ep129 救援隊の派遣
ep129 救援隊の派遣
僕らは幌馬車に乗りトルメリアから北へ向かった。
オー教授が帝国領の遺跡調査に出掛けたまま行方不明との知らせを受けて救援隊を組織したのは、ちみっこ教授を出資者とする一団だ。僕はトルメ
リアの探索ギルドの依頼を受けて救援隊に参加している。
しかし、トルメリア王国から北へ向かう航路は未だ海上封鎖されており危険が大きい。そのためトルメリアから北へ向かうには荒野を抜けて霧の国
イルムドフを縦断する事になった。僕は道中の道案内も任されて幌馬車を駆った。
この幌馬車は荒野から湖沼地帯を抜けるために改造されて湿地を進むのも快適だ。季節は雨季も終わり初夏の日差しだが、道中の景色は増水して地
形も変化した沼地が続く。
「主様、お任せクダサイ♪」
「頼むよ。リドナス」
河トロルのリドナスを先導に湖沼地帯を抜けると、増水して川幅の広がった大河に行きあたる。魔境と呼ばれる未開地の名も無き大河だ。そこは河
トロルの生活圏でかつては宿場を設営していたが、見る影もなく泥水に沈んでいる。
「あれは、……船か?」
「はい。河の渡しをお願いしています」
探索者ギルドから派遣された男は腕利きだと言うが、河トロルの筏を見て不安な面持ちだ。男は僕とも顔馴染みである剣士マーロイである。
「ほほう、河トロルの筏に乗るのも久しいのぉ」
「チリコ教授。顔を出すと危ないですよ!」
護衛と見える女が、子供の容姿のちみっこ教授を捕まえて注意する。護衛の女はナデアさんと言う…剣士マーロイの奥さんだ。子供を産んだ女性は
美しくなると言うが、ついその巨乳に目が行く。
「ほんとに良いのですか?」
「爺ぃさん一人を見付けて連れて帰るなどぁ、簡単な仕事さッ!」
僕が気にするのは二人の子供の事だが、ナデアさんの代わりに剣士マーロイが応えた。
「ハルは姉さんに預けたし、良い子で待ってるわ」
「俺の娘だぜッ。間違いはねーよ」
冒険者の夫婦は気も大きいと見える。子供は二歳ぐらいか…。
そう言う内に幌馬車は河トロルの筏へ連結された。馬車は河川を想定して水に浮かぶ造りをしている。馬にも浮体を取り付けて河トロルの先導に河
を進むと、難なく渡河に成功した。
程なくして開拓地に辿り着いた。
………
折しも間が悪い事に開拓地の屋敷は改装中であり、僕らは開拓地に新しく開業したという宿屋に宿泊した。開拓地の北側から東へと伸びた用水路の
工事も順調で、水利の良い宿屋に泊まる者も多い。すでに開拓地には村と呼べる規模の住民が移住していた。
裏通りの酒場は開拓地の衛兵や荒事向きの男たちには好評で、ささやかな娼館も営業している。村の仕事が増えて人手の斡旋業務を行う様になると
村の役場の中に冒険者ギルドの出張窓口が設けられた。派遣された職員はミラという若い女性だった。
ミラは蜥蜴系の獣人だと言うが見た目では人族とあまり違いは無い。表からは見えない背中には高質の鱗が隠されているのかも知れない。幸運な事
態でもあれば確認できるだろうか。…そんな妄想をしつつ僕は料理をする。
手土産に河トロルから受け取った獲物はナマズの様な容姿で、ぬめり皮を剥ぐと脂が乗った白身は旨そうだ。蒸してから甘味を加えた醤油だれで焼
くと蒲焼風の味付けにした。
「おぉ、なんだこれは……マキト腕を上げたなっ!」
「醤油ダレが、美味しいですぅ~」
剣士マーロイに褒められた、ナマズの蒲焼は好評だった。鬼人の少女ギンナは醤油ダレに溺れている。
「きゃ! 可愛い、この子は鬼族かしら?」
「美味しゅう ゴザイマス♪」
奥様のナデアは子供好きらしく、ちみっ子教授の飲酒も黙認している。あぁ駄目な大人が出来上がっている。
「むふふふ、マキト村長も一杯どうじゃ」
「あたいの作った酒です。味見して下さい」
魔女っ娘ビビが用意した濁り酒は、芋焼酎か…独特の癖と酒精の強さがあった。
「クロホメロス様ぁ!」
「ギギギッ」
新たに派遣された冒険者ギルドの職員ミラさんの歓迎会も兼ねているが、女子が増えた様子に氷の魔女メルティナの機嫌が悪い。
「メルティナにもお土産があるから、許しておくれよ」
「そんな事では、誤魔化されないっんだから!」
南国の珊瑚で装飾された小箱をそっとメルティナお嬢様へ渡す。
「マキト! 大人になったものだぁ~」
「あうぅ、それは……」
剣士マーロイが速攻で絡んで来たが、僕は酔いも廻りしどろもどろだ。
開拓地の宴会には気が置けない。
………
翌朝には開拓地を出立して霧の国イルムドフへ向かう。
イルムドフの都市から東部と北部は魔物の領域に飲まれて再び人の手で開拓が行われている。実際の開拓地は土地を耕し農地を拡大することも勿論
の事として、生存競争の為には魔物との戦いも多い。ここイルムドフ北東部では魔芋の森に魔猪や恐竜もどきが徘徊している。その中で
もイルムドフ特有の深い霧に潜む魔物は姿なき襲撃者として恐れられていた。
カイエン号がブルブルと馬体を揺するのは武者振るいだろうか。僕ら救援隊が魔物の領域を突破してアアルルノルド帝国へ向かうと知った帝国の徴
税官ティレルさんが旅に同行している。今も軽装の騎士装備で馬上のひとだ。
僕が太陽高度を観測していると霧が出て来た。太陽高度は南天を通過して夕刻が近づいている。
「霧が深くなります。注意して下さい!」
「はい。……」
帝国の徴税官ティレルはユミルフの町の代官としての役目も終えて帰国すると言う。道中の地理に詳しいティレル女史の同行は嬉しい誤算だ。
「村長。偵察に出ますニャ◇」
「あぁ頼むよ。ミーナ」
僕はタルタドフの開拓村に学校を開いた。河トロルの子供たちに人族の言葉と習慣を教えるためリドナスには先生を依頼している。実際に人族の学
院で学んだリドナスは適任だろう。
開拓村で助っ人を頼もうと思ったが、鬼人の少女ギンナが騎獣とする魔獣ガルムの仔コロが同行すると馬車の馬たちが怯えて統制が取れない。ギン
ナには別の仕事を依頼してある。
氷の魔女メルティナは開拓村の仕事を手放しに出来ず、その従者ロペルトも多忙な様子だ。領地経営に詳しい人材の登用が必要だろう。それで旅の
監視か身辺警護に猫顔の獣人ミーナが僕に付けられた。ミーナはメルティナの部下であり販売所を担当していたハズだ。…他にも獣人の職員を雇用
しているから問題は無かろう。
猫顔の獣人ミーナはその身体能力を生かし気配を消して霧の中を先行した。…何か居るニャ?
霧に潜む魔物の姿なき襲撃者に対しては、全員で防御陣地を敷き明け方まで警戒に務めるのが良い対処だと言われている。集団から外れた者は格好
の得物と見做される。
「にゃっ!」
ミーナの反応に革鎧が削られて爪痕を残した。
「これは、まずいニャ…」
…予想外に危険な魔物だ。猫顔の獣人ミーナは形振り構わずに逃げ出した。
「出た、ニャーぁぁぁ!」
「ミーナ! こっちだッ」
僕は逃げ帰った猫顔の獣人ミーナを防御陣地へ誘導した。彼女の偵察と時間稼ぎのお蔭で防御の体勢を整えた。背後は馬車を盾にして前面と左右を
守る。以前の経験から推測すると霧に潜む襲撃者が防御陣地を突破する方法は無いと思う。慎重で臆病な性質だからこそ霧の中を好んで狩りをする
のだ。
こうして警戒しつつ夜を明かした。
………
開拓地で乗り継いだ馬車は魔芋の密林を進むため軽装の特別仕様だ。余計な浮体も無くて軽量に特化している。順調に密林を突破して帝国へ向かう
北西街道へ乗った。
僕が日課となった太陽高度の観測をしていると、ちみっ子教授が馬車の窓から異様な小山を見付けて尋ねた。
「あれは、なんじゃ?」
「あぁ、苔の巨人の……残骸ですかねぇ」
それは僕らが罠で仕留めた通称…苔の巨人だ。小山と見えた表面の苔は既に削られて、溶けかかった氷山とも見える。
「待てッ! 馬車を停めよ!」
「どうどう……」
帝国軍の検問で誰何された。愛馬カイエン号に騎乗した帝国の徴税官ティレルが応じる。
「エルスべリア・ティレルである。任務により帝都へ帰還する」
「これは、徴税官殿。お役目ご苦労様です」
ティレル女史は眼鏡を押さえて毅然と言う。
「して、あの物体は何ですか?」
「ハッ! 未だ、解体中の魔物であります……」
兵士の話では苔の巨人を氷漬けにした後に本体を少しづつ削り素材として解体しているそうだ。巨人の体表と見えた苔を剥くと中身はスライムの体
構造だった。純粋なスライムの体液は錬金術の素材として高く売れると言うが、これはどうか。氷漬けにした影響で素材の選別も安心して行えるの
だろう。しかし、季節は初夏の日差しを浴びて氷山も溶けると言うものだ。
ティレル女史は帝国軍の仮設した陣地に宿泊すると言うが、ここまで宿場町も無くて野宿生活だった僕らにも有難い申し出だった。
僕らは軍の仮設陣地に逗留した。
………
-goGOgoGOgo-
深夜に地響きがあった。
「くわっ!」
「!…」
「何事かッ……」
起き出して見ると帝国軍の仮設陣地は騒然としていた。
氷山が崩れたらしい。
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