ep108 スライム養殖場
ep108 スライム養殖場
僕らはスライム養殖場と呼ばれるオグル塚の大迷宮の地下第二層に入った。地下第一層は迷宮都市の商家や宿屋などが立ち並び中心地は商業区となっている。その中心地には古く下層へと続く通路があった。通路は迷宮の洞窟と同じ地質と見えるが人の手で削られて整備されている。養殖場の職員に付いて進むと開けた階層があった。職員が指示する。
「ここから横一列で清掃をお願いします」
「…ざわざわ…」
僕らの他にも十数人の清掃作業員が雇われていた。地下第二層の天井は人の背の二倍から三倍程度の高さがあり所々に光る石が埋め込まれている。薄ぼんやりとした光を通して広場を眺めると天井を支える石の柱が立ち並ぶ様子は地下神殿の様でもある。床は泥に塗れて苔の様な堆積物が付着している。…これが光苔か?
「では、37区画の、清掃作業を開始!」
「「応ぉ!」」
作業員は横並びに隊列を組み道具を取り出して床面の清掃作業を始める。道具は魔獣の固い毛を束ねて長柄を取り付けた箒かブラシの様な造りだ。
「リドナス!水を」
「懐かしき せせらぎの…【集水】♪」
リドナスが魔力で集めた水を箒で掬い…長柄の手元に設置した魔石に魔力を通すと、僕は持参した特製の魔道具を使用した。
「魔力を通して…起動!」
「ッ!」
箒の毛の中に埋め込んだ筒状の魔道具には流水の魔方陣を刻み前方へ水流を噴出する。それと同時に長柄の中ほどに固定した水の魔道具では水を集める。僕は水流で床面の廃棄物を押し流した。
「そおれ~」
「…【集水】♪」
作業時には適宜に水量を調節する必要があるが魔道具は順調な動作をしている。僕らの担当区画は早めに終わりそうだ。順調に前方へ廃棄物を含む汚水を押し流すと排水路と見える窪地に落ち込んだ。ひと先ずは作業完了と言える。遅れて他の作業員たちも生活魔法や力技を使い排水路へ汚水を流し込む。
そうして清掃作業の合間に聞いた話では、このスライム養殖場は百以上の区画に分かれて管理されるらしく清掃作業は未だ半ばとの話だ。また肝心の魔獣スライムの姿が見えないので尋ねると、養殖中のスライムは汚染されて魔石の品質が悪く廃棄されたらしい。特に餌となる光苔の被害が甚大で復旧には時間がかかりそうだ。とはいえ迷宮の魔力の影響下に光苔の種を撒いて五日もすれば苔が生育するので、養殖場の清掃作業が重要らしい。
養殖場で純粋に飼育された魔獣スライムは本来の核石とは別に、光苔から抽出された成分を凝固した光の魔石を生成するとの話だ。
僕らは清掃作業を終えて商業区へ帰還した。
◆◇◇◆◇
炎の傭兵団の女チルダは帝国の徴税官ティレル女史の護衛として付き従い、欠伸をかみ殺して…本来の徴税業務を眺めていた。
「この宿泊税の徴収帳簿と商業ギルドが集計した宿泊者の統計に不一致がありますね…徴収帳簿はこれで全てですか?」
「はっ、いえ!…すぐに資料を提示…致します」
ティレル女史の指摘に官吏の男は青ざめた。それほど恐れる事なのかチルダには分からない。
「それと、この鍛冶ギルドの報告書ですが、刀剣類の製造実績と販売実績とにも乖離がありますね…刀剣の持込み税は…」
「…も、申し訳ありません…只今、取り纏め作業中でして…」
なにやら武器の数量が書類と合わないらしい。武器も消耗品だから町の衛兵が無駄にしている事も考えられる。あるいは武器の盗難か横流し密輸などの犯罪もありうる。
「あら、それなら明日までにお願いしますわ」
「ははっ、承ります」
すでに有能な帝国の文官であるティレル女史の前では地方の行政官吏など赤子の様な物か。チルダは傭兵団の目でそう考えた。
徴税官を相手にするのは面倒そうだ。
◆◇◇◆◇
ここイルムドフの都市に近い森林地帯には廃墟があった。廃墟は古い教会と見えるが手入れも無く雑草に埋もれている。そこへ潜む人影があった。
「ウド森のアジトが、やられたらしい…」
「それは…領主の手勢か?」
盗賊か山賊と見える人相の悪い男たちが声を潜めて密談している様子だ。
「いや、領主の館も衛兵も動いてはいない…しかし、アジトは全滅の様だ…」
「そんな馬鹿な! あそこの拠点には…30人は詰めていたハズだろ」
その時、突然に廃墟の破れた窓から狼に似た魔獣が飛び込んで来て、爪と牙を振るう。
「ぎゃぁぁぁぁあ!」
「ばっ、化け物ッ!」
魔獣の背に乗った何者かが長柄の武器を振ると、盗賊の男は殴打されて廃墟の壁に叩き付けられた。
「ぐ…げばら…」
「……」
見張りの手下は悲鳴の声も上げていない。鼠族の密偵が現われて報告する。
「すべて 片付けた ジュ」
「よくやったです。…残りは好きにして良いですぅ~」
魔獣ガルムの背に乗る鬼人の少女ギンナが応えると鼠族の密偵は姿を消した。
「ジュ!」
-BAW!-
まだ、息のある盗賊の頭を魔獣ガルムが踏み潰した。
◆◇◇◆◇
今日はスライム養殖場の清掃作業を抜けて、僕らは迷宮都市の郊外を取り囲む地上部の畑に来ていた。畑では紅芋に似た蔓植物を栽培しており少し甘味のある芋を栽培している。農家の婦人に許可を貰って畑に入ると蔓が動いて足元に絡み付く…これでも魔物化した魔芋らしい。僕は手にした鎌で動きの良い蔓を刈り取り樹液を採取した。樹液は魔道具の材料となる。
清掃作業は日払いの仕事であり、報酬にはこの地方の英雄が描かれた銀貨を得た。なんでも昔の帝国軍人でスマッシャ男爵という豪傑らしい。
「このくらいあれば、足りるかな?…【検査】」
僕はガラス瓶に採取した魔芋の樹液を眺めた。魔芋と言うだけあって樹液にも魔力が豊富と見える。河トロルのリドナスは魔芋の蔓を相手に戦闘訓練をしている。絡み付かれるのが嫌なのか…魔芋の蔓に巻かれても拘束力は弱いのだが、高い所に登ろうとする性質があるらしい。
「保存用のビンが必要だなぁ…リドナス!」
「はい、ここに」
遊びをやめてリドナスが参じた。荷物からガラス瓶を取り出して差し出す。
「ありがとう」
「ッ♪」
僕は追加して魔芋の樹液を採取した。そして、帰りには農家の婦人から手頃な大きさの魔芋を買い取り宿へ帰還した。銀貨の使い勝手は良い。
◆◇◇◆◇
◇ (あたし神鳥のピヨ子は海岸沿いの絶壁を検分していた。…この辺りに迷宮への入口がある筈だわ)
オグル塚の大迷宮の東側は切り立った断崖の海岸線で、海鳥の巣が多く繁殖地でもある。
◇ (カモメの頭を絞めるのは後にしても、気掛かりがあるのよ)
ピヨ子は海鳥の形態で岸壁の洞穴へ突入した。直ぐに迷宮の気配が濃くなる。
◇ (神鳥魔法…【神鳥の視界】…暗闇でも魔力を感知して目的地を探す)
秘密裏の捜索活動は夜半にも及んだが、ピヨ子は帰還しなかった。
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