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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第八章 領地を開拓してみた
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ep094 帝国の徴税官

ep094 帝国の徴税官





 僕はタルタドフ村の邸宅で帝国の徴税官と対峙していた。帝国の徴税官は知的な眼鏡のお姉さんでエルスべリア・ティレルと名乗った。仮設の応接室は壁材の工事も途中で調度品も無く天幕が張られた野戦司令部の様だ。僕は自ら入れた茶を勧めながら尋ねた。


「それで、ティレルさんが帝国から派遣されたと?」

「はい。この地域の税収調査を担当しています」


帝国の徴税官の女エルスべリア・ティレルは眼鏡に指を当て決め顔で言った。僕はこの際に領主としての税務について尋ねた。


「正直なところ、領主の仕事も不慣れで…帝国の税務について教えて頂けると助かります」

「勿論!新らたな領主様に協力するのも私の役目ですわ」


どうやら協力関係は築けそうだ。


「まず、領主の税務とは何ですか?」

「基本的には住民から住居税や人頭税を徴収し帝国に一定の割合で献納する事です」


「一定の割合ですか?」

「クロホメロス卿の場合は皇帝が任命して帝国から派遣された領主様ですから、税収の七割を帝国に献納して頂きます」


領主にも種類があるらしいけど、今すぐに納税を求められて困るのは村人たちだ。


「現金を持たない住民はどうしますか?」

「農民は収穫期に農作物を租税として徴収します。商人であれは毎月に商業税を徴収します。その他にも通行税や迷宮税は都度の徴収となりますので、税収を記録した帳簿が必要ですわ」


「うーむ。税務を担当する人員が必要ですかね……」

「領主の役割としては、税務の他に治安維持や住民の保護、法令の整備から裁判の実施などもありますから、担当する役人を雇用する事もお考え下さい」


僕に税務の経験は無いし帳簿も面倒そうなので誰かに仕事を任せたい。


「人を雇うとなると、金が必要ですね」

「そのための徴税権です。他にも領主の権利としては鉱山の採掘権や森林の狩猟権などがあります」


タルタドフ村に鉱山は無い。迷宮も無いし、森林も僅かだ…荒野と湿原なら浩々と広がるけれど…


「タルタドフ村の住民は農民ばかりですから、租税は秋の収穫期に徴収する事でよろしいですか?」

「ええ、そうなります。私は税務官僚として事前にこの地域の税収調査をしますので、ご協力をお願いします」


ティレル女史は眼鏡に指を当て決め顔で言った。僕に否は無い。


「はい」


僕らはタルタドフ村の現状を調査した。


………


タルタドフ村は30戸程度の集落だ。住民は未成年を含めても100人を超える程度だろう。帝国軍に荒らされた村は空家が目立ち再建は覚束ない。


帝国の徴税官ティレル女史に同行して僕は村の各戸を廻り、事前の税収調査とやらに協力した。住居税は家の大きさ別に課税され、人頭税は15歳以上の成人に課税される。そのため農家では14歳以下の子供は非課税の働き手となる。成人した農民の子は土地があれば独立して田畑を耕す事が出来るが、適度な土地が無ければ町に出て仕事を探す事になる。開拓事業は農民を定着させて税収が安定する為に重要だ。


「いかがですか?」

「やはり、農民の定着率が悪い様です。農村部にしては食糧事情も良くない」


ティレル女史は村の惨状に顔色を悪くして呟いた。帝国の税収が減るのは税務官僚としても見過ごせないのだろう。


「食糧を配給してから、少しは改善していると思います」

「そういえば、開拓地を手がけていらっしゃるそうですね」


どこから情報を得たのか…帝国の財務部の諜報能力も侮れない様子だ。


「ええ、まあ……ご案内致しますよ」

「うふふ、それは楽しみですわ」


僕らは開拓地へ向かった。


………


帝国の徴税官をボロ馬車に乗せるのは失礼かと思ったが、ティレル女史は鎧を付けた軍馬に乗り同行した。軍馬の頭兜には鋭い角が槍の如くあり、突撃する際には凶器となるらしい。それに比べてティレル女史は軽装の旅装束のため騎士には見えない。やはり帝国貴族でも文官と思える。


タルタドフ村から南へ少し荒野を進むと開拓地がある。村から日帰りするには丁度良い距離だ。開拓地は溜池と南北に延びる水路の土木工事が終わった所で、水路の周りには河トロルの草庵が立ち並んでいる。僕は事前に警告して河トロルたちを湿地に帰還させたので、今は草を編んだテントの様な草庵は無人だ。


「ここが開拓地です」

「これは、農業用の水路ですか?」


「はい。工事が始まったばかりです」

「なるほど、水門と工事用の天幕ですか…ふむふむ」


帝国の徴税官ティレル女史は遊水地に設置された水門と販売所として利用していた三角岩の天幕を検分している。


「いかかされましたか?」

「商人を集めるなら、商業登録をするギルドの支部が必要ですわ」


目聡く露店の跡を見つけてティレル女史が言うのに、僕は動揺を隠して頷いた。今日は行商人のベンリンが来ない日で助かった。あとは岩オーガ族が姿を見せなければ完全に隠蔽できる。


「なるほど!」

「出来れば、早めに開拓民として農民と兵士を募集するがよろいしかと思います」


ティレル女史は提案するのだが、


「考えてみます」

「是非にも協力させて下さい。うふふ」


僕は開拓地の課税対象について考えていた。



◆◇◇◆◇



帝国の徴税官の女エルスべリア・ティレルはタルタドフ村の新任領主クロホメロス卿の開拓地の税収を査定した後、近隣のユミルフの町へ向かった。ユミルフの町も近年に帝国の版図に加わった領土だが、現地の有力者と言われるユミルフの領主カペルスキーの館を訪れる予定だ。


タルタドフ村と比較しても戦禍が少ない様子のユミルフの町は人口も多く税収は安定している。宿舎とするならユミルフの町の方が高級な宿があるだろう。ティレル女史は思案をしながら愛馬カイエン号を走らせた。


「がははっ、お待たせした徴税官殿。ワシがユミルフの領主カペルスキーだ」

「エルスべリア・ティレルです」


領主のカペルスキーは豪快を装う髭面の壮年の男だ。上等な衣服を着ているが、所作に品性の無い田舎のオヤジと見える。


「晩餐の用意もあります。是非にも当家にご滞在ください」

「お世話になりますわ」


カペルスキーの言葉は丁寧だが女を見る目付きは厭らしい…ティレル女史は顔色も変えずに答えた。


「すぐに部屋に案内させましょう。早々こちらへ」

「…」


地方では徴税官が饗宴を要求する事も多いので、カペルスキーも気をまわして晩餐の用意をしたのだろう。女中に案内されてティレル女史は屋敷の奥へ入ったが、女中の給仕服の内には奴隷の首輪があり体にも打撲の跡がある事を見逃さなかった。


………


晩餐会に出席したティレル女史はその細い腰を締め付ける様式のドレスにも増して着やせする体型らしく胸部の山谷が魅力的に映る。しかし、本日の夜会には彼女が魅せたい殿方も無くて残念な様子だ。


ユミルフの町の領主カペルスキーが屋敷に抱える料理人は地方と思えぬ洗練された腕前らしい。この土地の食材を帝国風の季節料理として調理しているのは、ティレル女史も満足な顔を見せた。


「いかがですかな。当家の料理は?」

「美味しく頂戴いたしました」


領主のカペルスキーの髭面は正視に堪えないが、料理人の腕は称賛できる。


「がははっ、それは良かった。こちらは地酒ですがどうぞ」

「ええ…」


赤味をした琥珀の酒は北方の蒸留酒と見える。上手い料理の後に苦味のある酒も良いだろう。ティレル女史は酒精に負けた訳ではないが目眩を覚えた。


「おや?お加減が悪いご様子」

「いえ、大事ありません…ぅ」


これまでは疲労もなくこの地の税収を査定してきたハズだが…


「旅のお疲れでしようから、すぐにお休みください」

「では、失礼…いたします…」


まずい酒に何か遅効性の毒物を盛られたか。ティレル女史は女中の手を借りて客室に戻った。無駄とも思えるが部屋の鍵をかけて寝台に倒れ込む。この部屋は上階から屋敷の庭園が見晴らせる位置にあると思うが夜陰に紛れて外の景色は見えない。こんな事であれば夜会を断るべきだった。


そんな後悔も明けぬうちに客室の鍵が音も無く外れた。扉の開く気配と隠す様子もない足音がティレル女史の横たわる寝台に近づいて来た。部屋の明かりは未だ残っており、振り返れば侵入者が見えるハズだ。しかし、その必要は無かった。


「がははっ、薬が効いたかッいい尻してやがる」

「ッ!」


この下卑た笑いと共に、寝台を軋ませて髭面のカペルスキーがティレル女史に圧し掛かった。


「ぐへへへ、あぅ!」

「ひゃん!」


ドレスの裾を捲って臀部に棘の様な口髭を擦り付けた様だ。ティレル女史は臀部をカペルスキーの顎に打ち付けて寝台から逃れたが、足が縺れる様にして転倒した…痺れ毒か。


「生き足掻く獲物を狩るのも悪くない」

「くっ…」


髭面のカペルスキーは逃げ惑う獲物を追い楽しむ様子だ。ティレル女史は痺れた手足を必死に動員したおかげで、窓際のカーテンに掴まり立ち上がるが、やはり手足に力が入らず平衡感覚もおかしい。そのまま後方へ転倒して尻餅を付くと見晴らしの良いバルコニーに出た…夜風が冷たい。


「今夜は楽しもうぜぇ」

「カイエン!」


誰も助ける者は居ないと見えたバルコニーでティレル女史は愛馬の名を呼んだ。どこにも逃げ場は無いが、力無い手足と臀部も使って後ずさり距離を取る。


「お前の男か!ぐふふふ」

「…」


-HIHYNN!-


ティレル女史は背にしたバルコニーの手摺りを乗り越えて後方へ落下した。下階は庭園の庭木か石畳かという…そこへ厩舎を蹴り破って愛馬カイエン号が駆け付けた。頭を振って身体を受け止めると脱力した様子のティレル女史を背に乗せた…無事である。


「何だとッ、馬か!?」


そのままカイエン号は暗闇の中で屋敷から逃走した。





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