ep113 海底からの使者
ep113 海底からの使者
僕は工房に籠って水の魔道具を改造していた。長い筒状にした水の魔道具に魔力を通し水圧を貯めてから引き金を引くと鏃を発射出来る。迷宮都市からの避難行で武装として試用したが問題点は多い。
まず、筒状のシリンダーに水を集めて水圧と気圧を高めるのだが、弁の構造か強度に不安だ。…材質の変更が必要だろう。今も鏃を発射するため魔力を注ぐのだが、…
-BuSHuRrr-
水圧と気圧が解放される音がして10mほど先の的に命中した。しかし、この発射音では対象に気付かれる恐れがある。鏃の威力はそこそこで殺傷能力が低い水鉄砲の域を出ない。…発射後の排水と次弾の装填も問題だろう。
さらに鏃の中に麻痺毒を仕込んだ弾丸を用意したが、麻痺毒の成分は外気に触れて酸化すると効能も弱まる。…長期の保存には不向きだ。
僕は魔芋を棒状にして油で揚げた物を齧って考えた。生の魔芋は堅くて樹枝の様だが、強火で加熱すれば食用としてもイケル。
シリンダーは気圧に耐えられる様に金属製に代える。…予め気圧を高める行程が必要か。弾丸は少量の水としても筒には流水の魔方陣を複数並べて加速する。鏃は水圧を良く受ける構造にしよう。麻痺毒は水に混ぜる薬液とするが、薬室からの連動が難しいかも。
「うーむ」
僕は魔道具の改造に明け暮れた。
◆◇◇◆◇
その頃、イルムドフでは都市部の住居を捨てて王都から逃避する者が多かった。イルムドフの都市部では東の穀倉地帯を失って食糧難が予想された。多くは不毛の大地に得体の知れない魔物がうろつく様な土地では作物の植え付けも出来ない。早急に東部地域から魔物を討伐する事が求められる。
イルムドフの王城を占拠した反乱軍は暫定政府となって都市を支配した。投降した帝国軍の将兵のうち従順なものは政府軍に編入されて東部の魔物を討伐する事になった。未だ暫定政府は帝都を支配するとはいえ辺境の農村部や周辺地域にも支配力が及ばない。現在も南のソルノドフと西のタルタドフは帝国軍が健在で皇帝の代官と任命領主が治めている。
そのような情勢では平穏な生活は望めず、イルムドフの王都を脱する難民が増加した。王都の城門を出た北側はすでに魔物の領域であるから、残るは東側の港湾から船で逃げ出す者が多かった。大型の貨物船から漁船の小舟まで総出に難民を満載し海へ漕ぎ出す。
イルムドフの港は湾内にあり内海として波は穏やかだ、ところが外洋は季節の海流が冬から春に変化して波も高く荒れている。
「こんな小舟で平気か?」
「いや、俺は…吐きそうだ……」
慣れない船出に難民たちは不安な面持ちだったが、幸いにして天候は晴れ間で良い。
「ぎゃあぁぁぁぁあ!」
「「船がッ!」!」
隣を並走していた漁船が沈没した。この船も船底から岩を擦るような異音がする!
「浅瀬か! 岩に気を付けろ!」
「はっ…」
その時、船底から浸水して船体が傾いた。ダメだ…溺れる! .。o○.。o○
多くの難民を乗せた船が海の藻屑と消えた。
………
それから数日後、イルムドフの港湾に異様な魔物が上陸した。その魔物は堅い外骨格に覆われて八本の節繰れ立つ足で歩き巨大な二対の鋏を持っている。赤褐色の甲羅は動物の毛並みの様であり…毛ガニだ!
「我は 海底からの使者だ お前たちの王に 話がある!」
「ひぃ!…」
海岸に上がった毛ガニの魔物は立ち上がり、巨大な鋏を誇示しながら人族の言葉を発した。漁民たちが逃げ惑う。
「これれれれ 王はどこだ?」
「待て! 何用かッ」
町の衛兵だろう筋骨のたくましい男が現われた。漁民たちが口々に事情を話すが要領を得ない。
「お前が 人族の王か!?」
「いや。俺たちに王は無い」
おや、政府軍に王族は居ないのか。
「ななな何だと…、我々は 王に要求する」
「はっ?」
話が噛み合わないが、海底からの使者は要求を述べた。
「お前たちの 船は全て 海底に沈めた。我々の領海に 侵入する者は 全て喰らう.。o○」
「まさか、同胞たる避難民を皆殺しにしたのか…」
多くを語り過ぎたか、毛ガニの甲殻族は泡を吹いて居る。町の衛兵たちが得物を手に集まって来た。
「後悔したなら 我々に 刃向うべからず.。o○」
「ぐっ、許さん! 人民の敵がッ!」
筋骨のたくましい衛兵の男は海底からの使者に鉄剣で斬り付けたが、毛ガニの甲殻族は巨大な鋏を振るって軽くいなした。…意外に見える素早さだろう。
そのまま要求を言い置くと、毛ガニの甲殻族は海中へ消えた。
◆◇◇◆◇
北の大国アアルルノルドの本国にも異変は東の海から訪れた。まず、帝国の東の玄関口であるハイハルブから南方へ出港した商船が相次いで消息を絶ち商人の交易所では騒ぎとなった。
次に東の穀倉地帯からオグル塚の大迷宮へ通じる南東街道が魔物の群れに荒らされて通行が不能となった。そのため南方への出口を塞がれた形の帝国にはイルムドフの惨状は届かない。しかし、南方のオグル塚の迷宮都市からの避難民により次第に事態が明るみに晒された。
アアルルノルド帝国の全権を握る皇帝アレクサンドル三世の前にはクライズ・リンデンバルク侯爵が頭を垂れて跪いている。
「叔父上。いや、リンデンバルク侯爵。なぜ、戻って来たのか?」
「先にご説明を申し上げた通り…可及的に速やかに、ご報告を申し上げるべき…重要な事変かと…」
こやつは先代皇帝の弟でアレクサンドルの叔父にあたる。先代皇帝とは王弟派として覇を競っていたと言うが、今は見る影もない。こんな無能でも我が権力基盤の一翼を担う大貴族である。
「重要だと認識しているならば、現場で事態の解決に当るが良かろう」
「うぐっ、…某の認識では…すでに我が軍のみで対処でき得る範疇を越えており…」
言い訳が長くなりそうな所で皇帝陛下は手を振って遮り、侯爵を退室させた。
「もう、下がって良い」
「はっ! 御前を失礼…仕ります」
イルムドフへ潜伏させた密偵からの報告では王都が陥落する直前に軍船で海上へ逃れたらしい。…単なる悪運か渦中を避ける危険察知の能力か、侯爵にそんな才能があるとは見えない。
昨年のトルメリア王国との小競り合いでは停戦の条件として賠償金と迷宮の財宝に黄金剣を得たが、帝国兵の捕虜はトルメリア側の処分となった。戦争の結果を見れば引き分けか敗戦だろうが、帝国の対外的な面子もあり勝利した様に報じてはいる。
その功績で…ほぼ懲罰の意図で…イルムドフの太守へ任じてみれば、オグル塚の大迷宮の異変に乗じた反乱軍とやらに王城を占拠されて逃げ帰ったという。…無様だ!無能だ!ムダすぎる。しかし、無能とはいえ侯爵の罪状が挙げられる訳もない。…もうしばらくは生かしておくか。
アレクサンドル皇帝陛下はひどく頭を痛めていた。
「かの地には、ティレル家の娘がおったろう」
「はい、徴税官でありましたかと…」
「反乱軍の政府とやらに接近して内情を探れ」
「…」
「それと、イルムドフへの密偵の数を増やせ、オグル塚の迷宮の周辺を探らせるのだッ」
「はっ」
皇帝陛下は矢継ぎ早に命じた。あとは軍務卿にでも仕事を押し付けるとしよう。
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