015 魔法芸術家
015 魔法芸術家
僕はアルトレイ商会の会長キアヌに呼ばれた。
「マキト君、この魔力回路を複製してみてもらえるかね」
「?…」
商会長キアヌは例の黒い魔石と、見慣れない大きめの透明の魔石を取り出した。僕は不審な顔で魔石を受け取って、両手に持ち魔力回路の複製を行う。
「どうかね?」
「やはり難しいですね」
商会長キアヌは真剣な目で言う。
「では今度はゆっくりと時間をかけて魔力捜査して、大雑把で良いから拡大複製してみようか」
「拡大複製ですか…」
キアヌは優男風の美中年スマイルで頼んだ。
「まぁ、論より証拠。ものは試しだから気楽にね」
「はぁ」
僕はキアヌの指導の通りに魔力捜査して、大雑把な拡大複製を試行した。
「おお、完全複製ではないが、十分に概要が分かるじゃないかね」
「お役に立ちますか?」
商会長キアヌは大喜びの様子だ。透明の魔石を横から下から眺めて分析している。
「マキト君、きみがギスタフ君の弟子であるなら、私の弟子でもある…」
「…」
「もうひとつ、私の頼みを聞いてくれないかね」
「…」
たびたびに直伝で技術指導もして貰っているし、ギスタフ親方の兄弟子でもあるし、僕に否は無かった。
◆◇◇◆◇
僕は倉庫街にあるアルトレイ商会を出てトルメリアの町の東門に向かう。
街中には二人ひと組の兵士が巡回していた。町の北側から城のあたりを警戒している様子だった。
偶然に東門の所でアマリエに会った。いつもの神官服で旅装束の様子だ。
「おや、アマリエさん。今日はどちらへ?」
「これから北部の村を回り、お勤めに……」
何か言いたい事があるのか…アマリエの様子を察して提案した。
「途中まで、ご一緒できませんか?」
「あっ、はい!」
驚いた様子のアマリエを連れて馬車に乗る。トルメリアの近郊を巡回する乗り合い馬車だ。商人風の男や農民風の男女と共に、北東回りの馬車で出発した。
東門の出口で武装した兵士の臨検を受けるが、神官服のアマリエを見ると丁寧な対応になった。
「神官様がいてくださると安心じゃ」
「そうじゃのぉ」
農民風の男女の話を聞く。水の神官は修行の一環で村を回り、怪我人や病人の治療をしているそうだ。特にトルメリアの水神殿の神官たちは、民衆の評判が高い様子だった。アマリエもそのひとり。
トルメリアの近郊では兵士が巡回して魔物や盗賊の被害は少ない。神官のお勤めの成果で、疫病も抑えられるだろう。領主の善政がいき届いているらしい。
街道の分岐路で馬車を降りる。
「ここからは歩きです」
「はい」
僕はアマリエとふたり、世間話をしつつ村を目指す。
「これは噂ですが、昨晩にさる貴族の暗殺騒ぎがあった様なのです。命は取り留めたとの事ですけど…」
「それは、物騒ですね」
アマリエは声をひそめて囁く。
「先週は二人目の被害者が出たらしく…お城の衛兵も警戒中だったようです」
「えっ!」
思わぬ情報に驚く。
「警備の者は失態ですわね」
「うーむ」
アマリエは冷たい声で言い切った。僕はアマリエが耳に寄せる吐息に動悸していた。
僕は話題を切り替える。
「うちの兄弟子の商会長の依頼で、この先の村に住む芸術家に用があるのですが、ご存じですか?」
「いいえ、初耳です」
話題が進展せず残念に思う。
「そうですか…」
「以前に村へ立ち寄った時にも、聞いたことはありません」
話の角度を変えてみよう。
「水の魔道具の制作に協力をお願いしようと思っています」
「まぁ、水の魔道具ですの?」
興味がありそうな話題をさがす。
「はい、アマリエさんも、その芸術家に会ってみませんか?」
「ええ…」
その時、ピヨ子が警戒に鳴いた。
「ピッ!ピッ!ピー!」
◇ (ご主人様! 子鬼の群れが見えるわよ!…直接に話が出来ないのはもどかしい)
人気のない間道に見えた両側の茂みから小人?の集団が湧き出した。
「子鬼!」
「ふん…」
粗末な武器を持った子鬼の集団を見つけると、アマリエは水筒を振るって辺りに水をぶちまけた。
「覆い隠せ!【濃霧】」
アマリエの呪文から発生した水蒸気が視界をさえぎる。僕はアマリエに引かれて逃げ出した。
………
命からがら谷川を走る。ひとまず振り切った様子だ。喉の渇きに谷川の水をのむ。
「ふう…」
「あの子鬼たちは、おかしいわ」
◇ (あたしの【神鳥の威光】を無視されて…気分が悪いわ)
アマリエは水筒に水を汲んでいる。
「どうして?」
「まるで、誰かが指揮する軍隊の様に…整然と進んで来たわ」
◇ (そうそう、子鬼の軍隊なんて…聞いたことも無い…前世の記憶にはあるわねぇ)
その的確な指摘に瞠目する。
「なるほど」
「それに子鬼の集団がこの辺りで目撃されたのは、何年も前よ」
僕はあて推量する。
「巡回の兵士が手を抜いているとか?」
「…そうは思えない。誰かが仕向けたとしか…」
そのアマリエの推論に絶句した。
◆◇◇◆◇
僕らは密かに谷川を上り村を目指す。子鬼の集団発生は村にとっても危険だ。脱出には村人の協力は勿論のこと、巡回の兵士にも協力して欲しい。僕は焦る気持ちを抱えて村へ急ぐ。
到着すると村は平穏で無事の様子だ。事情を説明し助力を得るために村長宅を訪れるが…無人だった。どうやら、村人は既に避難したらしい。ひとりの村民も家畜もいないのは、やけに用意周到な逃走だろうか。
「そういえば、村の高台に芸術家が住んでいるとか…」
「行ってみましょう!」
その建物は村を見下ろす高台にあった。外壁は前衛芸術のように曲がり奇妙な不気味さがあった。僕はそれでも勇気を振り絞り、氷を意匠した玄関と思しき扉を開いた。
「ごめんください~」
「………」
◇ (ま、待って! ここは危険な気配がするわ…て、待てと言うのにぃ~)
屋敷の内部は水晶の様に輝く柱に囲まれた広間になっており、外壁から予想するより広かった。僕らは広間の中央まで進み奥に声をかける。
「誰かいませんか?」
「あっ!」
音もなく足元の床が消滅した。僕は思わず悲鳴をあげた。
「ぎゃああぁぁ」
「跳ねよ!【水球】」
咄嗟にアマリエは呪文を唱えた。跳ねる水球が落下する僕らを支えて衝撃を分散する。
「おほほ、ネズミがかかりましたわ」
広間の上から羽扇子で顔を隠した女が嘲笑した。氷の様な水色の瞳で僕らを見下ろす。地下室の底からアマリエが叫ぶ。
「氷の魔女!」
「おほほ、その呼び名は美しくありませんわ」
アマリエが誰何するが、女はどこふく風と笑う。冷たい視線が突き刺さる様だ。
「お前がなぜここに!」
「おほほ、答える必要はありませんことよ」
やがて、準備が整ったとばかりに氷の魔女の周りに魔力の奔流が見えた。
「何を…」
「おほほ、さようなら、ごきげんよう【氷結監獄】」
冷気が辺りを席巻し魔力素が枯渇する様に凍り付いた。広間を塞ぐほどの巨大な氷塊が頭上に迫る。咄嗟に床を転がり地下室の隅に身を伏せた。
「ぐぬぬっ」
「なんとか、助かりましたけど…」
今もなお冷気が部屋に浸透している。密着したアマリエと一緒に氷塊に押しつぶされるか、このまま凍えて氷り浸けか。
体の姿勢を入れ替え火鼠のマントにふたりで包まる。抱きしめたアマリエは余りにもか細く震えていた。
「生きて帰れたら、焼き肉をごちそうするよ」
「それは皮肉かしら…」
肉付きの良くないアマリエを気遣い軽口をたたく。先ほどの水球の魔法のあとアマリエの胸はしぼんでいた。
「美味しい肉があれば、大抵の揉め事は解決するよ」
「うふふ、そうだと良いわね」
脱出方法を考えつつも、胸の様子を尋ねる。アマリエの話では常時、胸には水球を抱えているそうだ。巨乳ではなく虚乳かよ。
なぜ、そんな事をするのか…僕に女心は分からなかった。
◆◇◇◆◇
◇ (あたしは怪しげな屋敷には入らずに庭木に止まって様子を見ていた。あの寒々とした魔力の気配には近づきたくない!)
閉塞した氷結監獄で体力が尽きる前に建物の外が騒がしくなった。
「こちらは憲兵隊のブックシルトである!!!」
◇ (そこの兵隊さん。あたしのご主人様がまだ中に居るのだけど、助けて下さるかしら……って通じるハズも無い)
助けが来たようだ。
「お前は包囲されている。おとなしく投降して出てこい!!!」
外の様子をうかがう。
「…」
何かが建物に投げ込まれる音。
◇ (あらあら。このままでは屋敷ごと丸焼きねぇ…何とか出来るかしら…じゅるり)
「よし、浄化開始だ!!!」
屋敷の様子がおかしい。轟々と風の鳴る音がする…氷が溶けだしてきた。足元から水が貯まる。
「氷責めの次は、水責めかよ!」
「このままでは…」
地下室に行き場の無い水が満ち、いまなお頭上は溶けだした氷塊に塞がれている。
その時、氷塊がズリ落ち地下室の水嵩が増した。溺れる!
「あなたは生きて!【水蛇突出】」
アマリエは周囲に溶けだした水を集めて、一気呵成に地下室の壁をぶち破った。
-DOGOMB-
◇ (あら、屋敷が崩壊したわ…僕ちゃんを回収しなくてはッ…まったく世話の焼ける子供だこと…【神鳥の雄姿】!)
同時に氷塊も打ち砕かれて、氷水の奔流となった濁流に呑まれて、僕は高台を流れ下った様子だった。
ぶくぶく.。o○
ぶく.。o○
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