ep155 王都の休日と新兵器
ep155 王都の休日と新兵器
王立魔法学院も私立工芸学舎の学生も秋の新入生が入って賑わいを増してから五日が経過した。
本日はそれぞれの学校も講義の無い休日で、学生たちは休日を楽しみあるいは修行に明け暮れるのだけど、僕はアルトレイ商会の工房で新型の砲身を作成していた。
樫木に似た高質の木材を削り砲身を仕上げる。
「螺旋を巻いて…【彫刻】。表面加工の…【研磨】」
木屑を飛ばして砲身を磨くと美しい木目調となる。
「さて、試し撃ちしたい所だけど……」
「マキトさん!」
彩色のオレイニアが現われた。私服は質素で町娘に見える。
「おや、早かったね。オレイニアさん」
「早く見たくて、その……」
砲術部の代表者としては新装備が気になるという事だろう。僕は早速に新しい砲身を倉庫の空き地へ引き出して固定した。訓練用の砲弾を装填する。
「オレイニアさん。お願いしますッ」
「はい。水と火の出会い…【発砲】」
-PANF-
新作の砲身が湯気を吹いて。訓練用の砲弾を打ち出すと、空で弾けて破片の花を咲かせる。
「良い感触です」
「では、通常の砲撃を、火と水と大気をもって…【砲撃】」
-BOKYUN!-
回転を加えられた砲弾は軌道が安定し、初速から直線に飛んで、沖の彼方へ消えた。
「マキトさん。素晴らしいです!」
「お茶にしましょう」
感動に打ち震えるオレイニアは、流石の腕前で難なく砲術を見せた。僕は魔法の瓶を取り出して冷水をカップに注いだ。
「私の砲術もマキトさんの手にかかれば、簡単に再現できるのですね……」
「いえ。彩色の魔法スキルがあればこそッ。僕に、新しい砲術の開発は出来ませんから」
現に新作の砲身は彩色のオレイニアが先日見せた新技を参考にしている。砲弾の回転撃ちを安定させる為に、砲身の内部に螺旋を刻んでいるのだ。
「家名の為に北部討伐に参加して、私は自分の無力さを知りました」
「っ…」
「貴族の子女として有力な大貴族へ縁続きとなる事も、私の務めかと思います」
「それって、縁談が?」
「ええ、プラティバ皇国のスタルン様です」
「なんとッ!」
僕は驚くより他に無かった。貴族とはいえスタルン少年は年下だし身分の差も大きい。第二婦人か妾の誘いだろうか。
「ご自分を大切にして下さい。家名のために身を売るような真似はッ」
「そんなつもりは、ありません!」
彩色のオレイニアは顔を赤くして走り去った。
「オレイニア!さん……」
僕は茫然として佇むのみ。
………
倉庫街の物陰に潜む者がいた。
「むむむっ、ジュリアよ。今の様子を何と見るか?」
「マキト様も存外に、甲斐性が無いと見えます」
主人の問いに女騎士のジュリアが応えた。戦闘メイドのスーンシアが指令を待つが、
「追尾しますか?」
「いや、捨て置け。それよりも重要な案件が……」
サリアニア侯爵姫は別の指令を与えた。
◆◇◇◆◇
開拓地から報告書が送られて来た。僕がトルメリア王国の私立工芸学舎に通う間はタルタドフの領地はメルティナが取り仕切っている。その報告書には新商品が完成した事と、水の神官が開拓村へ着任して布教活動を始めたとあるが様子がおかしい。僕は考えられる対応策を書簡にして開拓村へ送った。
翌日の魔方陣概論のオー教授は復帰して講義が行われている。古代遺跡で発見した風の魔方陣を軍事利用する方法が発表されると、研究者らしい学生の姿が増えた。
「遺跡で発見された魔方陣は大規模な下降気流を発生して、大気中の魔力素を集めておるのじゃ…」
調査隊が集めた資料の一部が提示されている。
「集めた魔力素は遺跡の装置を稼働するだけでなく、地脈へと魔力を取り込み周囲の魔物を活性化させる可能性がある…」
魔方陣の規模と機能の様式からの推論となるだろう。
「証拠としては飛竜山地に生息する飛竜の個体数の伸びと、地虫の類の発生件数を例年と比較して…」
オー教授の魔方陣概論の講義には珍しく盛況な様子だ。
………
サリアニア侯爵姫が学生食堂で午後のお茶を飲みながら言う。
「面白い事が判明したッ」
「何の話ですか?」
意味ありげな微笑をしてサリアニア姫が僕を見る。
「プラティバ皇国のスタルン王子の話だ」
「?…」
「プラティバ皇国は海洋貿易に力を入れておるが、北周りの航路を狙っているらしい」
「帝国へ向かう航路ですか?」
「そうだ。トルメリア王国の北伐もその一環である」
「へっ!?」
意外な黒幕に驚くが、サリアニア姫は事も無げに言う。
「トルメリア王国の海軍でも海賊退治は荷が重いと見える」
「ふむ」
「そこで、霧の国イルムドフとの和解の条件に海賊退治と北周りの航路への参入を提案しておる」
「!…」
僕には訳が分からないよ。
◆◇◇◆◇
それから数日後に訓練場で戦闘訓練Aの実技を見学した。
「破ぁぁあ!」
「うわっ」
サリアニア侯爵姫は木刀に風魔法を付与して相手の長剣を弾き飛ばした。
「隙ありよのぉ」
「くっ…」
相手が降参した様子で、既に四人抜きである。
「すげーな。おい何者だ?」
「…幼女とは思えぬ強さだぜぇ、はぁ…」
「…むひょー、俺の嫁にしたい…」
訓練場は騒然としている。
「目立っていますけど、大丈夫ですかね?」
「姫様は、風神流の使い手。遅れを取る事はありませんッ」
「いえ、そういう事ではなくて……」
サリアニア侯爵姫は木刀に風魔法を付与して切り付けた。
「破ぁぁあ!」
「ふん。ぬうぅ」
今度の相手は格闘スタイルの男と見えて接近戦を試みた。紙一重に風の斬撃を躱して近接する。
「危ない!」
「「「 おおおぉ 」」」
誰の叫びか。格闘家が打ち出した拳はサリアニア姫に届かなかった。風の刃は急激に方向転換して男の脇腹を抉ったが、防御した格闘家の男も見事である。
「風の綻びも我が意を得たり…【風陣】」
「はっ」
サリアニア姫の周囲に風が渦巻き、それに乗せた木刀が左右から連打を浴びせる。格闘家の手甲のみでは防ぎ切れない。逃げ場を無くした格闘家の男は剣刃を押して前へ跳んだ。
「この無礼者めッ」
「ずべらっ」
格闘家の男の手はサリアニア姫の体へ届いたが、脳天から剣の柄に打ち据えられて格闘家の男は落ちた。サリアニア姫の勝ちである。
「「「 うおおおお! 」」」
「…サリア様、万歳!…」
「…幼女最高っす…」
「…」
五人抜きしてAクラス入りしたサリアニア姫は男たちの熱い喝采を受けた。負けた格闘家の男も幸せな顔で気絶している。
どうして男たちは馬鹿なのだろう。
………
訓練場は秋の日差しでも、対戦で流れる汗を拭いてサリアニア姫が言う。
「英雄殿のお点前も拝見したいものだな」
「っ…」
僕は英雄の虚名にしてサリアニア姫と対戦しても瞬殺だろう確信がある。冷や汗に濡れるのは僕の顔。
「して、マキト殿も存外に甲斐性が無いと見える」
「また、何のお話でしょうか?」
いつの間に席を用意したのか、女中のスーンシアがお茶とお菓子を給仕する。
「隠さずとも良い。分かっておるぞッ。砲術部の娘の事だ」
「はっ」
初撃はサリアニア姫の打ち込みにたじろぐ。
「そなたに打ち明けたのは、隠された好意の由と見たが、本心はどうなのか?」
「あばば……」
意外な追撃に僕は答えに窮する。
「私では、相談相手には不服と申すかッ。締め上げよ!」
「ばっ!」
戦闘メイドのスーンシアが僕の背後から首を締め上げた。伏兵とは卑怯なり。
「おぉ、何だッ!」
「…メイドが場外乱闘かぁ!…」
「…サリアお嬢様。やっちまえッ…」
どうして男たちは馬鹿なのだろう。
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