ep132 腐肉喰(グール)掃討作戦
ep132 腐肉喰掃討作戦
帝都の腐肉喰掃討作戦は市民の避難勧告から始まった。
「市民の皆さんは、外出を控えて下さい!……繰り返します…」
帝都の行政官と見える職員が戸外を廻り警告を発する。この日は市内全域に腐肉喰の出没が予想されるので、市民は門戸を固く閉ざし屋内へ避難している。
市内の要所には帝都の防衛隊や憲兵隊の他にも、冒険者ギルドや狩猟局から清掃局の職員まで緊急の戦力配備となった。市内に溢れる害獣と腐肉喰を討伐するためだ。
「第一陣、水門を開けッ!」
「おう!」
満水の水量を抱えた貯水池の内門が開かれた。普段に倍する水圧で地下水道へと流れ込む。
この水圧を維持する様に、第二陣の以降も圧力をかけ続ける予定だ。
………
どどどど、市内の地下から洪水の地響きが聞こえる。
「きゃッ!」
街路の下水溝の蓋を押して腐肉喰が現われた。続いて鼠と見える害獣が溢れだす。
「腐肉喰を捕える水草じゃ!」
「!」
ちみっ子教授が増水した路地に植物の種を投げ込むと水草が伸び出して、腐肉喰に絡み付く。手足を拘束して援軍の到着を待つらしい。
「待たせたなッ」
旅の傭兵が刀を振るう!…すぽん、と愉快な音を残して首が飛んだ。
「勇者らよ、仕事だニャ◇」
「ミギャーオッ!」
しゃべる黒猫のモーリシャスに率いられた猫たちが、鼠を狩った。これも猫たちに取っては娯楽に過ぎない。
こうして市内の害獣は数を減らした。
………
そこは帝都の地下水道が流れ着く最終地点。帝都の地下を流れた汚水は再びナダル河の支流となって海へ流れ込む。その出口付近には冒険者や傭兵団などの汚れ役の部隊が配置されていた。狩猟局と清掃局の配置もここだろう。
ごぷごぷ、ごごごご。汚水の臭気が濃くなると思えたが本物の汚水が溢れ出した。
「ぎゃー、獲物が来たぞぃ!」
「オレの所へ!」
「分捕れ!」
野太い悲鳴は恐怖の故か、歓喜の由か。長槍を構えて河原に横隊を組んだ男たちが歓声を発する。汚水に流された腐肉喰と他の害獣をも長槍で串刺しとして行く。帝都の大虐殺は長く続いた。
次第に水量が衰えて、目ぼしい獲物も尽きると掃討作戦は終わった。
無事に帝都の清掃を完遂したらしい。
汚水の中に歓声は無かった。
◆◇◇◆◇
僕らは慰労も兼ねて酒場に集まった。奥さんのナデアの水魔法で徹底的に洗浄された剣士のマーロイはドヤ顔で宣言する。
「今日は、俺様の奢りだ。じゃんじゃん飲んでくれ!」
「よっ、大将ぉ!……」
「「「 乾杯! 」」」
討伐作戦では冒険者マーロイは最終地点で多くの戦果を上げた。特に腐肉喰を討伐するとマーロイの獲物では無くとも、付近で討伐された影響か護符に仕込まれた黒い魔石が急成長した。討伐作戦の後に護符の黒い魔石を売却すると、金貨七枚の値が付いた!…実に十倍の儲けだ。
これには奥さんのナデアも渋々と旦那の働きを認めざるを得ない。
マーロイのドヤ顔も今日は福の神に見えた。
………
僕らは皇帝の勅命を解決して帝都を後にした。行方不明となったオー教授の手ががりは西の古都アルノルドにあるらしい。街道は整備されて馬車も快適に進むと、帝都の西は平原で牧草地と畑が見渡せる。
「アルノルドの市街で情報屋を見付けるのじゃ」
「情報屋ですか……」
いかにも胡散臭い職業と思えるが、町の探偵業の者か。オー教授の目的地は西の飛竜山地にある遺跡だと思うが無事に辿り着けたのか足取を確認したい。その情報があれば発見の可能性も上がるだろうが、既にひと月近い時間が経過している。
「村長! だれか戦っているニャ」
「!…」
猫顔の獣人ミーナが発見したのは、風魔法と見える突風と土煙だ。農地の中で距離もあるが、かなりの威力の魔法と見える。家畜や作物への影響も危ぶまれる。
「ふむ。この匂いは腐肉喰と戦っていやがる」
「あんた。適当な事を言わないでッ」
剣士マーロイが獣人の真似をして鼻に皺を寄せる。…誰の物真似か…奥さんのナデアが指摘するのは夫婦漫才だろう。それでも馬車を進めると戦闘の模様が見えた。
「お嬢様、流石の腕前にございます」
「ふふん」
「私ども、感服いたしました」
「おほほ…」
お嬢様と呼ばれる少女が細腕に大剣を振るい腐肉喰を真っ二つにしていた。大剣の斬撃は地面をも抉り土煙を上げた。視界の範囲に動く物は居ない。全ての魔物を討伐したらしい。マーロイが密かに所持していた護符が反応した。腐肉喰の魔石を吸収したらしい。
「すまない。横取りする意図は無かった。許されよ」
「苦るしゅう無いぞ。冒険者よ…」
僕は先制して詫びを入れたが、お嬢様は鷹揚に頷いた。そして、お付きの女が言う。
「お嬢様は、端下も無い魔石など、興味は御座いません」
「…」
護衛は女騎士とメイドと見えるが、近頃のメイドは戦闘も得意らしい。
僕らは土煙の匂いを嗅いだ。
◆◇◇◆◇
皇帝の居室はいくつもあるが、そこは日当たりの良い寝室と見えた。観葉植物に囲まれた寝台では皇帝陛下が裸身の背中を見せて日光浴をしている。
お付きの従者は美形の男でしなやかな指先を使い皇帝の背中へ香油を塗り込む。あたりに柑橘類に似た香りが立ち込めた。
「うぅ…そこ、もっと刺激してくれ……」
「こうですか?」
皇帝の指示に男は歌う様な美声で応える。
「あぁ…良いぞ、乗々の手業である……」
「恐れ入ります」
政務の疲れも癒されて天にも昇る心地よさだ。
「それにしても、グリフォンの英雄め、やりおるわ」
「帝都の大掃除の件ですか」
「巨人討伐の戦功は氷の魔女と妖精族の助力があればこそ……うぅく…」
白い指先は皇帝の敏感な所を捕えた様だ。
「イルムドフの革命騒ぎも、ティレル家の娘の功績だろうに……ふっ」
絶え間ない刺激が皇帝の疲労を高みへ昇華する。
「はぁ、勅命も難なく解決するとは、侮れぬ……くはっ」
「良い手駒となるでしょう」
皇帝の嬌声は観葉植物だけが知っている。
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