ep130 氷山の一角
ep130 氷山の一角
僕らは緊急事態に巻き込まれた。氷山と見えた巨人型スライムの素材が溶解と崩落し、大小のスライムに分裂して帝国軍の仮設陣地を津波の様にスライムが襲う。
「ぎぁ、ぁぁぁああ!」
「スライムがッ……」
「助けてぇ~」
逃げ遅れた兵士を見捨てて高台へ避難した。完全に凍結していなかった巨人型スライムの中心部は分裂を繰り返して氷の外殻を突き破ったらしい。外殻をそのままに、落とし穴から溢れてブヨブヨと漏れ出している。
「マキト。これをスライムへ植えるのじゃ」
「これは?」
ちみっこ教授が手渡すのは、森の妖精が使う樹魔法の種子らしい。
-PAS! PAS! PAS-
僕は新たに作成した魔道具、蒸気圧銃の弾丸へ森の妖精の種子を仕込み、眼下に蠢くスライムへ撃ち込む。すると何かの植物が芽を出して成長を始めた。
「ピヨ子、頼む!」
-ピヨッピヨ!(分かった)-
森の妖精の種子を半分はピヨ子に預ける。
◇ (あたしは、ご主人様から種を受け取り上空へ舞い上がった。多数のスライムを相手にする為、高空から狙い撃ちするわよ)
上空でピヨ子が光った。何かの技を使ったらしい。
◇ (神鳥魔法【神鳥の羽毛】! あたしは、抜け羽を武器として剃刀の様に飛ばし遠距離攻撃した。おまけに種を付けるのも忘れない)
高空から眺めると芽吹いた植物はスライムに運ばれて移動する森に見える。
◇ (ふう。ひと仕事を終えた気分だわ)
森の妖精の種子はとても役に立った。小型のスライムは灌木の茂みに変った。中型のスライムは林になるだろう。大型のスライムも時期に大木に飲まれて消失すると思われる。人族の町には被害が及ばない事に期待しよう。
第二のスライム暴走事件は終わった。
◆◇◇◆◇
僕らは不自然に灌木の生えた街道を進み帝国領へ入った。かつては国境の城塞だったろうカンパルネの関所は解放されて町が見える。カンパルネの町は帝都と辺境を結ぶ街道の中間点にあり、周辺は開拓されて穀倉地域が広がる。
その穀倉地帯に不自然な大木が残されていた。どうやら大型スライムの暴走もここで阻止された様子だ。
「すみません。貴重な種を使わせて」
「いや、問題ない。護身用の種は各種とり揃えておるぞ。ふふん…」
ちみっ子教授がどや顔で言うのを聞き流すと関所を通過した。こんなに簡単な入国審査で良いのだろうか。
「クロホメロス卿は下級とはいえども、帝国貴族ですから地方領主の小役人では手が出せません」
「すげーな。貴族様かよ……」
ティレル女史の方が実家の爵位は上だろうに、剣士マーロイは関心しきりだ。
「あんた、お貴族様に失礼があっては、打ち首にされるわよ!」
「あははは……」
奥さんのナデアが茶化して言うのに、僕は乾いた笑いで返すのみだ。実際に領主の仕事は殆んどメルティナに任せきりなのだ。とは言え僕が貴族で領主で村長であるのも事実。
カンパルネの町は穀倉地域で小麦や野菜が豊富な様子に、今は冬小麦の収穫が始まる時期だろう。通りの屋台を見ると、薄焼きの小麦のパンにチーズと野菜を乗せて焼いた物を見付けた。
「これは、チーズですか?」
「そうさね。ここいらの名物だね」
店主の話では近隣の山岳地帯では山羊の牧畜がされてチーズの生産も盛んだと言う。僕は市場でチーズを各種と野菜を仕入れた。
「あんらた、旅の人かのぉ?」
「ええ、帝都まで……」
「近頃の帝都の方は、腐肉喰が出るから気を付けなされ」
「ありがとう」
店のおかみが忠告するのに頷いて僕は町の噂話を聞いた。冬の間に腐肉喰の被害があったようだ。
………
ここから帝都までは街道を北西へ真直ぐに進むのみだ。街道は穀倉地帯に点在する農村を抜けてナダル河の水面が見えれば帝都が近い。夕闇が迫る中で麦畑に獣を追う農夫たちの姿があった。農具を手にして収穫前の畑を囲むのは…野犬狩りか。
ガサリと小麦の穂を揺らして飛び出したのは、腐肉喰だ。腐肉喰の動きはそれほど俊敏とは見えないが、鋭い爪と牙には毒があり農具で対抗するものの苦戦している。
「加勢するッ」
「はい!」
剣士のマーロイが飛び出すのに合わせて治療師のナデアは援護の構えだ。毒を受けても素早く治療が可能と思う。
-GAAAッ-
吠えて毒爪を振るい暴れる腐肉喰の首を一刀で、跳ね飛ばした。
「あんたら、帝都の冒険者かいぇ?」
「ええ、まぁ……」
僕は曖昧に答えた。治療師のナデアが農民の傷を確認している。小さな傷でも腐肉喰の毒には致命傷となるので、戦闘後の確認は必須と言える。
僅かなお礼にと腐肉喰から取り出した黒い魔石を農民から貰った。未だに黒い魔石の使い道は不明だ。僕らは帝都に宿泊するべく夕闇と競争して帝都へ到着した。
………
帝都では朝から情報収集となる。探索者の剣士マーロイと奥さんのナデアは帝国の冒険者登録をするためにギルドへ向かった。ちみっ子教授はオー教授の消息を求めて魔法学会を訪ねた。猫顔の獣人ミーナは単独で情報収集するらしく帝都の人混みに姿を消した。
なお、帝国の徴税官ティレル女史と僕は帰還報告のため皇帝への謁見を申請して、待たされる数日間に帝都を散策した。帝都の南側には付近を流れるナダル河を利用した水車がある。これから収穫した小麦を石臼で挽くために忙しくなるだろう。
「あの水路は、前カルノ王朝の時代のものです」
「ほほう…」
博識なティレル女史の解説で帝都の史跡を訪ねるのは贅沢な観光とデートコースだろう。歴代皇帝の銅像だとか、歴史的建造物や聖都カルノの寺院など。
街路を流れる水路は地下を通り帝都を北へ抜けると言う。
初夏の帝都における贅沢のひとつだ。
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