ep102 農地の開墾と入植者
ep102 農地の開墾と入植者
僕はタルタドフ村の南にある開拓地で研究の毎日だ。開拓地の川沿いにある岩場には僕の専用の研究工房を設置して魔道具の試作をしている。今は主に魔法の巻物に使用する魔方陣の効果を研究していた。
魔法を発動するため魔方陣の文様を粘土板に彫り付けて、試験材料と魔木トレントの樹液を混合した塗料を流し込み完成とする。
「良うし、出来た!」
僕が早速に粘土板の魔方陣に魔力を注ぐと、
-DOMF!-
粘土板が爆発したが、お約束か……研究には失敗が付き物だ。爆発の威力はさほどでも無いが騒音の被害が多くてタルタドフ村では実験も憚られた。…というか氷の魔女メルティナに研究室ごと村を追い出された。その代償にメルティナからも研究材料を貰っている。
「ゴホッゴホ……まだまだ、実用試験はこれからだ!」
僕は独りごちて試験を続けた。爆発するもの。変化の無いもの。効果の弱いもの。成功したもの。と魔方陣と原材料の組み合わせで最適な製造方法を研究した。原材料は魔木であるトレントの樹液の他に火の魔石、水の魔石、氷の魔石を入手しており用途不明の黒の魔石もある。
また、魔方陣のサンプルは生活用の魔道具を分解して得た魔法回路と、氷の巻物、聖魔法の巻物、海底の宮城で得た推進の魔道具など種類も多い。それに加えて飛竜山地の谷底にあった洞窟か遺跡の魔方陣の記録もあった。
「ふう、今日はこんな所か……」
日が暮れて本日の研究は終了だ。残りは樹液を乾燥させて再度の試験を行い保存性能を見たい。
僕は風呂場に向かった。
………
風呂場は焼物窯に併設されており、竈で沸騰させた湯を露天風呂の形式に汲みあげて注ぐ方法だが燃料となる薪の消費が多い。開拓村の住居や倉庫となる建物を建築するために切り出された木材は暫く乾燥させるのだが、木材置場には枝や間伐材を積み上げて焚き付けの薪にする物と葉や根は畑の肥料用として分類し集積している。そのため、付近の雑木林では密かに自然破壊が進行していた。僕は風呂を焚きつけて湯に浸かった…風呂焚きも結構な労働となる。
タルタドフ村および霧の国イルムドフの周辺には湯に浸かる入浴の習慣がなく、イルムドフの都市部でも川や井戸の水で水浴または乾布摩擦の様な方法が主だ。既に春祭りも終えた時期だけど水浴では身も凍る寒さだろう。僕は是非にでも湯に浸かる習慣を奨めたいが、風呂焚きの手間と燃料にする薪の量を考えると王侯貴族の道楽でしかないと思われる。そんな贅沢な露店風呂にはもうひとつ仕掛けがあった。
「魔力を注いで、発動と…」
僕は風呂場に備え付けの魔道具に魔力を注いで起動した。その箱型の魔道具は唸りを発して露天風呂の湯を循環し加熱する…湯の温度を上げる追い炊き機能だ!それに…もうひとつ。
「風呂上りの贅沢だぜ!」
その箱型の魔道具の基部を開くと氷が降り積もった容器を取り出した。飴色の蜜をかけて試食する。
「うーむ。氷の出来も良い感じぃ~♪」
研究の結果だが、氷の巻物に使われる魔方陣は熱を制御して冷気と熱気に分離する。そこへ水分を与えると一方は氷を生成して他方は熱湯を生成した。羊皮紙で作成した氷の巻物が燃え尽きるのは熱の影響だろう。僕はその特徴を応用して風呂場に「追い炊き機&製氷器」を設置した。…贅沢の極みである。
僕は風呂場の南に広がる草地と荒野の景色を見渡した。草地には露店風呂から出る排水を利用して農業試験場を作成している。試験場には河トロルたちが栽培しているイネ科の植物をなるべく種類を分けて栽培を始めたが、まだ稲は芽吹いたばかりだ。河トロルたちがいつも収穫するのは赤い米や長い米が多い。開拓地の東側には沼地があり河トロルたちの撒いた種籾も発芽している。…今後の生育が楽しみだ。
開拓地には先行して入植の希望者が住居を建設しているが、風呂場には姿を見せない。希望があれば公衆浴場も建設したい所だが、開拓地の住民を増やす方策が先決だろうか。僕はそんな思案をしながら熱い湯に浸かり、甘く冷たい氷を食べた。…自分へのご褒美である。
◆◇◇◆◇
僕らが山賊砦を制圧したおかげでタルタドフ村から東の山賊砦までの土地が開墾可能となった。こちらは雑木林や蔦草の多い低木林地が多くタルタドフ村に帰還した農民が開拓の主体となる。しかし、付近の盗賊団の主体となった山賊どもは退治したが、魔獣ガルムの噂は民間に根強くて山賊砦とその付近の山地に近付く者は少ない。タルタドフ村に近い土地から開拓は進むだろう。
「ロベルト。報告をしてくれ」
「はい」
元従者のロベルトはタルタドフ村で村長代理としての有能な働きをしていた。
「離散していた農民たちが村へ戻っています。彼らには新たな農地を貸し与えて開墾に従事させています」
「うむ。よろしく頼む…」
戦乱から避難していたタルタドフ村の元農民たちは流浪の末に戻って来たらしい。既に元の農地は他人に占拠されており今の住民との軋轢を避ける為にも新たな農地を必要としていた。当初は農地を与えようと思ったが、帝国の法で土地は領主の持ち物だから貸し与えて確実に租税を徴収できる体制が良いと帝国の徴税官ティレル女史に助言をされた。領地の経営に関しては彼女の指導に従うのが良かろう。ロベルトの報告は続く。
「それと入植者の処遇ですが…」
「基本的にはタルタドフ村に住居を構えて東の開墾事業だ。入植条件に同意する者だけ南の開拓地に受け入れる」
南の開拓地には河トロルや岩オーガも出入りしており特殊な土地だ。入植者にはいくつかの制約条件があった。
・余計な争いを避ける為には獣人を差別しない事。獣人を卑下しない事。他種族と対立しない事。
・通貨が流通していないので、商売は物々交換や労働との交換となる。暴利を慎み誠実な取引を行う事。
・人族の言葉を理解しない者が多いので、値札や張り紙は基本文字を利用する事。対話には心身も使うが武力闘争をしない事。
・しかし、荒野には危険も多く最低でも自分を守る事が出来る能力や特技を持つ事。
(そして言外に、帝国法よりも現地の法と仲裁または裁判に従う事)
など
そして、開拓地にある販売所の運営の他には研究材料の提供にしか活躍していなかったメルティナお嬢様からも報告があった。
「例の芝居小屋に帝国軍の手入れがあったわよ」
「それで…?」
どういう容疑か?イルムドフの都市を騒がせる怪盗の件だろう。
「役者の何人かは逃亡したらしいわ」
「うーむ」
僕は劇団の仕事にも楽しみを見付けていたが、続けるのは無理と思う。…残念だ。続いて販売所の収支を確認しメルティナに情報収集の資金を渡す。今後も町の情報が必要だろう。
「販売所の新人たちは使えそうかな?」
「おほほ、見込みはあるわねぇ」
開拓地の住民が増えて販売所は賑わう様子なので、何人かの新人を配属している。その笑いから察すると地獄の新人教育が始まりそうだ。
その後は開拓地の運営方針についても確認した。
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