ep127 南海航路
ep127 南海航路
僕らは船の甲板に出て大海原を眺めた。魔法競技会の後の休暇を利用して船旅に出掛けたのだ。船は港町トルメリアを出て南へと進む。近隣の港を結ぶ定期船は海岸沿いに航海するもので、それほど陸地から離れる事は無いが、北へ向かう船舶は戦乱の影響か航路が途絶えている。そのため商船は南海のプラティバ皇国との交易に活路を見出したのだ。
南へ向かう船は目印も無い大海原を進む。船の上部甲板では航海士と見える船員が太陽と月を観測して船の進路と方位を確認している。観測数値を分厚い冊子と比較して航路を導く様子だ。僕は物珍しく船員に尋ねたが、詳しくは話を聞けなかった。…あの冊子が航海士の秘匿する航路情報だろうか。航海技術は南海のプラティバ皇国が独占していた。この船もプラティバ皇国へ向かっている。
旅の仲間は河トロルのリドナスと砲術部の女子たちが同行していた。彩色のオレイニアは部長として引率をしている。修行僧のカントルフは魔法競技会の活躍が認められて水の神殿の僧兵になるらしく修行へ出かけた。建築家のティグノと偽子爵のエルハルドは実家の都合で旅行には不参加だ。森の妖精ポポロは海が苦手との話で学園に残った。
下部デッキでは砲術部が腕前を披露していた。
「砲撃、三連射。始めッ!」
「はいっ…【砲撃】」
「いくわよ!…【砲撃】」
「行っけぇぇ!…【砲撃】」
-BOMF BOMF BOMF-
三連続の砲弾が海面に着弾すると、海獣マオヌウが背を見せて潮を噴き上げた。マオヌウが砲弾の着水地点を追いかけるのは、餌を梱包した特別な砲弾の為だ。
「おぉ、見事な物だな…」
「きゃふ!」
見物する乗客たちの歓声が甲板に響く。どうやら砲術部の腕前も中々の様子だ。魔法が全盛の世の中では砲術の評価は低く現在も【砲撃】には魔法を使用する。それでも砲術の腕を見せるのは意味があるのだろう。
………
甲板では砲術の披露で濡れた衣服を薄着に着替えた砲術部の女子が燥いでいる。僕は慰労のため冷えた果実水を彩色のオレイニアに差し出した。
「ありがとう……」
「皆さん、楽しそうで良かったですね」
引率の気苦労かオレイニアの歯切れが悪い。この旅の費用の多くはオレイニアが自らの報奨金を充てたそうだ。
「ええ、今年が最後になりそう、だから……」
「全員の船賃は、随分な金額でしょう」
魔法競技会の活躍は僕らの進路に多くの選択枝を与えた。オレイニアは王立魔法学院の士官コースに推薦されている。砲術部の活動も後輩へ引き継ぐ時期だろうか。
「そうでも、ないわ。船荷に比べたら乗客の船賃は、船長の小遣い稼ぎなのよ」
「へぇ~」
意外とオレイニアは外洋船に詳しいそうだ。外洋船は構造上の制約で重い積荷は船底に配置するのが良い。しかし船底を満載にしては船の浮力の限界を超えてしまう。甲板上部の構造物を加味しても喫水線には余裕を持たせるべきだ。そのため余剰の空間には船員室と客室を設けて積荷以外の現金収入を得るという話だ。
水平線を眺めると沖合に出た影響か海鳥の姿も少なくなった。航海士の話では西は海獣の生息海域として知られ、東は未帰還の海域として恐れられている。また南の海域には大渦と呼ばれる危険な暗礁海域があると言う。物陰から二人の様子を覗く影があった。
「…部長とマキトさんは付き合ってるのかしら…」
「あぁ、お姉さまっ……」
「…ギギキッ…」
そんな危険な航海も数日のうちにキシェテジの港へ到着した。
船の航海士の技量に感謝したい。
………
キシェテジの港はプラティバ皇国の東の港町だ。湾口には所狭しと外洋船が停泊し積荷の揚げ降ろしをしている。港に集まるのは商船で近海の漁船は離れた浜に上がるらしい。僕らは港へ上陸した。
僕はアルトレイ商会の伝手で積み荷を預けて商談を行った。今では旅のついでが商売なのか、商売のついでが観光なのか区別も無い。商談を終えた僕はリドナスを連れて、新鮮な魚介を目的に市場へ向かう。市場では南国らしく色鮮やかな魚体と色とりどりの果実が多い。
「おおっと、マキトよく来た!」
「こんにちは、カルロスさん…」
褐色に日焼けした黒髪の男に出会った。このさわやかイケメンは銀級の冒険者カルロスだ。オグル塚の迷宮都市から避難して以来の顔見知りだが、同じ船旅で到着したばかりのハズだ。
「俺たちの地元の魚は活きが良くて新鮮だぜッ」
「漁師もされるのですか?」
「もちろん、本業は冒険者だが、遺跡の案内も引き受けるぜぇ」
「遺跡ですか……」
「古い遺跡には稀にお宝も眠るという話さぁ」
「ハハッ。遺跡の見学も面白そうですね!」
「だろう…明日。俺たちが案内するぜッ」
「よろしくお願いします」
その後は浜で磯焼きをして、砲術部の女子たちと南国の海を楽しんだ。僕が新規に作成した水鉄砲が役に立ったのは余談だろう。
◆◇◇◆◇
明けて遺跡の見学は不人気なのか女子たちは辞退した。
僕はリドナスを連れ、銀級の冒険者カルロスたち三人ともう一人は良い装備を身に付けた少年が同行した。…僕らと同じく遺跡の見学者だろうか。珍しく少年の世話を焼くカルロスの様子を見ると地元の貴族の子弟と思われる。
この辺りの気候は熱帯特有の激しい雨と熱い日差しに晒されて、草木の茂る密林を形成している。目的の遺跡はこの密林の奥にあると言う。先頭は黒髪を束ねて三つ編みにした褐色肌のお姉さんユーリコが弓を背負い山刀を手に警戒している。斥候を務めるのも慣れた様子だ。その次には筋肉質の大男アントニオが大盾と手斧を持って続く。密林の灌木を破壊しながら進む様子だ。
そうして僕らは密林を進み目的地の遺跡へ到着した。
「これが、スラジの神像か?」
「はい。スタルン様、ご確認を……」
貴族の少年はスタルン様と呼ばれている。そして密林の中の苔に覆われた遺跡にはスラジの神像が祭られた祠があった。スタルン少年はスラジの神像に触れて感触を確かめる様子だ。
「さわっても…大丈夫ですか?」
「おう。ご利益があるらしいぜッ」
僕はご利益と聞いて商売の成功を祈願した。スラジの神像は太陽か光の後光を従えた様式で見るからに熱気を感じさせる。僕はスラジの神像の足元の文様に気付いた。何かの魔方陣の一部と思える。
「あっ!」
魔方陣の始点はスラジの神像だ。僕が触れると魔方陣が起動した。ゴトリと仕掛けが動く音がして神像の前に台座が現われた!
「うむ。上々なり」
スタルン少年は台座からガラス玉と見える透明の魔石を取り上げた。僕は呆気に捕らわれて見た。
これが遺跡のお宝か。それ程の値打物とは見えない。
ピヨ子が警告を発して跳んだ。
「ピッ!(あぶない)」
◇ (あたしは飛び立ち救援を呼んだ。……密林の上空を旋回して敵の数と伏兵を探す)
その時、密林を騒がせる者があった。
「スタルン様!」
「ふがッ…」
ユーリコ姉さんが警告すると、アントニオが大盾を構えて前に出た。僕らは祠を背にして盗賊と見える男たちに囲まれていた。銀級冒険者のカルロスが誰何するが、
「何者だッ!?」
「身ぐるみ置いて、降参しなッ! 命だけは残してやろう」
盗賊たちは包囲の輪を徐々に詰めた。六、七、八……観光客を狙うにしても盗賊の数が多い。盗賊の一人が脅しに火球を見せる。
「何をッ」
「ぐひひひヒィ…【火球】」
直ぐにでも飛び出しそうな様子のリドナスが僕に囁いた。
「…主様、水が来ます♪…」
「はっ?」
僕らに盗賊の脅威が迫った。
--