ep157 副産物として
ep157 副産物として
遠心分離機を廻すのに腕力だけでは心許ないので、回転の魔法装置を開発した。
円筒の金属ドラムに直接魔力を当てると金属面に沿って魔力は流れて分散してしまう。そのため魔力に抵抗の高い石材を金属ドラムの底面に張り付けて回転力を与えるのだ。
既存の魔道具でも火球や水球を操作して直線上に投射する方法があったので、これを台座の円周上に複数配置してドラムに回転運動をさせる。こうして遠心分離機は魔力に頼りながらも高速回転が可能となった。
「ようし、回転せよ!…【注ぎ】」
僕が試作の遠心分離機へ魔力を注ぐと高速回転を始めた。まだ速度調整などの細かい動作は出来ないので、注ぐ魔力の量を手加減するしかない。
菜種油の生成では水分と油成分とゴミなどの不純物をより分ける為に、静かに沈殿し分離する方法もあるが時間がかかる。その時間短縮にも遠心分離機は有用である。
試作した遠心分離機の内ドラムには網目を作成し回転させると外ドラムへ液体が抽出されて甘い香りが広がった。液体は南方産の黒蜜と糖蜜の混合物だ。
「こいつは、時間がかかるが、止むを得まい」
僕は黒蜜の液体を樽へ移して中を通るのを待った。樽には何重ものフィルターを通して細かい不純物を取り除き下部から流れ落ちる。受け皿へ溜まる液体は未だに褐色の黒蜜にしか見えない。
褐色の色素を取り除くには、いちど水分を加えて黒蜜を溶かし活性炭を通す。
「掻き混ぜよ…【攪拌】」
今度は活性炭として細かく砕き、洗いざらした木炭の詰まった樽へ糖液を注ぐ。これも濾過するには時間がかかるのだ。濾過した糖液は徐々に透明へ近づくが何度も濾過する面倒な作業だ。
ここまでしても透明な糖液には若干の塩分とビタミンなどが含まれるが、今の技術力ではこれが限界と思える。
「一応に…【殺菌】【消毒】」
衛生管理も重要だ。この後は糖液を煮詰めて水分を飛ばし糖分の結晶化を待つのだけど、高温にすると再び糖が分解して飴色に褐色化してしまう。白い砂糖への道のりは険しい。いっそ、三温糖あたりの色合いで妥協するか迷う。
「いや、俺は純白な砂糖が欲しいのだ!」
発奮して次の作業へ取り掛かる。密閉した容器へ透明な糖液を注ぎ内部の気体を抜いて減圧をしてゆく。
「空気を抜いて…【減圧】【減圧】【減圧】…ふうっ」
減圧の魔法は回転や分離の魔法に比べても困難だ。いくら空気を抜いても真空には遠く力技で減圧する事になる。つまり、温めた空気を入れてから冷却すれば減圧に近い効果が得られる筈だ。
「それならば…【集気】して【高熱】からの【減圧】」
ばちんっと容器を密閉すると常温でも湯気が上がった。これには減圧を継続できる装置が必要だろう。
白い砂糖への道のりは遠い。
◆◇◇◆◇
僕は開拓地で試作品を受け取り、トルメリアの王都にある私立工芸学舎へやって来た。
今年の魔法博覧会が近づいて、僕は学生として何をするか相談したい。去年は森の妖精ポポロの実家を訪問したきりで魔法博覧会に参加していないのだ。
砲術部の拠点を尋ねると彩色のオレイニアは不在だった。
「部長なら、海軍と遠征に出ましたよ」
「はっ!?」
初耳にして聞いていなかった。再びオレイニアが出征するなど思いもしなかった。…試作品のお披露目が出来ずに残念に思う。
魔法競技会で活躍したメンバーの消息として、修行僧のカントルフは本格的な修行のため水の神殿へ入った。泥に塗れたディグノは実家の建築業に携わり忙しいらしい。森の妖精ポポロは研究室にいる筈で、偽子爵エルハルドは姿を見ていないが、出展には人手が必要だ。
「うーむ。今年は少人数にして露店でも開くかなぁ……」
僕が出店を検討していると、剣呑な目付きの女騎士フレイジアが現われた。
「おっす、フレイ。労働力をゲットだぜぇ~」
「何を馬鹿な事を言っておるかッ…」
女騎士フレイジアの話を聞くと、砲術部の新型の砲身が密かな話題となっているらしい。…プラティバ皇国からの大量注文を受けた影響か。
「国王様が海軍の新装備をご覧になったとの話だぞ」
「へぇ~」
思わぬ副産物に僕は動揺を隠せない。…スタルン王子の手練だろうか。
「それよりも、この騎士鎧を見てくれッ」
「ふむっ、貴族の子弟が身に付ける様な装備と見えるが……」
本当はオレイニアに試作品の感想を尋ねるつもりだったが、不在であれば仕方ない。試作品は装飾付きの騎士鎧で軽装であり女騎士の装束としてフレイジアにも似合うと思うが、彼女の感想は素っ気もない。
僕が動作確認に試作品の小手を腕に装着し魔力を通すと、甲に仕込んだ鉤爪が飛び出した。
「どうだいッ?」
「こんな仕掛けは、初めて見るが、格闘用の爪か?」
それぞれ、鎧の装甲に装飾と見せて仕込んだ仕掛けがあるのだ。
「他にも仕込みナイフや小型の砲身なども装備できるのさッ」
「私には、良さがわからん」
女騎士フレイジアの受けはイマイチか。
試作品の到着が早ければ、彩色のオレイニアに試作品を手渡す事も出来たのに、間が悪くて残念だ。
◆◇◇◆◇
水の神官アマリエは開拓村の布教活動の成果を持って、トルメリア王国の水の神殿へ帰還した。
また、大河の畔に生まれ水に親しみ毎日の糧を河川から得て死んでゆく河トロルの生活様式は水の神殿の教えに共感する部分が多い。その河トロルが水の恵みに感謝して水の神を信仰するのは自然な流れと思える。しかし、河トロルにとって水の神の教えはあまりにも当然な事に思えて、篤い信仰心には及ばない。と言うのがアマリエの率直な報告だった。
「ミナンの神殿建設も順調の様子に、霧の国での布教活動と……アマリエ。ご苦労様です」
「はい。神の御心のままに」
帝国北部の工房都市ミナンには水の神の布教が浸透し、教会を訪れる信者も増えた。さらに神殿を建設し信仰の拠点としたい。
「領主一族の教化も順調なのは、あなたのおかげと聞いています」
「いえ。領主様は元から信心深いお心の持ち主にて、私の力ではありません」
神殿建設の副産物として帝国の北辺の町ミナンの領主の知己を得たのは大きな収穫と言える。
「おほほ、アマリエ。希望があれば聞きましょう」
「お言葉に甘えて……もう暫くは、タルタドフ村でのお役目を果したいと思います」
アマリエの希望はタルタドフの開拓村への布教活動の継続と常駐する神官の派遣だった。本人が正式に赴任したいと言う。
「宜しい。職務に励みなさい」
「はい。神の御導きのままに」
本来ならばアマリエには神官長の右腕として、今年の神事を取り仕切ってもらいたいのだけど……タルタドフの領主が若い英雄だと言うのは公然の事実だ。
もう暫くは自由に行動させたいと思う。
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