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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第十二章 トルメリア王国の北部討伐
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ep146 湖沼地帯の攻防2

ep146 湖沼地帯の攻防2





 トルメリア王国の諸侯軍は大湖(おおみず)の畔に集落を構えた湖氏族の襲撃に備えて、湖の南に陣を張った。さらに後方には防衛陣地を構築した補給所を建設している強固な防衛線だ。


水棲の魔物も獣人も殲滅せずには収まらないと見えるその防衛陣地を湖沼地帯に構築された事は、湖氏族の集落にとっては存亡の危機だ。いち族の戦士は老いも若きもトルメリア王国の諸侯軍へ(いくさ)を挑んだが、組織力と人数に勝る人族の軍勢は手強い相手だろう。


湖氏族の戦士たちは泥沼や水面に潜んで近づく者に奇襲をかけるの基本戦術だ。最初は効果的に手傷を負わせていたが、すぐに諸侯軍の先遣隊はその戦術へ対応策を見せた。


このままでは湖氏族の戦士も全滅かと思えたが、沼地を偽装した罠に諸侯軍の騎兵を誘いこんで戦果を上げた。それでも諸侯軍の勢いは止まらず、湖の手前となる南側を占拠している。


「先遣隊のフジストル卿はどうされたか?」

「馬をやられまして、……後方に待機しております」


狂犬と呼ばれるリナリア・フジストルも痛い目を見たらしい。


「隊の指揮は?」

「はっ、副長が任務を引き継いでおり、問題はありませんッ」


防衛陣地に置かれた前線指揮所では部隊の再配置が指示されていた。


「そうか、左翼の守備を任せる!」

「はっ。ご配慮に感謝いたします」


疲れた部隊を休めて新たな先陣を任命するのも指揮官の務めだ。まだ、戦闘に参加していない者も多いのだから、政治的な順序にも気を配るのが優秀な指揮官と言える。


トルメリア王国の諸侯軍は圧倒的な戦力を誇っている。


………



 霧の国イルムドフの議会は国内の主な貴族と有力な地方豪族が参加する会議だ。トルメリア王国が北部征伐の軍を起こした事の知らせを受けて議会は紛糾していた。戦う前から講和を望む者と主戦論を唱える者と日和見する者など立場は異なるが利害も異なる。長々と会議に費やす時間は無いと思える。


以前であればイルムドフの国王が全権を握り王国軍の指揮をもしていたが、現存する王家は無く対外的な飾りの代表としてアンネローゼ・イルムドフ候孫女殿下がいた。


「一戦もせずに降伏などッ、承服いたしかねる」

「降伏ではありません! 講和のための第一歩となる…」

「…ざわ…」


軍務大臣と外務大臣が対立しているのは職務の上か、利害の違いか。アンネローゼ候孫女殿下は会議の推移を眺めた。


「我らが同盟国たるアアルルノルド帝国へ救援を求めては、いかがかな?」

「それでは、帝国の毒蛇を国内に入れる恐れがあります…」

「…ざわざわ…」


同盟国とはいえ信頼出来るものではない。国難にも関わらず毅然とした者もいた。


「革命軍は未だ健在にして、イマノフの守備隊も動員できます!」

「…おおぉ。我が祖国に神のご加護を…」

「…ざわざわざわ…」


すでに努力を放棄して神に祈る者もいる。議会は結論も無いままに紛糾すると見えた。


「国内の総力を挙げて、ひと当て致しましょうぞッ!」

「…!」


アンネローゼ候孫女殿下は舞台俳優の光輝を発揮して、議会へ名乗りを上げた。


「我が大剣に祖国の命運を乗せて、渾身の一撃を外敵に振るう。……それを見て神の御心も命運を決するであろ」

「おぉぉおおー」


何かの熱気に乗せられて議会が動いた。


それは理性では無かった。




◆◇◇◆◇




 トルメリア王国の諸侯軍の防衛陣地では奇妙な噂が流れていた。狂犬と呼ばれるリナリア・フジストルが優しくなったとか、狂犬に労いの言葉を受けたとか、狂犬が手料理をご馳走してくれるとか、狂犬がご褒美を約束したとか、ありえない!


狂犬リナリアは貴族家の三女で苛烈で残忍な性格のせいで、領民にも使用人にも恐れられている。領地の魔物や盗賊を討伐する荒事にリナリアは活躍を見せたが、伴に戦う傭兵や冒険者からも忌避されていた。討伐の有様が苛烈で容赦なくて見るに堪えないのだ。


そんな狂犬が夜の湖畔に現われて、歩哨の兵士に声をかける。


「巡回、ご苦労ッ」

「はっ!」


白銀の騎士鎧を着た狂犬リナリアは貴族家の令嬢にも関わらず、伴も連れずに颯爽と歩く。


「今宵は冷える。白湯でもいかがか?」

「恐れ多くも……頂戴いたしますッ」


狂犬と渾名される勘気の持ち主だ。下手に逆らうと殺される。狂犬リナリアが自ら注いだ白湯は未だ暖かく花の香りがした。…これがお貴族様の高級茶か。


「明日は出発か?」

「いえ、守備隊は未だ……騎士様は先陣ですか?」


さすがに狂犬とは呼べず、


「私も守備隊の務めよ、河トロルなど殲滅すれば良いものをッ」

「ここを動くなッ。との命令ですし、今夜は……」


意外にも狂犬リナリアは激昂せず、びくりと震える美しい横顔は天使と見えた。


「おい。眠るなよ」

「うん…ぐん……」


相棒の兵士も既に夢の中に落ちていた。


夢操(ゆめあやつ)りは得意じゃないのだけど…【夢見】」


-ZZZ-


偽者のリナリアは必要な情報を求めて闇夜に消えた。




◆◇◇◆◇




 トルメリア王国の諸侯軍は先陣と守備隊を防衛陣地に残し大湖(おおみず)に潜む湖氏族への牽制とした。第二陣を加えて再編成した先発隊は東の進路をとり大湖(おおみず)を迂回して湿原を進んだ。


湿原には葦よしの草木が茂り沼地の所々には島の様にして低木林が茂っている。諸侯軍の斥候は河トロルの奇襲に備えて泥沼を長槍で突き慎重に探索している。


「前線の様子はどうか?」

「はっ、順調でありますッ」


槍兵を主体とした探索により河トロルの奇襲は未然に阻止されていた。こんな事なら竹竿でも用意するべきか、上申を検討していると兵士の悲鳴がした。


「うわっ、罠だ!」

「助けてぇ~、ぐぷ……」


兵士のひとりが足を取られて泥沼に落ちた。その沼は長槍で突いて確認したハズ……見ると兵士の足に蔦縄が絡んでいるのは、原始的な狩猟の罠と思える。


「厄介なっ、縄を切れぇ~」

「ずぺら!」


ナイフを手に助けに入った兵士が河トロルの戦士に襲われた。どこに潜んでいたのか! 鮮血を吹いて兵士が倒れた。


「囲めッ、逃がすな。弓兵は援護!」

「ッ!」


立て続けに指示するが、湿原の足場が悪くて簡単に隊列の変更は出来ない。低木林とはいえ弓を射るのに遮蔽される。河トロルの戦士の奇襲は成功すると見えたが、罠の数より斥候の兵士の数の方が多い様子で河トロルの戦士たちは撤退した。


湿原の戦いは複雑さを増した様子だ。




◆◇◇◆◇




 僕は開拓地の様子を検分して周った。魔女っ娘ビビが経営していた薬師の店は河トロルの怪我人の治療のために在庫が掃けて、新たな薬草の調合に大忙しとなった。戦闘が長引く様子なら原料となる薬草の調達に手配が必要だろう。タルタドフの開拓民にも依頼して薬草の採取と買い取りを強化しよう。冒険者ギルド(仮)の出張所にも依頼したい。冒険者ギルド(仮)の出張所には帝国領から派遣されたミラさんが居るハズだが、最近顔を見せないのは戦乱の影響か。


開拓地の草庵には南の湖沼地帯から避難して来た河トロルの子供の姿が増えていた。リドナスに任せている寺子屋も多人数の子供の歌声が聞こえる。草庵に何人の河トロルが住んでいるのか不明だが、避難民も住民登録を進めようと僕は役所の担当職員へ指示を出した。河トロルの草庵は列を成して南へ用水路を下ると汚水処理の溜池がある。溜池にはスライムを放して汚水を処理しているのだが、水面にも泳ぐスライムの姿が見える。スライムに吸収分解された有機物が除去されて下流へ流れる。


夏季に川岸へ流れ着いた流木は燻製の香木として利用し保存食の作成を再開した。冬の食糧不足に備えて準備はしておきたい。戦乱のため南方のトルメリア王国から訪れる行商人の姿は格段に減ったうえ、イルムドフと近隣の食糧事情にも不安が残る。屋敷に務める兎耳の獣人モヨヨが僕を呼びに来た。メイド服が良く似合う。


「村長、お客様をご案内いたしました」

「ほう…」


夏の終わりに珍しい来客があった。





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