ep106 光の魔石を求めて
ep106 光の魔石を求めて
僕らはアルトレイ商会の工房で商会長のキアヌと年長の職人と顔を揃えて相談していた。店員のひとりが商品帳簿を数えて言う。
「その数では…店の在庫を合わせても足りません」
「何とか、出来ないものかね。うーむ…」
「…」
商会長のキアヌは大口の商談を取るために唸りを上げている。製作を担当する職人が懸念する。
「いずれにしろ、製作には光の魔石が必要ですが…」
「知り合いの魔石商を当ってみるか」
「光の魔石の産地は?」
どうやら光の魔石が不足しているらしく、他の商会でも在庫は少ないと予想される。僕は魔石の産地を訪ねた。…必要なら産地から直接購入する。
「っ…」
「イルムドフの北にあるオグル塚、大迷宮だが……無理じゃないかね」
「何か問題でも?」
大迷宮の奥底と言う訳でもあるまい。…光の魔石は高価とも見えない。
「霧の国イルムドフまでは船で3日なのですが、交易船が海上で魚人に襲われる事件がありまして…」
「この時期に、船を出す船主は居ないのじゃないかねぇ」
「はっ、それなら馬車で行けば良いのでは?」
僕は気軽に提案してみた。
「………」
「むむむっ」
「…」
商会長のキアヌは魔境と呼ばれる湖沼地帯を通り抜ける危険と、海上で魚人に襲われる危険を勘案して…危険に見合う儲けがあるか悩む様子だ。しかし、ほぼ知られていない事実として僕が開拓しているタルタドフ村はトルメリア王国とも霧の国イルムドフとも交易している。陸路を馬車で往復するのも可能だ。
僕らは商隊を編成する事になった。
◆◇◇◆◇
商隊の荷馬車を連ねた先頭はアルトレイ商会の馬車で、僕は案内人として乗り込む。二台目の行商人ベンリンの荷馬車はトルメリア王国で安く仕入れた豆や雑穀を積み込んでいる。三台目はドラルヌオという商人の男で重そうな積荷と多くの荷役夫を連れていた。
僕らはトルメリアを出発して北の荒野を進み途中にある開拓村で日用品や雑貨を商い、道中に出没する魔物の情報を仕入れて北上した。荒野を進み岩石地帯を抜けると湖沼地帯も近い。僕らの商隊の周りには密かに鼠族が斥候の密偵として展開しているが気付く者はいないだろう。
「マキトさんと同行出来るとは、道中も安心ですなぁ」
「それ程では……」
行商人ベンリンは荒野も旅慣れた様子だが。魔物への警戒は怠らない。途中で休憩する際にも魔物避けのの道具を展開している。僕は魔よけに結界の魔道具の金属杭に魔力を与えて地面に刺す。
「魔境に入って…魔物の姿も無くては…拍子抜けじゃわい」
「平穏無事がよろしいかと」
商人のドラルヌオは護衛なのか蜥蜴とも両生類とも見える奇妙な動物をつれており、その動物に水溜りの水を飲ませている。…魔物や動物を使う調教師だろうか。
………
そうして平穏な行程を続けていると湖沼地帯に入った。ドラルヌオの幌馬車が泥に埋まった窪地に嵌り停止すると、荷台から荷役夫たちが飛び出して幌馬車を押す。其々の車両は事前に車輪を沼地用に改造しているので、完全に立ち往生とはならないハズだ。荷役夫の手も多くて簡単に沼地を脱出した。
湖沼地帯の中央には大河があり、川岸には河トロルたちの草庵がある。僕らはその草庵と木賃宿に宿泊した。食事は宿泊客が自ら準備するが雨風を凌げる草庵が提供される。また、別料金であるが道中の泥に汚れた旅行客のために風呂が提供されている。
行商人ベンリンは慣れた様子で風呂のある草庵に泊まった。商人のドラルヌオはおっかなびっくりの様子で河トロルの挙動を観察している。僕はリドナスを連れ河トロルの戦士たちの出迎えを受けて歓待の料理も振る舞われた。
「まるで魔境の王ですな!」
「いえ、河トロル族とは…古くから親交のお蔭ですよ」
「ほほう」
僕らの特別待遇を見てベンリンが茶化した様に言うが、ドラルヌオは河トロルの戦士たちを値踏みする様に見詰めている。…ちと怖いかも。
そうして風呂に入り寛いて過ごすと翌日は大河を渡るのだ。
………
大河…それは名も無いが湖沼地帯を貫く難所で水量も多い。泥に濁った水面は水棲の魔物の姿を隠して不気味に流れている。とてもこの泥水を渡ろうと考える者はいないと思える。
「主様、準備ができました♪」
「ご苦労さま…」
河トロルの戦士たちが整列するのを見て僕が頷くと、馬車を乗せた筏の渡河が始まった。河トロルの筏とて馬車を丸ごと乗せられる様な物では無く、馬に浮体を取り付け荷馬車は筏で取り囲み半ば水に浸かる様にして大河を渡る。
馬車の積荷は渡河を考慮した厚底の木箱に船板を取り付けて自らも浮く仕掛けだ。当然の様に馬車の腹底にも浮体を付けて渡河に備えている。水棲の魔物は河トロルの戦士たちが事前に泥水に潜り追い払うらしい。僕らは河トロルの先導で安全に渡河を終えた。
渡河地点から北へ向かうと開拓村は近い。僕らは開拓村で休息を得た。
「マキト様。お疲れだニャ! 宿に案内するニャン~」
「よろしく頼む」
このおニャン子は新しく開拓村の販売所で雇った新人でメルティナお嬢様の部下だ。顔は猫系の獣人だが毛並みは豹柄と見える。僕らは開拓地の宿舎に案内されたが、未だ内装も出来ていない丸太小屋だ。商人のドラルヌオが連れた荷役夫たちは裏手の倉庫に泊まるようで幌馬車を裏庭に停めている。行商人のベンリンは食品を販売所に降ろすと言って荷馬車を廻した。
「これ!ミーナ。マキト様はこちらへ」
「ニャ!メルティナ様っ」
氷の魔女メルティナがお嬢様らしい格好に不似合な乗馬鞭を持って現れた。その鞭で猫系の獣人のミーナを打つと言うのか、ミーナの肩がびくりと震える。直ちに打ち据えられる様な事は無く僕はメルティナお嬢様の案内で販売所の裏手に向かった。そこには民家よりもひと回り大きい建物があった。
「マキト様は、この屋敷を使って下さいませ」
「屋敷ねぇ…」
僕はその大き目の丸太小屋を眺めたが、西側の風呂場と水耕農園が近いのは良い立地だろう。
「それと…ひとつお伺いしたい事が…あの女は何なのですか?」
「マキト! 元気そうじゃん」
「ちっ、チルダ…どうしてココへ」
僕らが屋敷に入ると客間に寛いだ様子で、火の一族の女チルダが居た。既に火炎のチルダは氷の魔女メルティナとの格付けを終えたのか、お客様待遇で屋敷を占拠している。
「ユミルフの町に常駐する事になってね。その序でさ!」
「…」
チルダの話によると炎の用兵団の部隊がユミルフの町の領主代行に雇われたそうだ。しばらく町の警護と領主代行…帝国の徴税官エルスべリア・ティレルの護衛をするらしい。その任地の隣村にいるというマキトの消息を得て尋ねて来たという。
「これから、ご近所だし仲良くしようじゃん!」
「勿論ですが、その恰好は…」
見ると風呂上りのチルダはホットパンツに上半身はタオル掛のみの姿だ。目の保養に…ギンナの教育上も悪い。
「あれ?…ギンナはどうした」
「山で魔獣の世話かと…」
留守番として開拓村に置いた鬼人の少女ギンナは山で魔獣ガルムの世話をしているらしい。…犬の散歩か餌やりか。
こうして僕は火炎のチルダを迎えてユミルフの町へ向かった。
◆◇◇◆◇
ユミルフの町では元領主のカペルスキーの捕縛後も治安が悪く、付近の山賊の動きが活発となり魔物の被害よりも住民の脅威となっている。本来であれば、山賊の頭領とも言うべきカペルスキーの影響力が無くなり付近の山岳地帯は山賊たちの力が支配する群雄割拠の様相らしい。まぁ、僕らには山賊の天下統一も関係の無い話と思える。
行商人のベンリンは食品を販売所に卸し、帰りは河トロルたちが葦よしで作成した敷物や籠などを買い取りトルメリアへ戻ると言う。…荷馬車の行程も慣れたものだ。商人のドラルヌオはイルムドフの都市まで同行するので、商隊は二台に加えてユミルフの町から合流した荷馬車を連れている。
ユミルフの町では捕縛したカペルスキーの身柄を帝国から依頼された移送部隊に引き渡し、お役御免となるべきの帝国の徴税官ティレル女史が引き続き領主代行として現場の指揮を執る。新たな領主が派遣されるまで、本来の徴税官の仕事に加えて領主の仕事まで片付けるのは難儀なものだ。ユミルフの町に常駐する兵士だけでは信用が置けないのか、炎の傭兵団を金で雇い手駒として使うその手腕は合理的で優秀な帝国の官吏だ。そのティレル女史は、なぜか僕たちの商隊に同行していた。
ティレル女史の愛馬カンエン号が嘶く。
-HIHYNN!(注意しろ!)-警告
僕はカンエン号の視線の先にある…前方の林を透かして見た。
「うへへっ、積荷を置いて失せろや!」
「うししッ、大量でやんす~」
「はっ!」
事前情報の通りに山賊が湧いて出た。ティレル女史の指示でカンエン号が前方へ突進する。
「おおっと、危ねぇじゃねぇか!」
「うししッ、その手は食わないでぇぇえ~」
「燃えろ…【火球】」
山賊どもは見かけに由らず素早い動きで突進を避けた。あちらも事前に対処方法を考えていたのか…先頭の馬車から飛び降りた火炎のチルダが同時に二発の火球を投げた。右手と左手でワンツー♪ワンツー♪
「あんぎゃ!馬鹿なぁぁぁああ!」
「うっく…しッしッ、しぇぇえ~」
「なむ…」
見事にチルダが投じる火球の連打で山賊どもは追い散らされた。追撃して討伐するまでもない雑魚だ。
僕らは目的地のイルムドフの都市に到着した。
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