ep138 ゲフルノルドの伝説
ep138 ゲフルノルドの伝説
帝国軍の下士官ハウベルドは護衛任務に従事していた。既に何度目かゲフルノルドの貴族の邸宅を査察して彼らが所有するゴーレムを検分する為だ。今日もまたシュピーゲル技術大尉が何人かの技師を連れて、ここランタネン男爵領の査察を行った。
ゲフルノルドで使われるゴーレムは土や石あるいは金属を素材として形成し、農作業や単純労働の力仕事に従事している。その中でも貴族が代々に所有するゴーレムは戦闘用であり帝国にとっても軍事的に脅威であると考えられていた。しかし、ランタネン男爵が家宝として所有するゴーレムは鉄錆て赤く綻びている。今回も外れの様子だ。
「まったく、馬鹿バカしい物だッ」
「…」
シュピーゲル技術大尉は吐き捨てる様に言うとランタネン男爵の屋敷を後にした。ゲフルノルドが秘蔵するゴーレムの調査が出来る、仕事に期待した知的好奇心はこどごとく裏切られた。
「武門の貴族がこれでは、残りの案件も高が知れる」
「査察のお役目、ご苦労様です」
護衛として同行するハウベルトは大尉殿を労うが、それも同情を誘うばかりだ。
「貴行も退屈であろう……」
「いえ。任務でありますのでッ」
農業用のゴーレムは動きも緩慢で単純な動作と命令しか実行できない。槍を持たせて敵陣へ突入されば混乱を誘えるが、行ったきりに帰って来ないのは無駄が多すぎる。敵に鹵獲されれば大きな損失だろう。
仮にも武門の貴族が所有するゴーレムならば戦働きに期待しても良かろうと、ハウベルドも少しは期待したものだ。
「本当に、伝説のゴーレムなど存在するのか?」
「さあ……」
帝国軍の下士官に過ぎないハウベルドには難問だった。その難問を解決するために技術士官を本国から派遣したのだ。
彼らの伝説探しは道半ばと見えた。
◆◇◇◆◇
僕は茨森の妖精ソアラから相談を受けた。どうやら金赤毛の獣人ファガンヌの実力を見て強制排除を諦めたらしい。
「茨よ。解き解しなさい。…【枝振】」
「これが、森の異物か!?」
茨に覆われていた岩山が開けて銀色に光るゴーレムが見えた。錆のひとつも無い胴体には人が入れる大きさの箱が口を開けている。
「乗り込み型でしょうか……」
「私には動かす事が出来ません」
僕が箱の中を覗くと落ち葉に埋もれた座席があった。野ざらしでも朽ちていない金属質は何だろうか。
「こいつ、動かないか?」
「…」
室内の計器か操縦桿と見える物を試して触るが反応は無かった。
「もう少し、調べて見ます!」
「ええ。よろしくお願いしますわ」
少年の心を躍らせる巨大ゴーレムである。隅々まで調査したい所だ。
………
毛並みの良い狼が囁く。
「ソアラ様。このようなニンゲンに、……よろしいのですか?」
「止むを得ません。それに毒の被害も見過ごせません」
巨大ゴーレムの周囲は茨で覆われているが、そこだけは森の木々が避けているかの様な丸い広場を形成している。その地形で日当たりも良いのに下草の茂みも無くて不自然な植生だ。…毒性があると言う話も嘘とは思えない。
◆◇◇◆◇
北部のバクタノルドは放牧と狩猟が主な産業であり、定住して農業を行う者は少ない。それでも寒冷で痩せた土地を耕し作物を得る豪族の農園は存在した。バクタノルドには農業用のゴーレムは無くて、専ら豪族の農園では獣人の奴隷を労働力として使役していた。
猫顔の獣人ミーナは王都の情報屋で獣人の奴隷が働くという豪族の農園の話を聞いた。また、バクタノルドの軍を騒がせた飛行する魔物の噂は届いていなかった。馬上王と言われるバクタノルドの王族が軍に箝口令を敷いたのだろう。
マキトと合流する前に豪族の農園とやらを偵察に行く時間はありそうだ。ミーナは個人的に気になる情報を精査した。
「農園までは、そう遠くないニャ」
ひとり語ちてミーナは調査を決意した。
………
猫顔の獣人ミーナがバクタノルドの郊外を見下ろす丘から農園の様子を観察していると、背後を取られた!
「そこの獣人! 顔を見せなさいッ」
「きゃっ、キャロル姉ちゃん……」
そこには、ミーナが見知った猫顔が立っていた。以前は共にユミルフの領主の屋敷に務めていたが、キャロル姉は故郷へ帰ったハズ……。
ミーナはキャロル姉が投げて寄こした水筒から水を飲む。夏の暑さに水分補給は重要だ。ごくっごくっ。気付かぬうちに脱水していたらしい。乾いた喉に真水が沁みた。
「今は畑で、働いているのよ」
「うーむ。酷い扱いとは、見えないニャ」
キャロル姉の姿を観察すると奴隷の首輪をして農奴の働きに薄汚れても、貧困の様子とは見えない。
「真夏に畑仕事は大変だけど、今の領主様は良くしてくれるわ」
「ニャ…」
意外にもミーナはキャロル姉の話を聞いた。
◆◇◇◆◇
帝国の軍人がゲフルノルドのゴーレムを扱う工房を訪れた。工房では農業用の他にも単純労働をする人型のゴーレムが整備されている。
「この魔晶石に魔力を充填して起動します」
「ほほう」
ゴーレムの動力は魔力の多寡に依存するらしい。
「命令はこの古代語の一覧表から選択します」
「うーむ」
背中の粘土板に記された命令語に触れると単純な動作を始めた。
「あと修理などは、こちらで行います」
「なるほど、貴族の邸宅のゴーレムの整備は、どうしておるか?」
ゴーレムの体の部品は石や土で作られて、金属部品は手足の補強の一部に使われている。
「あっしらに修理は無理ですね。仕組みが違い過ぎます」
「と言うと?」
「お貴族様のゴーレムは乗り手が操縦する物に、仕組みも複雑で……材料も高価ですしぃ」
「ふむ……」
ランタネン男爵領の鉄錆びたゴーレムや以前の査察では青銅のゴーレム等も見たが、整備不良に自重で身動きも出来ない有様だった。確かにゲフルノルドの王宮には乗り込み型のゴーレムもあるが、金箔を張り付けて磨き上げた骨董品の様な代物だ。とても跳んだり暴れたりも出来はしない。
伝説のゴーレムは影も形も無かった。
◆◇◇◆◇
僕は茨森に放置された巨大ゴーレムの操縦席から全身と手足の先まで調べたが起動方法は判明しなかった。ゴーレムは巨体の影響か背中の半分までも土に埋まり、もし背中に起動の鍵があれば掘り起こす労力が必要だ。
いつの間にか、僕は調査に疲れて操縦席で眠ってしまった。
………
「…これ、適合者…目を覚ませ…我を…解放するのだ…」
はっ、夢から覚めても気だるく最悪の気分だ。さらに見知らぬ声が頭に響く様に頭痛がする。
「いててっ最悪の目覚めだッ」
座席も金属質でお尻に良くない。クッションに革張りの椅子に代えたい物だ。
「なんだ、これは?……」
淡く見慣れた光りは魔道具屋には馴染みの魔力を充填する魔晶石だろう。しかし座席の下が全て魔晶石とは馬鹿かッ。…この魔晶石に魔力を吸われたらしい。
酷い頭痛はこいつ、魔力不足のせいか。…て、操縦者を魔力タンクとして利用する設計思想と見える。
「しかも、最悪だッ」
僕は操縦席の床を蹴り飛ばした。
途端に巨大ゴーレムの背面から土砂が舞い上がる。
「こいつ、飛ぶのか!?」
「…適合者…操縦桿を握れ…」
巨大ゴーレムは水平方向へすっ飛んだ。
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