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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第十二章 トルメリア王国の北部討伐
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ep152 沼地の亡霊

ep152 沼地の亡霊





 白銀の鎧を着けて貴族の下士官に成りすましたオーロラには特技があった。珍しい魔法を習得しているらしい。


「水鳥の羽 虚空の色 そよ風の軽さ…【軽薄】」

「ほうっ」


騎士装束のオーロラは呪文を唱えて爪先で地面を蹴ると空へ浮かんだ。暮れ始めた荒野でもその姿では目立つと思う。


「なお暗き陰にも増して我が身を染めよ…【滅私】」

「…」


続けた呪文の効果にオーロラの存在感が薄れるのは認識阻害の魔法か。僕はオーロラの姿を見失わぬ様に空中の彼女を見詰めた。


「それでは、行って参ります」

「気を付けてッ」


オーロラの腰に取り付けた風の魔道具を吹かすと風に乗って防衛拠点を飛び去った。


今日も沼地の稲刈りへ向かうらしい。


………


はじめは虚弱と見えた少女だったが、白銀の騎士オーロラの特技は敵陣への潜入と諜報活動の他にも稲刈りに大活躍している。無邪気な掛け声と共に、オーロラは手にした長柄の鎌を振るい沼地の稲穂を刈った。


「それぇー」

「ッ!」


河トロルたちは沼地では草船に乗り、腰まで泥沼に浸かっても稲穂を刈り集めるのだが、オーロラは長柄の鎌で狩るばかりだ。【軽薄】の魔法は自身の他にも装備した物から触れた物まで有効らしく、刈り取られた稲穂は空中に留まっている。それらを手分けして河トロルたちが笊に掬い集めるのだ。


こうして夜間に稲刈りを進めても、トルメリア王国の諸侯軍の斥候に発見される事がある。


「はっ、白い幽霊(ゴースト)だッ!」

「ぐわっ…」


ひとりの斥候は河トロルの戦士が仕留めた。しかし、もう一人の男は逃走する。その方角に諸侯軍の生き残りがいるのかッ。白銀の騎士オーロラは長柄の鎌を手に男を追って飛行した。これだけ身軽でも大気の抵抗は受ける様子に長い髪がバタバタと旗めく。


必死の形相で逃げる男の顔が凍りついた。


「逃がしませーん」

「たっ、助けてくれぇぇ~」


オーロラが稲刈り用の鎌を振るうと男の首が飛んだ。ぽっかりと口を開けたまま、首だけが空中に留まり血を流す。


「今の悲鳴を聞かれたかしら……急いでッ、撤収するわ」

「ッ!」


河トロルたちは白銀の騎士オーロラの意図を汲んで撤退を始めた。遠目にも空中を漂うオーロラの姿を見た者がいれば、長柄の鎌を手にした不吉な姿に恐怖しただろう。


沼地に主を無くした生首が落下して転がった。魔法の効果が切れたらしい。


まさに死神の所業と思えた。




◆◇◇◆◇




 トルメリア王国の諸侯軍の崩壊は意外と早くから始まった。配給の食事が不味くて量も少ないと言うので兵士たちの暴動が起きた。ソルノドフの町ではトルメリア王国の諸侯軍による食糧や金品の略奪が始まり住民が反抗活動を始めた。諸侯軍も背に腹は代えられず、手当たり次第に農村から食糧を徴発したが、目ぼしい収穫物は王都へ持ち去られた後に住民の姿も少ない。早めの避難が功を奏したらしい。


諸侯軍の第一陣の敗走と、トルメリア王国の軍船が大損害を受けて撤退した、との報告は諸侯軍の総司令部に動揺を齎した。それに加えて補給が滞り食糧事情も悪い。…今年のイルムドフ南部は凶作に見舞われたのか。


「ソルノドフの町の暴動は?」

「一応は、沈静化しましたが……いつ暴発するか予想できません」


「補給の方はどうなった」

「食糧の徴発は、思わしくありません」


「うーむ。これまでかッ……」

「…」


イルムドフの王都を目前にして古城へ立て籠もった革命軍も抜けず、帝国軍の別動隊が暗躍しているとの情報もある。補給も援軍も無くては戦えない。


ここにトルメリア王国の諸侯軍は撤退を決断した。


撤退戦ほど困難な作戦は無い。


………


ソルノドフの港からトルメリア王国の軍船が出港した。


「待てッ、俺たちも乗せてくれぇ~」

「臆病者めっ、逃げるか!」

「ぎゃー」


取り残された兵士からは怒号と悲鳴が木霊した。臆病者の誹りは免れないが、傷付いた船体の修理も出来ず、港での補給も休息も出来ず、逃げる為に出港するのだ。故郷への生還は勇気ある無謀な賭けと言える。


それでも軍船に救助された者は帝国軍へ降伏した者たちよりは幸福だろう。徹底抗戦を決めた者と陸路の逃走を決めた者の運命は過酷だった。復讐心に燃えた革命軍と帝国軍の追撃を受けるのは因果応報と見える。


トルメリア王国の諸侯軍は自身の名誉と生存を賭けて抵抗したが、徐々に脱落者と投降者を出して軍勢を減らした。途中に行き場を失った荷駄と輜重隊に合流できた事はささやかな幸運だったが、沼地の魔物と未開部族の襲撃に多くの兵士が倒れた。


最も多くの命を奪ったのは飢えと疫病であったが、諸侯軍の司令部もその正確な戦死者数を把握できなかった。既に逃亡の末は指揮系統も無くて、ただ南方へと流れる難民の群れであった。


トルメリア王国には、この戦いの教訓を残す事を祈る。




◆◇◇◆◇




 追撃戦に特筆すべき事は無かった。革命軍の追撃は執拗であったが、帝国軍は荒野の端で停止し深追いを避けた。


鼠族が集団で湿原を彷徨う獲物を襲い、肉を狩るのは生きる為の業だ。河トロルが大河を泳ぐ大型の生物を狩るのも日常の風景だ。そして戦いに疲れた人族は魔物の恰好の餌だ。魔境と呼ばれる湖沼地帯の大自然は甘く無い。


荒野で投降した獣人兵は奴隷の首輪を付けたまま契約変更して開拓地へ送り開墾事業をしている。


河トロルの氏族の間には狩場を分ける協定が結ばれたが、僕は関与していない。彼らの自治に任せよう。


岩オーガ族には恩賞として僕が製作した大ショベルなどの土木用具を与えた。特に一族を率いたハボハボには特別な恩賞として鬼人の少女ギンナが一日限定で乗り回している。…ドライブ・デートの様な物かぁ。鬼人の少女ギンナが騎獣にしている魔獣ガルムの仔コロは主人を取られて拗ねるかと思えたが、自由に狩りを楽しんで食い放題だったらしい。…不幸な諸侯軍の兵士たちのご冥福を祈る。


その後、鬼人の少女ギンナは活躍のご褒美として全身丸洗いを要求した。…仕方ない久しぶりに洗ってやるか。


「英雄様っ、こっちですぅ~」

「あわわっ…」


ギンナに引かれて浴場へ突入した。本日は開拓村の屋敷に併設した公衆浴場を貸し切っている。その筈だが……先客があった。今回は軍事顧問として活躍したサリアニア侯爵姫とお付きの女中(メイド)だ。


「そちも来たか、早よう洗われよ」

「お嬢さま。迎撃しますか?」


サリアニア侯爵姫は幼少の齢にあるまじき巨乳を浮かして湯に浸かっていた。お付きの女中(メイド)スーンシアが殺気を放つが、お嬢様は鷹揚に頷いた。


「良い。好きにさせよ」

「はっ」


主君の命には従う戦闘メイドも同僚の女騎士ジュリアの不手際を内心で詰る。


「きゃふん、くすくったいですぅ~」

「泡あわにしてやるぜッ」


僕は石鹸を贅沢に使ってギンナを泡塗れにした。


「今回のご主人様は役に立っていません事よ」


氷の魔女メルティナが珍しく湯殿に現われた。


「ぐっ、…王国軍の侵攻をイルムドフへ知らせたろう」

「それは、河トロルの手柄ですわね」


メルティナの反論にぐうの音も無い。


(ぬし)様、お疲れサマで ゴザイマス♪」

「お疲れ、リドナス!」


河トロルのリドナスに性別は無い。湯殿に男女の区別も無い。


「薬草を配って怪我人の治療をしたよ」

「マキトさん。それは、あたいのお手柄ねッ」


-DOBON-


魔女っ娘のビビが浴槽へダイブした。


「革命軍の援軍に駆け付けたのは?」


-ぅぉぉぉぉおお!-


遠くで岩オーガのハボハボの雄叫びが聞こえる。


「じゃ、王国軍の一隊を殲滅したのは……」

「義勇兵の援軍に感謝なさいッ」


即座に容赦の無い却下を浴びる。義勇兵の編成をしたのはメルティナの手腕だろう。


「あっ、沼地で新種の稲を発見したとか!」

「マキト様。ただいま稲刈りから、帰還しました」


スチャ、と白銀の鎧を着たオーロラが飛来して湯殿に着地した。


「追撃戦には参加していないし……海賊の…」

「ピヨョョヨー」


神鳥(かんとり)のピヨ子が飛来した鳴いた。僕は芝居かかって大袈裟に苦悩して見せた。


「まじ、俺は役立たずっか!!」

「そう思うなら、全員の背中を流しなさいよ」


……そのご褒美は、もう止めようと思った。


戦闘メイドの殺気が半端ないぃす。





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