ep111 脱出航路
ep111 脱出航路
僕らは迷宮都市から脱出した。辛くも生き残った人々は北の大国へ向かう者たちと近隣の宿場町イマノフへ向かう者たちに分かれた。僕らは迷宮都市から南西にあるイマノフの町を経由して王都イルムドフを目指す。
迷宮都市の崩壊の後、ひと晩にして発生した魔芋の密林は深く蠢き蔦に絡まれると危険だ。とりあえず同行者の中から戦闘力のありそうな者を探した。
「オレは銀級の冒険者カルロス」
「商人のマキトと申します」
銀級の冒険者カルロスは黒髪に褐色肌のさわやかイケメンだ。お仲間は筋肉質の大男と黒髪を束ねて三つ編みにした褐色肌のお姉さんだ。
「あぁ、任せてくれ。連れは、アントニオとユーリコだ」
「よろしくお願いします」
道中の護衛を引き受けた冒険者カルロスとそのお仲間たちに挨拶する。僕は魔石を仕入れに来た商人の肩書きだが、都市の崩壊後の救助に活躍したせいか脱出行でも頼りにされていた。
魔芋の密林を進むにあたり先頭は護衛の冒険者の三人に任せて、その後に避難民たちは被災地で拾い集めた武器を持って続くがどれ程の戦闘になるか分からない。僕とリドナスは列の中ほどで左右の密林からの襲撃を警戒していた。後方は怪我をした者とその介助をするギルド職員など。
先頭に騒ぎがあった。見ると巨体の猪の魔物だ。魔猪は興奮した様子で銀級冒険者カルロスに突進した。
「へーい!【疾風斬】」
カルロスは巨体な魔猪の突進を躱して刃物を振るった。魔猪は足を切られた様子で巨体を右に傾けた。
「…ごんすっ!」
筋肉質の大男アントニオが大斧を魔猪の左腹に叩き付けると、巨体な魔猪は倒れた。突進に効果が無くて無念だろうが、カルロスが魔猪に止めを刺す。
………
避難民たちの歩みは遅い。救助した怪我人を連れている影響もあるが多人数の移動は手間だ。路面が整備された街道とは異なり足元の地形は悪く魔芋の蔓も邪魔をする。僕らは空腹に負けて休息し魔猪を解体して料理した。ついもの様に地面を掘って竈を作る。
「この辺りで竈をッ【形成】」
「…!」
「そして土鍋を【形成】」
「めずらしい……土魔法かしら?」
褐色肌の美人ユーリコが僕の手際を見て関心していた。
「ユーリコさんは、魔猪の肉を焼いて下さい」
「ええ、まっかせなさ~い!」
魔猪は血抜きした方が美味しいと思うが空腹には勝てない。手早く調理できる焼肉と土鍋で水炊きにする。魔芋の蔓を辿り地面を掘ると巨大な芋を発見した。…農家の畑で見た芋の10倍はありそうだ。試しに巨大な芋を切って見たが木材の様に固い。
「これは、薪割りの…【切断】」
「ッ!」
巨大な芋は薪割りの要領で縦に三つに割れた。さらに薪割りを続けて棒状にした芋を土鍋で煮込む。ユーリコが銀級冒険者のカルロスに焼けた魔猪肉を差し出した。
「おぉ、これは美味い!」
「だっしょぉ~◇(ハート)」
ま、リア充は放置して…土鍋が焚き上がった。結果として魔猪の水炊きは失敗だった。水煮した魔芋は固くて煮物とは言えず…魔猪の肉はそこそこ旨い。
◆◇◇◆◇
イルムドフの王城から見下ろす平原は、魔猪・魔猪・魔猪だ。市井に地揺れの影響は無いがイルムドフの北東部の特に王都からオグル塚の大迷宮までの街道筋の被害は甚大な様子だ。街道筋には異常な数の魔物が溢れてイルムドフの王都を取り囲む城壁に押し寄せている。
炎の傭兵団は眼下に押し寄せる魔猪の討伐に駆り出された。王都の防衛が危機にあるのは分かる。…しかし、帝国軍の統率はどうにか出来ないものか?…有能な指揮官も無くて王都の城壁に配置された守備兵は個別に魔物の群れに対処していた。炎の傭兵団の女チルダが火炎を投げる。
「燃え上がれ!【火炎】」
-GOWF!GOWF!-
立て続けて平原に火柱が立つ。突進の勢いを削がれた魔猪が、守備兵の長槍を受けて動きを止めた。…そのまま仕留めて欲しい。
「ちっ、キリが無いじゃん!【火球】」
-BOF!BOF!-
魔猪の顔面に火球を当てるが、巨体に比らべれば目くらまし程度でしかない。守備兵たちは苦戦していた。
………
戦況を見守る王城イルムドフの司令部では帝国の太守クライズ・リンデンバルク侯爵が帝国軍の将軍として出陣する様子だ。
「閣下! 我々もお供させて下さい」
「うむ。良かろう…付いて参れ」
「はっ!」
「…急ぎ、軍船を準備せよ!」
「軍船ですか?」
「そうだ! 戦の機を見るに敏を貴ぶ」
将軍閣下には何か秘策があるらしい。司令部は王都の最高責任者が不在となった。
◆◇◇◆◇
僕らは避難民を連らねて出発した。イルムドフの王都へ向かう街道は地表を削られたかの様に平坦な道が続く。少なくとも砂利で補強された街道の路面は跡形も無くて、進路は太陽を見た方角のみが頼りだ。魔芋の密林でも比較的に日の当たる開けた土地を進む。
「この調子なら、今日中にはイマノフの町へ到着出来ますね」
「そう…出来れば、良いのですが…」
瓦礫から助けたギルド職員が呑気に言うのを僕は不安に聞いた。この街道筋の異変を見ると途中の宿場町イマノフが無事とは思えない。イマノフでは魔獣への備えも十分ではなかろう。
その時、隊列の中ほどで騒ぎがあった。
「しまった。リドナス!」
「はい♪」
僕らは隊列の後方にいる負傷者の列を追い越して現場へ向かった。河トロルのリドナスは身体能力を生かして僕よりも先行している。僕は魔力で足腰を身体強化して追う。
避難民が小型の魔物に襲われている。…小型とはいえ野犬ほどの大きさの兎だ!…この世界の兎は魔物化すると草食をやめて肉食となるらしい。前世の恨みか天敵の狼から人族にまで襲い掛かる。
先行したリドナスが魔兎に切り付けている。僕は長い筒状の水の魔道具に魔力を通し水圧を貯めてから発射した。
「いっけー!」
-BuSHuRrr-
水圧と気圧が解放される音がして、長い筒状の魔道具から発射された鏃が魔兎に命中した。獣の絶叫を残して魔兎が倒れる。特製の鏃はダーツの投げ矢の形状にして命中すれば、針の先端から麻痺毒を噴き出す。…上手く動作したらしい。
僕が次弾の装填に手間取っていると加勢があった。通常の弓から放たれた矢が飛来して魔兎を追い散らす。既にリドナスが何羽か始末していたが、列の先頭から駆け戻った三人の冒険者があらわれた。
銀級の冒険者カルロスが褐色肌に白い歯を光らせてさわやかに言う。
「無事か、マキト君!」
「ま、なんとか…」
「それにしても…彼?は腕利きねぇ」
「…ふっ」
弓を手にした褐色肌のお姉さんユーリコと筋肉質の大男アントニオが続いた。リドナスが仕留めた魔兎をひっ提げて言う。
「主様、これも料理 シマスカ♪」
「………」
魔芋の密林は危険に満ちている。
◆◇◇◆◇
その日、王都イルムドフに隣接する港から帝国の軍船が出港した。東の半島を越えて北回り航路に乗れば、帝国領の港町ハイハルブへ到着するだろう。海上から見た東の半島は植物が繁殖した密林に覆われていた。この地域には無い珍しい植物と見える。
「閣下……よろしいのですか?」
「うむ、緊急事態であるッ。事は重要な案件につきぃ…儂が直々に陛下へご報告を申し上げねばならぬッ!」
本来は太守を補佐すべき帝国の貴族ケンプト・モルダウヘスは疲れていた。事ある毎に将軍閣下へ献策するのだが、実行力が伴わない。有力な士官を逆らう度に粛清しすぎたらしい。今では将軍閣下に付き従う者も少なく、離反した兵士たちは山賊として暴れる者もいると言う。…そろそろ潮時か。
船は海岸沿いに北上し帝国領へ至るだろう。
………
イルムドフの王城は高台にあり魔物の襲来に堪えていた。都市を守るため北側の城壁に守備兵を派遣して戦力を集中させたのは良い判断と言える。その閑散とした王城は革命軍に占拠された。革命軍は一般市民と変わらぬ服装に帯剣して王城に攻め寄せたのだ。城の内部からの手引きもあり呆気なく開門しらたしい。…ほぼ無血開城である。
ティレル女史は愛馬カイエン号に乗り都市に入り込んだ魔兎を追い払っていた。市内に巡らされた上下水道から侵入されたらしい。騎馬で追うのも精一杯だろう。
「はっ!」
「城の旗が……」
率いていた騎兵隊の若い騎士がイルムドフの王城を見上げて驚いている。ティレル女史も馬首を巡らせて王城を見た。狼煙の様な煙が上がって…帝国の国旗が引き下ろされたか、見た事も無い旗色が翻っている。
「城が、何者かに占領された?」
「…」
帝国の徴税官ティレル女史は炎の傭兵団と合流したが、…
僅かな騎兵を引き連れて撤退した。
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