ep110 魔の領域の暴走
ep110 魔の領域の暴走
イルムドフの北部には険しい山脈が横たわり北の大国アアルルノルド帝国との国境を隔てていた。その山中は帝国の支配も及ばぬ無法地帯となり、盗賊団や山賊のアジトまたは少数部族の隠れ里が点在している。
その内のひとつに英雄マキト様と事を構えた盗賊団の拠点があった。拠点とは言うが集落の建物を土塀と茂みで巧みに囲い目立たぬ様にした隠れ里の雰囲気であり、他に谷間の狭い耕地には細々と作物が植えられている。
そんな集落を見下ろす高台には魔獣ガルムとそれに騎乗する人影があった。鬼人の少女ギンナは鼠族の密偵の報告を受けてこの拠点を発見した。英雄マキト様がオグル塚の大迷宮へ向かう道中で撃退した盗賊がこの拠点に逃げ込むのをつきとめた。それらを追跡して個別に殲滅するのがギンナたちの役目だ。
その時、地揺れがあった。地揺れにも関わらず魔獣ガルムはびくともせず、東の地平から地鳴りが聞こえると森の野鳥たちが驚いて飛び立つ。
「コロちー!」
-BAU!-
地鳴りと周囲を警戒していた魔獣ガルムはギンナに呼ばれて高台を東へ走った。こちらから地鳴りが聞こえたハズだ。高台から平原を眺めると地平に蠢く魔物の群れが見えた。群れは横に広く帯状に広がり狂気を伴って暴走していた。
しかも群れの主体は膨大な数のスライムで平地の木々や雑草までも取り込んで膨張しながら大地を呑み込んでいる。どこに、これほどのスライムが生息していたのか…常識ではありえない程に増殖して膨れ上がったスライムの群れは怒りとも狂気ともつかぬ感情のままに大地の色を塗り替えてゆく。
ギンナは高台から茫然とその光景を眺めた。…あの狂気と暴走の中では魔物とても生きられない。
西かあるいは南へ流れ去ったスライムの群れの後には、魔物化した猪や兎などの野生動物が続いて暴走していたが、どこへ向かうのだろうか。
◆◇◇◆◇
地揺れの後に発生した火災を鎮火してもイルムドフの都市部には騒動があった。都市から北へ向かう街道沿いの宿場町イマノフが壊滅したと言う。北へ向かう商隊が途中でイマノフの町の惨状を目撃して引き返したらしい。その様子を聞くと宿場町イマノフは建物も人も馬も草木さえも消滅!して…ただ地面の凹凸として痕跡が残るのみだ。余りにも変わり果てた異変に恐ろしくなり商隊は引き返したと言う。
「…イマノフの町が壊滅した模様です」
「なぬっ……」
「直ちに、騎士隊と調査兵団を派遣せよ!」
斥候の報告に言葉を失った、帝国の太守クライズ・リンデンバルク侯爵は帝国軍の一翼を担う将軍閣下だが有事に際しても無能な様子だ。行政を補佐する帝国の貴族ケンプト・モルダウヘスが指示を出した。
前代未聞の地揺れに続いて起きた異変の報告が次々と齎されるが、広間に集まった帝国の官吏と帝国軍の士官たちは興奮して怒鳴る者や勝手に噂話をする者、あるいは落ち着きを無くしてガタガタとテーブルを揺する者など見るに堪えない。
この場では、帝国の徴税官エルスべリア・ティレルとその護衛で炎の傭兵団の女チルダは完全に部外者である。イルムドフの都市部とその支配地域は代官が治めるべき領域だ。正直に見ても行政を補佐するモルダウヘス卿は良くやっているが周囲の有象無象が邪魔だ。…戦時なら切り捨てたい所と思う。
「オグル塚の駐屯軍は、無理か……ソルノドフの兵団にも連絡を」
「はっ!」
近隣の各所に配置された帝国軍にも伝令を出すらしい。この混乱に乗じて領内が騒がしくなる事もある。…庸兵団へ依頼される仕事もあるか。
炎の傭兵団の女チルダは出番を待つが、未だお呼びは掛からない。
◆◇◇◆◇
僕は瓦礫に埋もれて目覚めた。正確にはスライム解体所の建物の壁際に寄り瓦礫の隙間から這い出た。僕らは迷宮都市の地下にいたハズなのに……スライムの養殖場に隣接した解体所の建物は倒壊して跡形も無くなり、地下第二層の洞窟にあった養殖場の区画までも地表に露出して太陽の光を浴びていた。
どうやら大規模な地殻変動があった様子で、僕らが無事なのは奇跡と言える。これが迷宮の大変動と言うヤツだろうか。
「主様!」
「あぁ、問題ない……職員たちは無事か?」
気が付くと瓦礫に埋もれて虫の息だが、呻き声が聞こえる。僕はリドナスと手分けして生存者を探した。瓦礫の浅い所であれば救助も可能だが、深い所では発見さえも出来ない。
「魔力を広げて…【探査】」
探査は鉱山の鉱脈を探す他に土木工事の前に岩などの埋設物を発見するのに役立つ。土壌と岩盤と鉱脈では魔力の到達と反射の度合が異なるので……瓦礫の中に空洞があれば発見できるハズだ。
何人かスライム養殖組合の職員を救助してから働けそうな者に協力を要請する。
「風の魔法が得意な人は、瓦礫に埋もれた人の呻き声か息遣いを探して下さい。最優先ですッ!!
次に、水の魔法が得意な人は、怪我人の治療を…。土の魔法が出来る人と働ける人は瓦礫を退けて救助作業です。
最後に残った、火の魔法が得意なあなたは、火災を予防するための消火活動と、魔物と盗賊に警戒をして周囲の見回りをお願いします!」
「よっしゃ」
「やったるでぇ~」
「「 おぉう! 」」
僕は矢継ぎ早に指示を出して捜索を開始した。
………
「リドナス、気配を探ってくれ」
「はい♪」
僕が瓦礫の山に向かって魔力を広げると、リドナスが埋もれた人の気配を発見した。
「魔力を広げて【探査】」
「………こちら デス♪」
何度か探査を続けるとコツが分かってきた、僕が広げた魔力の波動に反応した生体がびくりと震える僅かな気配をリドナスが鋭敏に捕えるらしい。
「それなら身体強化して気配を察知できれば…」
「…」
僕は聴覚と皮膚感覚も研ぎ澄まして気配を探る。
「むっ、こっちか?」
「はい。…二人 イマスネ♪」
僅かな生体の気配に頬のうぶ毛が撫でられる様な感覚というか…今はリドナスの鋭敏な気配察知の能力が頼もしい。そうする間にリドナスが魔力の放出と探査のコツを掴んだ。
「…」
「虫の息と 風の声を♪【探査】………あこの 瓦礫の下に 生存者が イマス♪」
僕らは日暮れまで探索を続けた。
夜は迷宮都市の瓦礫から掘り出した食糧で雑炊を作り、皆で分け合って食べた。
………
次の日、早朝に火魔法の男が血相を変えて現われた。
「た、大変だ! 森が大変だ…」
「落ち着け。何がどうなった?」
火魔法の男は火災の予防と周辺の治安を警戒して迷宮都市の外周部を見廻り警戒していたが、外周部はオグル塚の大迷宮から溢れ出した何物かにより引き潰されて消滅していた。そんな無人の荒野はひと晩が明けて深い森に変貌したという。
僕らが迷宮都市の外周部に到着するとそこは巨大な蔦草に覆われた森となっていた。蔦草の直径は人が両腕で抱えるよりも太く、何本も束ねて捩り合わせた塔の様な造形まである。そんな蔦草の森の葉は巨大な魔芋の葉に見える。森に近付くと蔦草がウネウネと蠢いて絡み付こうとする。
「ひと晩で、これほど巨大化するとは…」
「魔芋かッ厄介な!」
茫然として森の様相を眺める。どのへんの魔芋が厄介なのか分からないが…森の近くにいた男か転倒した。
「あわわっ!」
「燃え尽きろ…【火炎】」
咄嗟に火魔法の男が魔芋の蔦を焼くと、蔦に足を取られた男が解放された。魔芋の蔦は細い方が動きが速いらしい。
僕らは迷宮都市からの脱出を試みる。
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