ep092 開拓地の春祭り
ep092 開拓地の春祭り
開拓地の三角岩に隣接した天幕ではメルティナお嬢様が店を開いていた。河トロルの戦士と見える者が山菜と魚の干物を買ってゆく。メルティナが店頭で接客する様子は氷の魔女とは思えないだろう。
「ほほう。これは珍しい、研究対象じゃ!」
「こんな所に村が……むむっ、商店がありますがッ」
「ここが、マキトさんの開拓村ですかぁ。緑が少ないっ。チャ」
ちみっ子教授は河トロルを研究対象と見ているらしい。行商人の男ベンリンは店頭で働くメルティナの様子を見ている。森の妖精ポポロは草木が少ない事に不満な様子だ。僕はボロ馬車を停めギンナと手分けして積荷を降ろした。
ひと通り荷物を片付けて開拓地を見渡すと、行商人の男ベンリンが露店に商品を並べていた。…商売を始めるらしい。メルティナの店では山菜や魚の干物などの食糧品と僕が作った焼き物の土鍋や壺などを売っている。また、河トロルたちは金銭をも持たないので、彼らが狩猟した獲物や川魚を買い取り物々交換の様な事も行っている。
河トロルの多くは人族の言葉を話せないが、指差しと身振り手振りで問題は無いらしい。メルティナの様子を見習って行商人の男ベンリンは商売を始めた。さすが商魂が逞しい。
開拓地の中心から東の荒野には沼地と森林に接する場所があった。沼地の先には小川が流れて水場となっている。その荒野と沼地の境目に森の妖精ポポロがいた。種子を地面に埋めて沼地の水をかける。
「むむむっ、目覚めよ…【発芽】」
森の妖精ポポロが魔力を込めると大地が芽吹いた。
「健やかな大地のちから…【成長】」
草の芽も木の芽も一斉に伸び上がると、木の芽が伸びて草の丈を追い越した。みるみるうちに幼木は人の背丈ほども伸びた。
「花よ咲き誇れ…【開花】」
疎らな木立に梅か桃のような小さな花が咲いた。僅かばかりの桃の香りがする。そういえばトルメリアでは春祭りの時期だろう。僕は咲いたばかりの花を眺めた。
その時、開拓地の南で騒ぎがあった。振り返ると巨体を揺らして岩オーガが突進している。
「危ないッ、ギンナ!」
「っ!」
僕は咄嗟に叫んだが、岩オーガは滑り込む様にしてギンナの前に平伏した。手には玉石と見える石を捧げ持っている。
「オラの ヨメニなってくれ!」
「……嫌ですぅ!」
突然の岩オーガの求婚に驚いたが、鬼人の少女ギンナは即答で断った。なおも平伏している岩オーガだが、ギンナの気持ちは動かない様子だ。
「ほほう、岩オーガ族の求婚か!? 貢物の様じゃが……」
ちみっ子教授は岩オーガの求愛行動を見て、興奮した様子のまま何かの書類を書いていた。…研究用の資料だろうか。
僕らは桃の木の元に料理を持ち寄って集まり宴会を開いた。人族も河トロルも岩オーガも妖精族もいる。
開拓地の春祭りとして宴会は日暮れまで続いた。
◆◇◇◆◇
僕は焼物窯に隣接した風呂の竈に焚き木をくべた。
「火力を集めて…【集熱】」
炎の高温部分を集める。
「風呂釜へ誘導して…【伝導】」
火勢の誘導も思いのままだ。
「そして、追い炊きには…【高熱】」
ぱちぱちと薪が燃える。
「ふう~」
風呂場には葦よしで編んだ壁を立てているが、中から幼女三人の嬌声が聞こえる。販売所を終えたメルティナお嬢様は早々にタルタドフ村へ帰った。氷の魔女は熱い風呂は苦手なのだろうか。
「ほーれ、ほれほれっ!」
「きゃふぅ」
「あたいが一番お姉ちゃんですぅ」
壁の向こうの様子が非常に気になるが、僕は薪割りに努力した。ちみっ子教授と森の妖精ポポロと鬼人の少女ギンナの三人の中では、ギンナが頭半分は大きい。しかし、体の成長は年齢とそれなりだろう。ちみっ子教授は年齢不詳のロリBBAだし、森の妖精は大人になっても幼児だし…将来的にもギンナは有望株だ。結局にギンナは岩オーガの求婚を断ったらしいが、岩オーガは貢物としての玉石を置いて帰った。玉石の製造方法は秘密だが…僕は微妙な気分だった。
「にょほ、ほほほ……」
「いやーん。助けてぇ!」
「お仕置きですぅ~」
あまり興奮すると明日の調査に差し支えるだろう。風呂場の設置は僕の初期構想にはあったが、ちみっ子教授が開拓地に滞在する様になつてから計画は前倒しされた。河原の下流にある岩場から手頃な岩を集めて粘土で固めて焼きを入れた湯船は露天風呂の風情がある。
「そんな事では、大きく育たぬぞよ」
「頑張る。チャ!」
「はいですぅ~」
何を頑張ると言うのか。ここ最近はちみっ子教授の研究と調査で周辺の荒野から湿地を走り廻っている。魔物の生態や河トロルと岩オーガなどの民族調査と研究をしているらしい。おかげで有益な薬草や植物と有望な地形を発見した。
「あぁ、いい湯じゃのぉ♪」
「いい苗床ができそう…」
「うふふん、ふふん♪」
開拓村の販売所では河トロルが取った川魚の他にも葦よしで編んだ敷物や壁材を買い取っている。風呂場の外壁も河トロルの葦よしの出来だ。行商人の男ベンリンは露天で生活用具を販売していたが、河トロルから葦よしの敷物を買い取りトルメリアへ帰還すると言うので河トロルのリドナスを道案内に付けた。無事に帰り着けるだろう。
販売所の商品が増えたので売り場の天幕を広げて店舗の裏手には商品を保管する倉庫を建てた。将来的には店舗の裏が生活空間となる予定だ。そういえば、宴会をした桃の木に隣接した沼地には河トロルが寝起きする草庵が出来始めた。草庵は簡易に葦よしで編んだテントの様な物だ。
「マキト~熱い湯を追加じゃ」
「は~い」
僕は沸かした湯を外の注ぎ口から湯船へ流し込むが、大変な重労働なので自動化したい所だ。水流の魔道具が使えるかも知れない。直接に風呂を温めても良いのだが温度調節に難儀しそうだ。
◆◇◇◆◇
僕らがタルタドフ村に食糧を届けると村の状況は安定した。ユミルフの町の領主カペルスキーがの嫌がらせと思が、タルタドフ村からの行商にバカ高い商業税を要求されて…損を覚悟に山菜や川魚の燻製を売っていたが…自家消費した方がマシな状況となった。さらに、タルタドフ村で疫病が流行したと偽の噂を流されて行商人も途絶えて、タルタドフ村民がユミルフの町へ入る事も規制されている。
その対抗策として開拓地とその南から食糧を輸送して急場を凌ぐのも、春野菜が収穫できるまで頑張ろう。僕がボロ馬車を仮設の村長宅に停めているとメルティナお嬢様が現われた。
「あなた。評判が悪いわよ」
「えっ?…最近は、食糧の調達に頑張っているのだけど…」
意外な話に僕は驚いた。
「おほほ、配給もタダではないでしょう。金銭に執着した貧乏領主という評判ですわね」
「貧乏は否定しないけど、食糧の配給は無料には出来ないよ!」
村人の評判を買うのに無償で食糧援助をするのは財政的に無理だ。
「村人も領主様のご苦労には思い至りませぬ事よ」
「それなら、開拓地まで買い付けに来てもらえば……どうかな?」
当面の食糧は確保できたし緊急の用件ではないだろう。
「おほほ。それは、良い考えかも知れません」
この後は村人の自助努力に任せたい。
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