ep134 討伐の後始末
ep134 討伐の後始末
僕は猫顔の獣人ミーナの報告を受けた。平原に布陣して掃討作戦も三日目の朝だ。この時期は農民も手を休めて町や村の収穫祭に参加している。特に食品蔵に在庫を抱えた商人にとっては重要な祭りである。古い在庫の麦と麦酒の樽を空にして新しい酒を仕込むのだ。またそれは保存用の燻製と腸詰肉を抱えた肉屋も魚屋も同じく裏事情を持っている。
そんな事情も知らない自由業の冒険者も、あぁ祭が恋しいと思う頃に密偵のミーナが現れた。古都アルノルドの城下町で情報収集をしていたハズだが、その恰好は胸と腰にポロ布を巻いた姿だ。…どうも過酷な情報収集だったらしい。
「村長、大変だ。姫様が屍鬼に襲われるにゃあ」
「屍鬼だとッ!」
厄介な魔物を思い出した。
「それじゃ、暴れ姫にも知らせて注意する」
「おおう」
僕らは十分に警戒していた。
………
包囲戦の最中に、本陣の左翼で騒ぎがあった。
「…屍鬼だッ!」
冒険者の叫びを聞き僕らは勇んで屍鬼を討伐した。治療師のナデアのお蔭で屍鬼の猛毒に被害も無かったが、
「本陣が騒がしいゾ……」
「ッ!」
見ると本陣から土煙があがった。あれは暴れ姫サリアニアの斬撃だろう。本人が戦う状況とは非常に危険だ。僕らは本陣へ駆けつけた。
………
護衛騎士ジルの悲痛な叫びがする。
「衛生兵! 治療師っ早く! 姫様が……」
「見せて…【診察】」
治療には初期診断が重要だ。流石の暴れ姫も顔色が悪い。
「すぐに…【解毒】と【治療】!」
「うっく」
痛みに耐えていたサリアニア姫が呻いて震える。屍鬼の猛毒は感染毒と言われ感染者は毒に侵されて狂い魔物となる。
「駄目だわ。毒が廻り始めている!」
「くっ…」
毒を断つには完全な解毒を行うか、患部を切り離すか。サリアニア姫の左腕の傷は深く止血をしても青黒く変色していた。
「【解毒】【治療】…」
治療も虚しく効果が見えない。前線へ治療師を配置していた事が禍してか、専属の戦闘メイドも前線へ送り出した事が悔やまれる。
「姫っ! 御覚悟ッ」
「待って」
自分が盾となるべき悔恨と、既に手遅れかと護衛騎士ジルが主君の左腕の切除を申し出るが、僕は割って入った。
もっと早く本陣へ駆け付けていれば、助けられたと思うのは傲慢か。僕は古い巻物を使用した。
「魔力を充填しぃの…【正道】」
「なっ、聖魔法!?」
巻物に充填した魔力が発現してサリアニア姫の傷を癒す。
「あぁ、お嬢様。お許し下さいませ……」
「ひっ姫様ぁぁあ……」
聖魔法は治療魔法とは異なり、元の肉体状態を取り戻す。サリアニア姫は奇跡的に回復した。
………
アルノルドの城に獣の肉が届けられた。それは夜間に運び込まれるらしく無造作に中庭へ積まれている。数か月ごとの送り主は明確でグリフォンの英雄だと判明している。昨夜の当直の衛視からも飛来したグリフォンの姿が目撃されて報告があった。
この城の当主ゲオルク・シュペルタン・アルノルド侯爵はグリフォンの英雄からの無言の圧力……いや、貢物の意図について考察していた。古来から敵に肉を送るのは戦意高揚のためか、友誼を結ぶためか。いや、今は同じく皇帝陛下にお仕えする身分……こちらの計画が露見したとは思えない。
後ろ暗い陰謀を企む者は疑心暗鬼に陥りやすい、その心理の陥穽を狙った心理戦ではあるまいか。既にグリフォンの英雄クロホメロス卿が城下へ到着したとの情報を得ている。用件があれば先方から接触があるハズだ。ここは様子見に徹する事が穏当だろうか。…臣下の前では果断な君主でありたいものだ。
「ぶつぶつ…」
侯爵が独りごちていると秘書官の報告があった。
「侯爵閣下、サリアニア様が負傷されたとの報告です」
「なにッ」
「一命は取り留めたご様子ですが、治療に聖魔法が使われたとか」
「む、それは……」
思い当たるフシがある。
「あの、光神教会の爺ぃは生きておるか?」
「はい。元司祭は監獄島に収監されております」
「すぐに手配しろッ」
「はっ!」
どうやら光魔法の使い手である神父様はご存命の様子だ。
………
僕はサリアニア姫の見舞いに本陣を訪れた。姫は負傷にも関わらず掃討戦の指揮を続けて作戦を収束しつつあった。腐肉喰を完全に駆逐するのは時間の問題と思う。実際にこの時期を逃すと冬までは大規模な作戦は行えないから、サリアニア姫の頑張りは見事な物だ。
「貴重な道具を使わせてしまい、申し訳ない。いずれも感謝している」
「ええ、貸しにして、置きますよ」
討伐戦に参加して協力した上に聖魔法の巻物で治療した事を言っているのだが、貴重な聖魔法の巻物の存在は明らかにしたくない。今回は、サリアニア姫の個人への貸しに留めて欲しい所だ。
「詳細は聞くまいと思うが……どこで巻物を手に入れたのか?」
「僕の魔法の師匠から預かった物ですよ」
「うむ、その師匠とやらは?」
「あいにく、行方不明なのです」
実際の師匠、クリストファ神父は帝国に捕らわれて消息も知れない。
「…それは、すまない…」
「いえ」
僕らは掃討戦を終えた。
………
馬車を西へ走らせる。祝勝会を辞退して、サリアニア姫からは討伐報酬の他にも特別に報奨金を頂いたが、貰いすぎの気がする。サリアニア姫の負傷も完全回復ではなくて左腕に傷跡が残った。貴族の娘としては汚点となるだろう。
そんな他人の心配をよそにして、オー教授の足取りはここから西の工房都市ミナンで遺跡への案内人を雇ったらしい。僕らは救援隊としての本来の任務を思い出して西へ向かった。
途中の宿場町ウエェイは氷結海の港町にして迷宮があり冒険者ギルドも設置されている。僕らは冒険者ギルドを訪れてオー教授の発見に報奨金を提示した。付近の冒険者から発見の情報を買うためだ。
「おうぉぅ、この神聖銀のカードが目に入らぬか!?」
「はっはーぁ…」
どこぞの貴族のバカ様が御大尽な遊びに興じている。ウエェイの迷宮での遭難が懸念されるが、ギルドの職員は注意する者もいない。
僕は足早に港の市場へ向かった。食糧として魚の補給もあるが、海獣マオヌウの素材を手に入れたい。海獣マオヌウは鯨に似た海の魔物だが、トルメリア王国では保護動物で狩猟が禁止されている。
「村長ぉ~、大漁のお魚ですニャ!」
「おおぉ…」
猫顔の獣人ミーナは初めて見る氷結海の魚介に興奮している。夏の氷結海に流氷は見えず、軍監と見える大型船が停泊していた。剣士のマーロイはマオヌウの皮で作られた防水の鎧に関心しているが、僕は目的の素材を入手した。
「マオヌウの皮を何に、お使いですかの?」
「装備を作成しようかと」
僕は飛竜対策を考案した。
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