の友好国で遠方ながらも国交があった。その友好国がいまさら帝国に敵対するとは思えないのだが、どこに敵か暗殺者が潜んでいるのか分からない不気味さはある。
寒風が吹く平野部に人気は無くて収穫を終えた農地は手入れする者も見えない。すぐにでも冬籠りにして春を待つ体勢を思わせる。…今年の農地は不作であったか。通行する商人も少ない街道は本当に王都に向かうのか不安に駆られる。
道中の宿場町を避けてイグスノルドの王都へ急ぐが町の賑わいも寂れて見えた。移動小屋の航続距離は通常の馬車をも引き離して移動ができる。距離だけ見れば並の馬よりは優秀な乗り物だろう。
◆◇◇◆◇
異変を察知したのは夕食後にアマリエが水場へ向かった後だった。水の神官は可能ならば毎日の沐浴を日課としており修行の一環とされている。そのため人目を避けて日暮れから水場に入り沐浴をする。
そんな事情を知ったか街道から外れた森に水溜りを発見した僕らは今夜の野営地を決めた。野営とは言うが移動式の小屋があれば雨露の心配は無い。食事に関しても備え付けの厨房があり狭い寝室にも寝泊りはできる。
それでも、水場での給水と水浴びの解放感は休息に必要なのだろう。この寒空に水浴びとは酔狂とも言われるか。僕は水場を囲む茂みに潜伏した。賊の数は七人か八人か……。
-GAWU!-
「ぎゃっ!」
「うわぁッ」
短い悲鳴がして囲みの一角が崩れた。魔獣ガルムの仔コロと鬼人の少女ギンナが賊を仕留めたらしい。
「今だッ!」
僕が合図を送ると、真上からの照明光が賊の姿を映した。逃さず魔道具を発射する。
-Pushrr-
「うぐっ…」
「ッ!」
賊が昏倒した。魔道具から放たれた実弾は毒針を仕込み特別製にして麻痺毒を内包している。
「マキト様、賊が逃げますッ」
上空から照明の魔道具を抱えたオーロラお嬢様は降下して警告するが、こちらの確保が優先だろう。
「ギンナに任せよう」
「はい」
僕は麻痺毒に痺れた賊を荒縄で縛り上げた。こういう時に奴隷の首輪が役に立つ。首輪に付けた革紐を引くと奴隷の首輪が絞まる。盗賊の男は麻痺毒で泡を吹いていたが、浅い呼吸を繰り返して息を整えた。意識に問題は無いと見えて油断はしない。
オーロラに革紐を持たせて僕は尋問を始めた。
「お前たちの目的は何だッ」
「…」
男は何も答えない。
「帝国の公用旗を知らないのか?」
「ぐっ…」
オーロラお嬢様が革紐を引くと奴隷の首輪が絞まり息が詰まった様子だ。
「もう一度だけ、聞く……お前たちの目的は何だ!」
「お貴族様なら、金も女も食い物も、上等にちげぇねぇ」
盗賊らしい事を言うが、それらしい匂いは感じない。
「帝国の旗だと知って襲ったのか?」
「そうだ……」
男は何か言い掛けるも、本来の目的は黙秘する様子に見えた。そこへ盗賊の始末を終えたギンナとコロが帰還した。
-GUUW GUU-
「ひっ!」
魔獣ガルムの仔コロは成体には及ばないが、ギンナを乗せた大型犬とも見える。しかし血に濡れた腹部の赤毛は死の匂いを撒き散らしている。
「コロ! 喰って良いぞッ」
「た、助けてくれぇ!」
盗賊の男は自分が餌とされる事態を避けて色々と話すが本当の所は判然としなかった。話の要点をまとめると金持ちの貴族がお忍びで愛人を連れ、この街道を通るとの情報を得て襲撃を計画したらしい。それにしても十人足らずの手勢とは舐められたものだ。
このままイグスノルドの警備隊へ引き渡すぺきか。
「お前は檻の中だ…【形成】【硬化】」
僕は即席の牢屋を造り盗賊の男を入れた。
番犬はコロに任せるが、喰うなよッ。
-BAU!-
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