011 鉱山と強制労働
※ 強制労働がダルイという方は次の話へお進み下さい。
011 鉱山と強制労働
僕はブラル鉱山に隣接した鉱石の選別場にいる。
強制労働というと悲惨なイメージがあるが、火の魔石の採掘は高温環境のせいか火の一族の優先職種のようだ。
鉱山で採掘した鉱石は大まかに良質の火の魔石を摘出したあと、雑多な鉱物が混在した混合鉱石とされる。
その後に混合鉱石を砕き金属鉱石とする工程が選別場にはあった。
鉱石工の男がダミ声で言う。
「よぉく見ていろ!」
武骨なハンマーで鉱石を叩き割った。
「石の目ぇから割れるけぇ」
僕らは男の指示で石を叩いた。
「まぁだ、まぁだ、なっとらんけぇ」
選別場には僕の他にも年若い人間がいて同じ作業班に集まっていた。
聞いた話では僕と同じように強制労働にされた者や、鍛冶見習い修行の一環として…または、生活費の日銭を稼ぐためと理由は様々だった。
選別場の近くには労働者の寮があり、毎日の給食とわずかな日当が支給される。逮捕された際に装備と手荷物の全てを没収されていたが、身ひとつであれば脱走は可能だろう。
再び、鉱石工の男がダミ声で言う。
「もいっ丁よぉく見ていろ」
武骨なハンマーに魔力が走り鉱石を叩き割った。
「石の目ぇから割れるけぇ」
僕はハンマーに魔力を通して石を叩き割った。
「まぁ、まぁ、じゃけぇ」
少しは進歩している様だ。ひがないちにち鉱石を叩き割る。夕闇がせまる頃に作業を止めた。
作業員たちは日当を受け取り寮へ帰る者たちと、ブラアルの町へ帰る者たちとに分かれて解散した。
5日ほど石割り作業の労働をして休日となった。寮から外出しても良いそうだ。
ブラアルの町で買い物をしよう。熱い温泉にも入りたい。寮にある洗い場はぬるま湯が流れるのみだった。
早速に町へ出かけ近くの服飾店で木綿のシャツと下着を買う。店で公衆浴場の所在を聞き目的地に向かった。
「よぉ、マキト! 元気にしてるじゃん」
「チ、チルダさん!」
公衆浴場の二階からチルダに呼び止められた。
「ここで、張ってれば会えると思ったわ」
「ご無事でしたか…」
チルダは火傷も癒えた様子で、二階から飛び降りてきた。
「お礼もしたいから、あたしに付いて来な」
「…」
いつもながら強引な素振りだったが、元気そうで何より嬉しい。
チルダに引かれて着いた場所は高級旅亭のようだ。入口の受付をチルダの顔パスで通過して奥に向かう。
「ここよ」
「温泉浴場ですか?」
見るからに、湯けむりと温泉の香りが立ち昇る。
「そそ、この時間なら人も殆どいないから、デカい温泉を独り占め出来る!」
「なるほど!」
魅力的な提案だ。速攻で洗い場を攻略し温泉へ突撃する。ザブンと波を立て温泉に飛び込んだ。
「あーいい湯だ♪」
石割りの疲労が溶けて快感が体をかけめぐる。少しは筋力が付いたかも。ひとり温泉でちからこぶを確かめる。
そのように浮かれた僕に湯けむりの中、近づく影があった。
「………」
「チ、チルダさん」
ど、ちらっと見るとチルダが温泉に浸かっていた。大事なところは見えてないと思う……まともに顔を向けられない僕にチルダが上気した顔で言った。
「…前に、温泉に入りたいと言っていたと思って…」
「ええ、良い温泉ですね」
「…本当は源泉の方が良いのだけど、あの後に色々あって…」
「………」
チルダの話によると、旧坑道にある換気用の魔道装置を起動したおかげで坑道の熱気が下がりつつあるそうだ。
また、ブラルの息吹と呼ばれる火炎突風による火災で、換気口が燃え上がった影響から周辺の火炎トカゲが集まり騒ぎとなった。
僕とチルダが捕縛された後に、火炎トカゲが換気口の火に飛び込み火災を喰らい尽くしたが、群れの多くが旧坑道に入り込み排除は困難だという。
しばらく経過を見てから対策に乗り出すそうだ。
ただ、火炎トカゲが火を喰う性質が思いのほか強く、旧坑道から新坑道までも徐々に熱気が下がってきているとか。
チルダの話では良い方向に向かっている様子だ。
僕はチルダに気になる事を尋ねた。
「チルダさんは火炎トカゲが鉱山の火災を鎮める事も予想していましたか?」
「…そんなハズないじゃん」
「では、僕を連れて行ったのは?」
「………」
チルダは上気した顔で横を向いた。答える気は無いらしい。
「あと、チルダさんの魔法は発動が早いのか、詠唱が遅れてるのか、もしかして…」
「!…」
突然チルダはマキトに飛びかかり、滑るようにマキトの首に腕を巻き付け、口を塞いだ。
「ぐっ…」
「燃やすよ」
チルダさん!いろいろ当たっていますケド…
僕は意識を失って温泉に沈んだ。
暖かくて朦朧な….。o○
…….。o○
…
◆◇◇◆◇
僕は選別場の寮で目覚めた。どうやら朝の様子だ。今日も強制労働が始まる。混合鉱石を砕き金属鉱石とする工程が次に進むらしい。
鉱石工の男がダミ声で言う。
「手本を見せる。よぉく見ていろ」
武骨なハンマーで鉱石を叩き砕いた。
「均等に叩けばぁ、砕けるけぇ」
僕らは男の指示で石を叩いた。
「まぁだ、まぁだ、なっとらんけぇ」
選別場には僕の他にも年若い人間がいるが、今日は少し人数が減った様子だ。鉱石工が肉体で示す手本をよく観察する。どうやら鉱石の方に魔力を注ぐと良いらしい。
僕は鉱石に魔力を注ぎハンマーを叩きつける。鉱石が砕けた。
「まぁ、まぁ、じゃけぇ」
その日は調子に乗って鉱石を砕き続けた。日当を受け取り寮へ帰る。
夕食のとき、寮の食堂で年若い男に小声で話しかけられた。
「俺はここを出る。あんたもどうだ?」
「………」
僕は食事を続ける。見張りがいる訳では無いが食堂にはひと目もある。
「毎日まいにち、石砕きなんて、やってられっか!」
「僕はもう少し残るよ」
「そうか…」
「………」
それきり男は話しかけて来なかった。
………
次の日、僕らはハンマーではなく底が平らな笊を持たされた。
鉱石工の男がダミ声で言う。
「手本を見せる。よぉく見ていろ」
砕いた鉱石を笊にすくい、鉱石工の男が笊に手をかざすと粉塵が弾け飛んだ。
「魔力選別法だぁ、同じよぉに、やってみろ」
僕らは男の指示で砕いた鉱石に魔力を注ぐが、何も起こらなかった。
「気合いじゃぁ、気合い入れんかぁ!」
選別場には僕の他にも年若い人間がいるが、魔力選別法が出来る人は少ない様子だ。鉱石工の話では良く分からないが…出来る人を観察すると、瞬間的に魔力を加えている。
何度も真似してやってみると粉塵が飛んだ。
「出来るように、練習せぇや」
その日は苦労して魔力選別法を続けた。疲れ果てて寮へ帰る。
夕食のとき、寮の食堂で昨日の年若い男を探したが見当たらなかった。
同僚の噂だと寮を出て傭兵として稼ぐと話していたそうだ。
ここブラアルでは火魔法の才能がある者が多い。火魔法の才能か火の加護があれば戦闘でも優位だろう。
◆◇◇◆◇
次の日、僕らは作業ではなく精錬場の見学だった。
精錬場は選別場からやや離れた場所に建っている。中は熱気が立ち込める場所だった。
引率の職人に続いて見学順路をたどる。どうやらブラル火山から魔力素を集めているらしい。
溶鉱炉での鉱石を溶解し、成分の分離や鋳造の工程を見学する。鍛冶見習いの若者は大興奮の様子だ。
特別に配給された日当を受け取り寮へ帰る。仕事もしないで給金が貰えるとは…予想していなかった。
精錬場の見学は将来に職人の夢と希望がある話だったが、幾人がそのレベルに上がれるだろうか。
こうして職人になる道、傭兵になる道、商人になる道と分かれて行くのかも。…ひさしぶりに、夢を見ながら眠りについた。
◆◇◇◆◇
次の日も作業は笊を持ち魔力選別法の実践だった。
鉱石工の男がダミ声で言う。
「手本を見せる。よぉく見ていろ」
砕いた鉱石を笊にすくい、鉱石工の男が笊に手をかざすと粉塵が弾け飛んだ。
「魔力選別法だぁ、同じよぉに、やってみろ」
僕らは男の指示で砕いた鉱石に魔力を注ぐと、何人か魔力選別法が出来ている。
「まぁ、まぁ、じゃけぇ」
前回よりは進歩がみられる、魔力選別法で鉱石の選別作業を進めた。
その日は魔力不足で倒れる者があらわれ始めた所で作業を止めた。安全措置と思う。
………
次の日も魔力選別法を行う。
今日は魔力不足で脱落する者も少ない様だ。あらかた鉱石を選別して作業を止める。
思えば、あの騒動から半月たつがギスタフ親方の依頼は果たせていない。どうしたものか。明日は休日だから、何か解決方法を考えてみよう。
◆◇◇◆◇
翌日は桃の月の初日だった。ブラアルの町の家々は門前に桃だか、梅だかの花枝をかざり、春祭りを演出する。
穏やかな風が陽気な音楽を連れ、暖かな日差しが春の香りを運ぶ、町は春を祝う祭りに賑わっていた。
通りには食欲をそそる屋台が立ち並び、露店では地域の民芸品や怪しげな小物売りが雑多な商品を並べている。
元からある商家や飲食店はよそものには負けじと、目玉商品や心に残る名物を商うていた。
僕は初めて見るブラアルの町の春祭りに心躍らせて通りを進むと、懸念していた人物に出会った。
「小僧じゃないか」
「お、親方!」
ギスタフ親方がいた。驚いた~。
「なぜ、ここに?」
「話はあとでよかろう」
僕は事情がわからぬまま、ギスタフ親方が指し示す店の二階を見上げた。
そこには、手を振るチルダの姿があった。
………
ギスタフ親方は店員に酒を注文しつつ、店の二階へ上がる。
既にチルダがいる窓際のテーブル席に着くと、店員が酒杯をならべ給仕した。
「小僧の出所を祝って、乾杯じゃ」
「マキトに、乾杯!」
「乾杯…」
ギスタフ親方は酒杯を飲み干し、僕はひと口だけ飲む。発泡酒だがチルダは平気の様だ。
「事情を説明してもらえますか?」
「ごめん、マキト遅くなって…」
チルダが頭をさげる。
「マキトの恩赦を得るには、鉱山の経過観察が必要で…」
「…」
どうやらチルダの話では鉱山の騒動の責任を問われたが、その後の経過で鉱山の熱気が鎮まった事。
旧坑道にある換気用の魔道装置の修理の痕跡と、火炎トカゲの生態の追跡調査の結果で恩赦に決まったそうだ。
何はともあれ、無罪放免のうえに報酬まで貰えるらしい。
チルダが重そうな皮袋をテーブルに置く。
「銀貨が入っている。感謝の気持ちだ」
「受け取っておきます」
報酬を受け取りギスタフ親方に尋ねる。
「そういえば、親方の仕入れの依頼は…」
「その件は問題無い…鉱山の採掘が再開してから火の魔石の価格が下がったんで、予定より安く買い付け出来た」
「…」
「代金もチルダが立て替えてくれたし、オレに文句はねーよ」
僕はチルダに感謝して笑顔を向ける。ギスタフ親方は追加の酒を注文している。
「ありがとう、チルダさん」
「いえ…チルダと呼んでください…」
なぜか顔を赤くしたチルダが俯く。そんなふたりを見守るギスタフ親方だったが、店員が酒杯を給仕した。
「ふたりの門出を祝って、乾杯じゃ」
「ち、ちがいます!」
「何だか…」
春祭りの陽気を眺めつつ三人だけの宴会を楽しんだ。
【続く】
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※ 鉱山の騒動が終結して次の章へ進みます。