ep118 浅すぎる墓穴
ep118 浅すぎる墓穴
僕らは魔物の領域で魔芋を刈り魔猪を狩り開拓地の護衛を務めた。開拓に従事する農民たちは自らの生活圏を広げるために魔芋の蔓を引き大地を耕す。イルムドフ軍の兵士たちは競って魔物を討伐して名を上げていた。開拓は順調と見える。
そこへイルムドフ軍の斥候から知らせがあった。未確認ながらも巨体の魔物が北部を侵攻しているらしい。僕らは選抜部隊を伴って巨体の魔物を討伐するためにイルムドフの北部に進軍した。
「あれが、例の魔物ですかな?」
「うむ。既に帝国軍と戦闘中の様子だが……」
僕は丘の上から望遠鏡を使い戦いの様子を覗いていた。この丘陵地は魔芋の密林から突き出して見晴らしが良い。
帝国軍の一隊が巨体の魔物に攻撃を仕掛けるが、苔に覆われた巨人の体躯に弓矢も火力も効果は見えない。むしろ弓矢などは巨人の体に取り込まれている様子だ。巨体の魔物がドロドロと体表を撒き散らして腕を振るうと帝国軍の陣形が崩れた。包囲陣形でも巨人の足止めは難しい様子だ。
「我らはここで待機します」
「…」
へイルムドフ軍の指揮官はあまり帝国軍と協力したくない雰囲気である。あの軍勢は帝国本土からの侵攻部隊と思える。
僕らは一部の冒険者の有志を伴にこの丘陵地を下った。
「へへっ、領主様が討伐報酬を支払って下さるのだろう~」
「それは勿論だ!」
魔物の群れに飲まれた土地とはいえ、ここは旧イルムドフ王国の領土だった。それを引き継いだ新政権に討伐費用を請求するつもりだ。当面の食糧援助も新政権への負債として請求するが名目上はイルムドフの領主あてとする。今後に新政権が倒れて帝国の支配下となる事も考えられる。
僕らは苔の巨人に接近した。
………
帝国軍のユングスト・ケプラー大佐は苛立ちを見せて命じた。
「ええぃ、右翼を押し出せ!」
「はっ」
本陣から角笛が吹かれて右翼の歩兵隊が前進した。
「報告! 南の山岳部から所属不明の隊が接近しています」
「なにぃ、敵か!?」
今は右翼を動かしたばかりである。その南側から襲撃を受けると兵の指揮が乱れる恐れがある。ここを抜かれると街道筋から帝国の本土へ侵入されてしまう。緊急招集された部隊とはいえ思わぬ貧乏くじだ。
「本陣の騎士隊に右翼の支援を、所属不明の対応を任せよ!」
「はっ!」
伝令が急ぎ本陣を駆けて命令を伝える。騎馬の蹄を鳴らして騎士隊が出陣してゆく。
………
接近する蹄の音が聞こえた。
「待て待てッ、僕らは敵対する者だはない!」
「どうッどう……」
帝国の騎士隊と見える先陣の男が兜の面覆いを上げて答えた。
「貴様ら! どういうつもりだ。我軍の邪魔をするなッ」
「あの巨人にお困りの様子。僕らの加勢は必要ないですか?」
「うむ。敵ではない……ならば、貴公が同行せよ!」
「…」
僕は騎士隊に同行して帝国軍の本陣を訪れた。帝国軍のユングスト・ケプラー大佐が部下に指揮を任せて面会した。
「ふっG……英雄殿が何の用か?」
「いちど軍を引いて下さい。罠を張ります」
帝国の指揮官は僕が見知った顔の将校だった。直接に会えるとは話が早くて助かる。
「うむ。詳しく話せ」
「はい」
僕は策の概要を話した。
………
僕らは街道筋を北へ進み防衛陣地を作成していた。
「ここからあこまで…【粗掘】!ここからそこまで…【掘削】」
「ほおぉ……」
山の端の谷間にあたる街道の手前に穴を掘る。穴掘りは鉱山の採掘で鍛えた技だ。開拓地の開墾にも使える。掘り返した土砂は兵士を人足として動員し積み上げる。
「この辺りに岩が埋まっていますから、気を付けて【削岩】」
「へぃ!」
この街道を抜けると帝国本土の平原地帯が見えるハズだ。故に、ここが帝国軍の最終防衛線と言える。
「クロホメロス卿。間に合うか?」
「大丈夫! 間に合わせます」
僕は帝国軍の工兵担当の責任者に請け負った。
………
帝国軍の指揮はユングスト・ケプラー大佐が司令を任じていたが、本陣の騎兵はその快速を生かして遊撃部隊となっていた。侵攻を遅らせる為に横から背後からと苔の巨人へ突撃してもひと当て毎に離脱する。
司令部では、その間に苦戦していた歩兵部隊を再編成して防衛陣地の工作部隊と時間稼ぎの陽動隊に割り当てていた。
「ええい、我が隊の実力を見せてくれるわ……殲滅、突撃!」
「「「 応おぅ! 」」」
一撃離脱による陽動で苔の巨人の注意を引き付けていた騎士隊だったが、ついに痺れをきらして功を焦ったか。最大速度で苔の巨人へ突撃した。重い騎士の突撃槍を受けて苔の巨人が傾くが……それだけの効果だった。
「うわぁぁぁああ!」
「効いてない……」
突撃槍を抱えたまま一人の騎士が巨人のドロドロに飲まれた。
「ダメだ! 撤収~ 撤収ッ!」
「ずへらッ!」
いちど停止した騎馬の動きは遅かった。また騎士のひとりが巨人のドロドロに飲まれた。
………
その頃、防衛陣地の工作は半ばだった。
「クロホメロス卿。……すまぬ、騎士隊がヘマをやった」
「えっ?」
「もうすぐ、巨人がここへやって来る」
「急ぎましょう!」
僕は半ばとはいえ仕掛けを設置した。防衛陣地は巨大な穴だ。
「やつが来た!」
「っ……」
僕らは防衛陣地の後方に集結して苔の巨人の姿を見た。やつは兵士を喰らって大きさが増したか。そのまま構わずに僕らは弓矢と魔法を苔の巨人へ放つと、餌に気付いた様子で巨人がこちらへ動いた。
「ようし、そのまま進め……」
-DOMF! BOMF!-
固唾をのんで僕らが見守る中で、苔の巨人の足元が爆発した。僕が設置型の粘土板に描いた魔方陣だ。粘土板に巨人のドロドロが触れると魔力を吸収して爆発するのだ。しかし苔の巨人の本体を吹き飛ばす威力は無くて、足元の土砂を崩した。
「いっ…けぇ…」
「ッ!!」
無様に苔の巨人は土砂に足を取られて防衛陣地の大穴へ滑り落ちた。まともな知能があれば嵌らない粗雑な罠だ。しかし大穴は巨体に比べても浅すぎて半身が地上に出ている。
「メルティナ!」
「………いまこそ、顕現せよ!【氷結監獄】」
随分と時間をかけて準備していた魔法が発動した。氷の魔女メルティナは誇らしげに宣言する。
「おほほ、終わりです事よ!」
言い終わらぬ内に苔の巨人は上半身を凍りつかせて動きを止めた。下半身は大穴の中で蠢く気配はあるが穴から這い出す力は無いと見える。
「やった! 成功だッ!!」
「ひやっ、ふほぅー!」
防衛陣地は歓声に包まれた。
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