ep098 広報活動として
ep098 広報活動として
僕は港町イルムドフのトラフ広場に面した小劇場に出演していた。昼過ぎの時間は広場の人通りがいち段落の様子だ。サルサ師が監督する劇団はこの小劇場で午前に一回と午後に二回の公演を行っており今は午後の部が始まったばかりだ。通常公演の「怪盗物語」は長期にわたる連作で好評だったが再演する度に集客は減っていた。
そのため、新作の「クロウバイン英雄譚」が試演された。僕らは急遽の出演者として雇われて舞台に立っているのだが、そこには別の目的もあった。
「さあ、英雄クロウバイン様。この剣をお取りください」
メルティ姫に扮した麗人のアーネストが差し出した剣を僕は英雄クロウバインとして受け取った。
「姫様、これは?」
「精霊剣にございます」
剣を鞘から抜き放つと光に溢れて輝いた。
「すばらしい!」
「うぅ…」
魔物に扮した役者たちが精霊剣の光に怯む様子を見せた。光の魔道具が仕込まれた鈍ら剣だが光輝だけは本物だ。
「はっ!」
「うがーぁぁぁぁ」
英雄クロウバインは手近な魔物を一刀で切り捨てた。魔物に扮した役者は転がって舞台の端に消える。
「主様は 私が守る♪」
「ひっ!ふっ…はっ!」
地の精霊として岩石鎧の衣装を着けた河トロルのリドナスは軽快な動きで魔物を相手に翻弄している。
「覚悟するですぅ~」
「あわわっ」
雪の妖精として白いモフモフの毛皮を着た鬼人の少女ギンナが魔物を頭上に持ち上げた。そのまま投げると怪我をしかねないが、
「た、退散だぁ!」
魔物に扮した役者たちは逃げ出した。どうやら魔物の撃退には成功した様子と見える。。
「メルティ姫様。ご無事ですか?」
「ええ、問題ありません」
すっかり美人の姫様になりきった役者のアーネストは舞台に映える可憐な花だ。僕は英雄クロウバインとしてメルティ姫と伴に冒険を続けた。
………
午後の部は昼食の後で広場の客足が減った時間に上演されるのだが、主な観衆は仕事の無い子供と広場を通りかかった旅行客などであり興行収入は少ない。それでも僕ら出演者たちは観客席を廻り御捻りを集める。その傍らで僕は開拓地の宣伝を行った。
「ここから西に行ったタルタドフ村では開拓者を募集しています! 興味のある方は劇団事務所までお越しください~」
新作の「クロウバイン英雄譚」も連作の構成で続きは明日の上演となる。しかし、僕らの演技は酷い物で…町の子供たちには好評だったが…大人の鑑賞に堪える物とは思えない。どうしてサルサ師は素人の出演者を使う気になったのだろうか。
「ま、最初は仕方ありませんな! この後は稽古に行きます」
サルサ師は公演の反省もそこそこに僕らを河原へ連れ出した。
「まずは、発声練習から! あーえーいーう、えーおーあーお」
「「「 あーえーいーうぅー、えーおーあーおぉー 」」」
僕らは河原で発声練習を続けた。発声には持久力と腹筋が重要だとの話しで、河原を走り腹筋の強化訓練などをした。僕らはサルサ師の指導で午前中と午後の公演の後は芝居の稽古だ。今頃は「怪盗物語」の続きが上演されているだろう。
………
夕方の部は大盛況な様子で観衆も多い。晩飯前の夕刻で仕事を終えた職人や今夜の宿と飯屋を探す旅行客が多い様子だ。広場に面した飲食店も書き入れ時の大忙しとなる。なるほど、演劇の集客効果で広場の商店も繁盛しているらしい。
演目は「怪盗物語」の続編であり既に何度目かの再演だが、広場に並べられたテーブル席には良家の子女と見える団体客が護衛を連れて陣取っており、他にもどこぞの奥様方やご令嬢などの女性客が多い様子だ。
「さあ、今宵も財宝を頂戴したしましょう」
「きゃー! 怪盗さま!」
「あぁ…麗しき…」
「はぁ~」
怪盗姿の麗人アーネスト・メイヤが登場すると広場は黄色い声に包まれた。悲鳴とため息が折り重なって麗人の背景模様の花々となる。舞台の上で怪盗は貴族の屋敷に忍び込み財宝を手に入れ、追手の騎士たちを薙ぎ払いて貴族のご令嬢と相対していた。
「怪盗モレーメ! その財宝は当家の宝。私の命に代えても渡しません!」
貴族のご令嬢の役者が短剣を手にして怪盗の麗人に切りかかった。…おぃ!芝居とはいえ…護衛の騎士たちはどうした。
「これは、姫様。あなたの麗しさに刃物は似合いませぬ」
「うっ!」
難なく腕を取って組み伏せた怪盗モレーメはご令嬢の耳元で囁いた。軽く耳を甘噛みしてご令嬢を突き放す。
「今宵は良い物が手に入りました。では、さらば!」
「あっ!」
貴族のご令嬢は茫然として自分の耳を撫でた。
「モレーメ様…あなたは私の大切な物を盗んでゆきました…」
怪盗モレーメは今夜も大活躍して財宝を手に入れた。
怪盗姿の麗人アーネストが観客席を周ると大混乱となるので、舞台から手を振るのみだが、大量の花束や御捻りが舞台に投げ込まれる。僕らは適当な扮装でそれらを回収していた。
「はっはっは、今夜も大成功ですな。…皆も良くやってくれた!」
サルサ師は公演の成功に満足の様子で役者たちの労をねぎらう。僕らも裏から舞台を見たが興行収入も良さそうだ。収入の半分は劇場の運営費に充てられて残りは出演者のランクに応じて分けられる。当然に僕らは役者の最低ランクの報酬だが本来の目的は開拓地への移民の募集と宣伝だ。毎日の舞台の終わりに宣伝の口上と移民募集の張り紙が出来れば良いのだ! 未だ、劇団の事務所に移民の希望者は現れない。……地道に広報活動を続けよう。
………
その日の夜、僕らは劇団の歓迎会に疲れて宿屋に泊った。最初に物音に気付いたのは河トロルのリドナスだった。
「ッ!?」
「主様、侵入者です…」
リドナスが音も無く飛び起きて外の様子を伺った。鬼人の少女ギンナは夢見心地で眠っている。…野生児も気が緩んだか。
「何人だ?」
「三人…いえ、四人かと♪」
僕は窓の引き戸の隙間から広場を覗いた。大荷物を抱えた男たちが劇場の通用口へ侵入している。
「こんな時間に何の荷物かな?」
「…」
不審な行動だが、その晩は特に騒ぎとならず……次の日も、僕らは芝居の稽古に明け暮れた。
………
数日間の稽古を経て僕らの公演「クロウバイン英雄譚」は幾分か良くなっていた。昼過ぎの時間でもそこそこ観衆が集まる。観客たちは広場のテーブル席で午後のお茶会を楽しみ観劇に趣向を見い出す。
「音にも聞け。これが神秘のちから! 物にも見よ。必殺剣! 妖精乱舞ッ!」
「はいですぅ~」
僕は英雄クロウバインとして剣舞を振るう。剣舞は予め決められた動作と連続技で構成された動きだ。練習通りに魔物の役者が技に巻き込まれてふっ飛ぶ様は派手に見える。
「きゃー可愛い!」
「見てみて…」
「あはっ」
観客の黄色い声が上がるが…可愛いとは?…雪の妖精として白いモフモフの毛皮を着た鬼人の少女ギンナが木製の戟剣を押して舞台に転がる魔物の役者たちを舞台の端に片付ける。いち応…僕が魔物を退治したのだけど…人気があるのは良い事だ。
僕らは演劇を続けた。
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