013 港町トルメリアへの旅
013 港町トルメリアへの旅
僕はブラアルの町の南門広場にいる。東の空から朝の日差しが目に刺さる。ギスタフ親方の話を聞いたあと旅の準備をととのえた。僕は選別場の職員宿舎を引き払うが、大した荷物は無かった。
ブラアルの町からトルメリアの町までは2日ほどの旅程だ。行き先が同じ行商人の一団と同行する事にした。南門広場にはチルダも姿をみせたが、肩をいからせてやって来る。
「トルメリアに行くだってぇ?」
「はい」
チルダは鼻を鳴らして尋ねた。不機嫌のようだ。
「ふん。いつ、帰って来るの?…」
「6日後ぐらいです」
僕がマルヒダ村へ帰るのか気懸りなのだろう。チルダは目をそらし言い淀む。
「あたしは、謹慎中で町を出られないから…」
「大丈夫! 心配無いよ」
チルダは申し訳無さそうに自らマントを外してマキトに手渡した。
「これを、持って行って!」
「…ありがたく、使います」
僕はチルダの厚意を受け取り旅立つ。
………
商人の男が僕に話しかけた。
「チルダ様とお知り合いなのですか?」
「ええ、色いろとありまして…」
愛想笑いを浮かべた商人の後方を見ると武装した数人が一団に続く。
「ご一緒できて光栄です」
「あれは、傭兵団ですか?」
僕は適当に世間話をしつつ旅を続ける。
「はい。ちょうどトルメリアに行くとかで、格安の護衛ですが…」
「なるほど」
隊列の途中に旗竿の様な物を抱えた商人がいた。
「あれは、何の商品ですかねぇ?…」
僕はその織布に包まれた旗竿が何なのか好奇心で尋ねてみた。
「彼は魔道具の商人だそうで、何か骨董物の魔道具を見つけた様子ですな」
「へぇ」
その商人の風体はまさに商家の跡取り息子の様だが、包みを抱える姿は愛用の杖を持ち歩く魔導士の雰囲気がある。
その日はブラアルの町から南に山を下り夕方には、途中の宿場としてのデハント村に着いた。ところが、デハント村の様子がおかしい。何か村中に物々しい気配がある。商人たちは宿に泊まるようだが…傭兵団の代表と見える男が村長宅へ向かった。
僕は傭兵たちと雑談しながら待っていた。
「俺たちはトルメリアに行って仕事を探すつもりだ」
「村にいても、鉱山夫か狩人にしかなれねぇ…」
「オレは金を稼いで城を建てる!」
「…」
傭兵の男たちはそれぞれが夢と希望に溢れている様子だ。しばらくして傭兵団の代表の男が戻ってきた。
「ダメだ。あいつら頭に血がのぼっていやがる……俺たちは村の外で野営だッ」
代表の男の話では、ここデハント村と西のウリモロ村との間に争いがあり、今から団交に向かうらしい。つまり、集団で相手の村に乗り込むとの事だ。
村の争いに関わるのは良くないだろうと、傭兵団としてはどちらにも力を貸せないので村の外へ出るそうだ。
川沿いに移動して野営する。僕は傭兵団について野営をする事にした。今は村に滞在する方が危険かも知れない。
この川はここから南東に流れ、いくつかの支流を合わせてトルメリアまで続くという。
野営地に傭兵団とは似つかわしくない女性がいた。
彼女は裾の長い神官服を着て藍黒の長い髪を後ろに束ねていた。神官服の女は細身の体形だが魅力的な巨乳をその神官服に押し込めている。
「あなたは、森の人ですか?」
「えっ、いえ…」
予想外の質問に驚く僕に間を与えず、神官服の女は続けた。
「それは千年霊樹の紅い実ですね」
「!…」
◇ (あたしは神官服の女と目が合った。…正体を見破られたとは思えないが…ご主人様の頭の上で小鳥のフリをする)
神官服の女は未だに、千年霊樹の杖の先端にぶら下がる半分だけの紅い実を見つめる。
「どうやら世間知らずのようだけど、これは隠した方が良いわね」
「…」
そう言って神官服の女は、何やら白い布で紅い実を包む。
「これで良いわ…気をつけなさい」
「あなたは?」
僕は呆気にとらわれていただろう。
「私は水の神官アマリエと申します。それでは失礼します」
「………」
◇ (こらッ! 僕ちゃん見蕩れてないで…早く食事にしましょう。あたしはお腹がすいたのよ!)
それで、自己紹介は終わったとばかりに神官服の女は川の方へ向かった。何かの警告だったのか…僕はひとり思考する。
とりあえず夕食にしよう。
僕は町で仕入れた肉と野菜を蒸気鍋で煮込むと、匂いに釣られた傭兵たちに囲まれてしまった。逃げ場は無い。傭兵たちに肉と野菜の煮込みを振る舞って楽しい夕食にした。
◆◇◇◆◇
明け方にデハント村の男たちは帰って来たそうだが、団交の結果は不明だった。村を出発した商人の一団と合流して街道を南東に向かう。この川沿いに下ればトルメリアだ。
◇ (あたしは知っている。夕食のあと散歩がてらに…神鳥魔法の【神鳥の視界】を発動して飛んでいると、川上の方角で騒ぎがあったのよ。隣村と揉めて暴動になったらしいわ)
「まだ、トルメリアは見えませんね」
「あと半日はかかるじゃろ」
年配の商人の男と世間話をしつつ街道を行く。街道の両側は鬱蒼と茂る森となっており、川の流れる音が聞こえる。長閑な雰囲気だ。
突然に先頭を行く商人の男が叫んだ。
「盗賊だッ! 逃げろ!」
「あわわ、魔物だ! オークだ~」
商人の男は荷物を捨て、慌てて逃げ戻ってきた…良い判断だ。荷物より命が大事だろう。出番を心得て、庸兵団の男たちが先頭に向かい駆け出して行った。
「敵を止めろ!【火球】」
「うおぉー」
庸兵団の代表の指示で武器を持った男たちが展開する。
「弾け飛べ!【水球】」
「ぶはっ」
見ると神官服の女は水魔法で庸兵団を援護している様だ。
その時、横合いの藪から粗末な武器を持ったオークが現れた。
「あわわ」
「危ない!」
腰を抜かして尻餅をついた年配の男を庇いて、僕は手にした千年霊樹の杖でオークを殴り付けた。杖では大したダメージが無いのか、オークは威嚇の咆哮をあげる。
-GOFAHAHA-
オークがにやついた気がした。
手にした武器を振り上げると、そこへ槍を突くようにして神官服の女が飛び込んで来た。
強かに脇腹を突かれたオークは痛む腹部を抑えて前屈みになった。
すかさず、神官服の女はオークの顔面に掌をつき出して、呪文を唱えた。
「わが手に集え!【脱水】」
オークは顔中の水分を一瞬に奪われ苦悶した。
体勢を崩したオークを見て、神官服の女はオークを地面に打ち倒した。何かの杖術のようだ。
「留めよ!【水球】」
喉に水球を打ちこまれて、苦悶していたオークは活動をなくした……僕は彼女を見つめて呟いた。
「杖術に水の魔法とか……」
「血が出ないから、便利なのよ」
神官服の女は澄まし顔で応じた。
◇ (あたしは豚頭と戦っていた。【神鳥の嘴突】!…短距離からの飛行突撃して豚頭の体力を削る。本物のゲーム画面なら敵の体力表示がありそうだが…そんな便利機能は無い)
庸兵団の戦闘もあらかた終わった様子だ。火の魔法の焦げ臭さが漂っていた。
戦闘終了後に庸兵団の男たちはオークを解体して食糧にすると言う。解体は慣れないので勘弁して欲しい所だが、オークの肉は美味しいそうだ。
この戦闘ので時間を取られたせいか、森を抜けた所で野営となった。オークの肉で角煮を作ったら好評だった。醤油が無いのが不満だと言っていたら、トルメリアに魚醤があると教えられた。
「ほんにのぉ」
「美味しいわ、あのオーク肉がこんなに柔らかくなるなんて」
「うまうま…」
◇ (ほんと、ご主人様の料理は美味しいわ)
神官服の女はオーク肉の角煮にご満悦の様子だ。年寄りにも好評の柔らかさ。
「神官様、先程はお助け頂き、ありがとうございます」
「私は勤めを果たしただけです。お礼を言うなら彼に…」
「もぐもぐ…」
◇ (ちょっと、そこの傭兵! 少しは遠慮なさい…)
彼女はそう言って僕を前に出した。改めて礼を言われると照れる。
「それにしても、素晴らしい水魔法ですじゃ。賊の撃退から怪我の治療まで」
「いえ」
「…」
◇ (その女は危険よ。僕ちゃんは離れなさい!)
戦闘の後も怪我人の治療で彼女は大忙しだった。せめてもの食事でねぎらってあげよう。
僕は思い切って尋ねてみた。
「戦闘中の杖術もすばらしいです。ぜひ、僕にも教えて下さい」
◇ (まぁ、なんて事かしら…神鳥魔法【神鳥の威光】!…あたしは神官服の女を睨み付けた)
残念ながら時間が無いとの事で彼女は先に食事を切り上げた。庸兵団の男たちはオーク肉の串焼きを頬張り盛り上がっている。楽しそうだな。
ひとしきり角煮を振る舞って今日も酷使した蒸気鍋を洗う。蒸気鍋は商人たちに評判のようだ。薄闇の川面で鍋を洗っていると上流で水音がした。気になる……気配をころして葦よしの間から覗くと、
「!…」
そこには沐浴をする女がいた。薄闇の川面を透かしても分かる薄布を身にまとい。長い藍黒の髪をすすいでいた。
「誰かッ! まとい付け【水幕】」
彼女が跳ねた水飛沫が僕の顔面にまとわり付き視界を奪う。
「ごぶっ…」
「庸兵団の者ならば、私の腕前を知って近づきようも無いのだけど…まさか、小僧さんとは思いもしなかったわ」
「ぶくぶく….。o○」
「あらあら、やりすぎてしまったようね…ごめんなさい…」
僕は川で溺れた。
◇ (やはり、その女は危険のようね……僕ちゃんに睨みを効かせるべきだったかしら)
◆◇◇◆◇
翌朝、なぜか庸兵団のテントで目覚めた僕は、まわりの生暖かい視線にさらされる。神官様の沐浴を覗き見するとは、命知らずというか、罰当たりというか、そんな空気だ。
僕は視線に気づかぬふりをして出発した。
いつしか、川はいくつかの支流を束ねて大河となっていた。ユートリネ河と言うそうだ。
ユートリネ河に沿って街道を進むと、遠くにトルメリアの城が見えてきた。
次第に近づくと、トルメリアの城はユートリネ河の支流を利用した立派な掘割があり攻め込むのは難しそうだ。
「あれがトルメリアの町だな」
トルメリアの町は城下町というより港町に近い。ユートリネ河はトルメリア湾に注ぎ、湾は入り込んで良港となっている。
町を望む高台から港を行き交う大小の船が見えた。港町トルメリアは都市と言って良いほどの規模を誇っていた。
まだ日も高い、僕は商人の一団と分かれギスタフ親方に紹介された魔道具の店を探す。港町トルメリアの商店では、近海で獲れた魚介類や水棲の魔物の素材が売られている様子だ。
僕は港にほど近い倉庫街の一角に魔道具の店を見つけた。
「本当にここか?」
倉庫の看板を見上げて呟いた。
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