ep150 南部荒野の戦い2
ep150 南部荒野の戦い2
トルメリア王国の諸侯軍は荒野に陣を構えて霧の国イルムドフの軍勢と対峙していた。本陣の総司令部が置かれた天幕では作戦変更の会議が開かれている。武門の貴族と見える男が主張する。
「我が軍正面の敵はイルムドフの革命軍と称する烏合の衆だ。一気に殲滅をッ」
「敵の増援として、砲兵を含む支援部隊が加勢したと言うぞ」
「左翼の第一陣の被害は看過できないが、……予備隊を出すか?」
会議の議論は活発だ。敵の増援に現われた砲兵もしくは投石部隊は気掛かりだが、問題は我が軍の右翼にもある。
「右翼の帝国軍は手強い様子だが、突破できそうか?」
「現状では戦線の維持が、精一杯だ!」
「ふむ」
普段は強気を見せる第二陣の指揮官が、弱音を吐くとは見た目よりも劣勢と思える。ならば……
「海軍提督に連絡をッ」
「はっ」
東の沖合には軍船と船団が待機しているハズだ。
………
沖合の海は嵐の通過後の余波で荒れていたが航行に支障は無かった。嵐の大波に破損した艦船の応急修理も終えて帰国する商船も多い。追加の補強物資と兵員を本国から輸送するのだ。
「提督、司令部から作戦書が届きました」
「おうよ。遂に、わしらの出番か!?」
トルメリア王国軍のカイゼル提督は口髭を上げてニヤついた。作戦書を乱暴に開くと副長が尋ねる。
「こんどは、どちらの浜ですか?」
「いんや、砲撃支援だッ。貴族のドラ息子どもめ、苦戦していると見える」
軍船に提督の銅鑼声が響いた。
「野郎どもッ、帆を張れ!」
「「 おう! 」」
海の男たちが動き始めた様子だ。
◆◇◇◆◇
僕らはイルムドフの革命軍の指揮官らと相談して持久戦の構えをとった。帝国軍のトゥーリマン少佐も防衛して持久戦には賛成の様子だ。
「あの男、帝国軍の軍事顧問を拝命しておるが、神経質で臆病な男ぞ…」
「ふむ…」
サリアニア・シュペルタン侯爵姫は非公式ながら司令部を表敬訪問して僕に囁いた。
「普段は後方へ控えて、前線に出て来る様な男ではない…」
「なるほど…」
よく末端の帝国貴族をご存じで、サリアニア姫の人物評価は手厳しい。
僕は防衛戦の準備に取り掛かった。
………
両軍は共に左翼が突出して斜方陣であったが、撤退した今は並行陣に落ち着いた。兵員の総数ではトルメリア王国の諸侯軍が多く、革命軍正面の本隊と西側の遊撃隊に挟撃されるとイルムドフ革命軍の本陣が危うい。
僕らは岩オーガ族と河トロル族の助力を得て参戦した。タルタドフの村とユミルフの町から集めた義勇軍は後方の砦に集結中だ。義勇軍の到着まで戦線を維持したい。
荒野と湿地の境目にある微高地ではイルムドフの斥候部隊と河口部から逃走した鼠族の争いがあった様子だ。鼠族には使者を派遣している。川口族は諸侯軍の補給所を伺う様子だが、その後の連絡が取れない。川中族は厭戦気分もあり停滞しているそうだ。
戦場となる荒野には仕掛けがあった。岩オーガを動員して塹壕を掘り、巨石を配置して防衛陣地を築いてある。サリアニア姫の戦場予想は的中していた。
「なぜ、この辺りが戦場になると分かったのですか?」
「簡単な事だ。王国軍には補給線の問題がある」
大河の河口付近には守備隊を残して補給所があるらしい。…そこを壊滅するのは良い手に思える。
「なるほど」
「イルムドフ軍もここ南部の荒野で王国軍を阻止したい事情があった」
「それは?」
「食糧の都合よ」
今回は魔境の住人からの通報でトルメリア王国が北部討伐を開始した事に素早く気付いた。イルムドフの王都へ早急に使いを出したおかげで、稲刈りと作物の収穫を早めに始めた。それでも南部の開拓村と農民の避難には時間がかかった。イルムドフ南部と荒野に接した開拓村では食糧を抱えた農民が北へ避難をしている最中だろうか。
-KAHN KAHN KAHN!-
警告に鐘の音が鳴った。防衛陣地にも緊張が走る。
「敵襲ッ!」
早くも戦闘が始まる様子だ。
………
その日もトルメリア王国の諸侯軍は積極的な攻勢に出た。
「我々が優勢だッ。全隊ぃ、前へ!」
「「「 おおう! 」」」
-DOMF BOMF BBOM!-
荒野に埋設した感知式の爆破の魔方陣が炸裂した。数人の歩兵が巻き添えに吹き跳ぶが前進の勢いは止まらない。続いて岩オーガたちの投石には密集陣を散開して突撃して来る。僕はトルメリア王国の人海戦術に恐れをなした。先陣を走る兵士は奴隷の首輪を付けた獣人と犯罪者と敵軍の捕虜などだ。…所詮は消耗品の扱いだろう。
先陣の士気は低く見せかけの突撃をした後には右往左往に逃げ回る。それでも戦場に蔓延した混乱は防衛戦を困難にする。大盾と槍兵を交互に配置した正規兵が突進して防衛陣地と接触した。防衛陣地の大岩の間に岩オーガたちが陣取りて槍兵を粉砕してゆく。この防衛線を抜かせない事が肝要だ。
その時、トルメリア王国軍の後方で騒ぎがあった。参戦を要請した鼠族が到着したらしい。鼠族は小柄で非力だが、湿地に茂る葦よしの草場の陰からの奇襲と一族の頭数を頼んでの数押しを得意戦術としていた。一人の兵士を鼠族の群れが襲う。
「隊列を組んで、応戦しろッ」
「魔法部隊、放て!」
「はッ!」
続けざまに指示が飛ぶ。
「燃え上がれ…【火球】」
「吹き荒れよ…【突風】」
鼠族の群れに火球が着弾して草場が燃え上がった。群れは散開して撤収を始める。
………
その頃、全面攻勢を受け止めた帝国軍は東からの砲撃に晒された。東側は海岸線と海だ。
-DOGOON DOBOMF-
炸裂弾らしい砲弾が命中して砂塵が上がる。帝国軍のトゥーリマン少佐は軍監らしく冷静に指示を出した。
「まずいな、……戦線を徐々に下げよ」
「はっ!」
海側にトルメリア王国軍の軍船が現われたとの報告があった。上陸する様子は無いが船上から砲撃をして戦況に介入している。徐々に軍を引いて着弾地点を避けよう。
その日は、イルムドフ軍の全体が後退する事になった。
◆◇◇◆◇
トルメリア王国の諸侯軍の陣地は先勝気分であった。下級士官の二人が談笑している。
「イルムドフの革命軍とやら、大した実力も無くて残念だぜッ」
「激しく同意ぃ。この調子なら、今月のうちに王都まで攻略できるであろ」
戦況は諸侯軍が優勢にして、ひと押しに有利を進めたい。
「わっはははは」
「がっはっは……」
既に酒が入ったか下級士官の二人は陽気な笑い声を伴にした。
………
末端の兵士たちにも、今日は白パンが配給されて戦況が知らされた。食い物が良い間は勝っている証拠だ。
「白い幽霊は見たか?」
「いんや、この所……新しい噂は無い」
既に白い幽霊は戦死の予兆と恐れられている。
「湿原の稲刈りを目撃した、ベンゾウは死んだぜッ」
「うむ……」
仲間の死は気分を暗くする。ベンゾウは白い幽霊の稲刈りを目撃したヤツだ。
「そういえば、獣人の奴隷が首輪を残して消えるらしい」
「はっ、奴隷の首輪は外れないだろうがッ!?」
常識に異議を唱えるのは馬鹿者のする事だ。
「それが、首輪は無傷のままぁ……獣人だけが消えると言う」
「なんだぁ。新しい怪談かッ」
噂の種は尽きないらしい。
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