ep086 タルタドフの領主
ep086 タルタドフの領主
僕はタルタドフの領主に任命された。帝国軍情報部のユングスト・ケプラー少佐が皇帝陛下の命令書を携えて来て言うには、帝国の領土となったイルムドフ王国の辺境にあるタルタドフの集落がグリフォンの英雄に与えられるそうだ。
そういえば、以前に皇帝陛下に拝謁した際にはどこの土地が欲しいかと尋ねられた記憶がある。たしか、トルメリア王国と霧の国イルムドフの間に広がる荒野から魔境の周辺だったバズだ。タルタドフとは初めて聞く地名の事もある。
途中で山オーガ族の集落に立ち寄り険しい山を越えた。山オーガ族の協力なしでは越えられない急な崖や峻嶮な岩場を越えてタルタドフに到着した。冒険譚は老後の執筆にしよう。
獣人の戦士バオウと風の魔法使いシシリアには幌馬車を預けて別れた。ついでに氷の魔女メルティナと従者のロベルトを次の宿場町まで送ってもらうと考えたが二人は僕らに同行した。借金のカタは不要だというのに…茶番だ。メルティナが呟くのにロベルトが応えた。
「おほほ、ここがタルタドフですか」
「村というより…廃墟のような…」
「…」
タルタドフの村は開拓村の様式の数十戸ばかりの集落で、行政官が駐在する土地とは思えない。僕は焼け落ちた家屋を横目にして無事な建物を訪ねた。
「帝国軍が、みーんな持って行きおった…」
「村長の家も焼かれて…気の毒にのぉ…」
「冬には死人も多く…」
「………」
村人の話では、トルメリア王国と争った帝国軍が撤退する際に家財や食糧を持ち去ったらしい。帝国の領土となった土地に酷い仕打ちだ。僕はタルタドフの領主となって早々に頭を抱えた。領主に任命されたが何も知らない小僧である。
とりあえずでも村人の飢えを凌ぐために、近隣のユミルフの町へ食糧の買い出しに向かった。ユミルフの町はタルタドフ村から北へ半日ほどの距離にある。石と土で固められた城壁が町の周囲に見えるのはこの辺りの建築様式だろう。町の出入りに身分証明として帝国の冒険者証が通用するので、ここが帝国の支配下にある町だと実感できる。
通行料を支払い町に入るが、ミスリルの冒険者証でも騒ぎにならず、ひと安心する。偽装に松脂を塗ったのは秘密だ。…田舎町ではこの程度でも良いのか。
ユミルフの町では冬籠りも終わり春へ向けての準備が始まっている様子だ。春の山菜や木の芽は小さくて価格が高いのも頷ける。僕は市場で食糧品を買うが安い芋や根菜などが多い。資金は護衛の報酬と貝玉を売って山分けした分にタンメル村の戦車競走で得た賞金等があり、本来ならば旅を続ける資金にしたいものだ。
農家で使う荷馬車を購入して食糧を積み込む。帝国の都市を旅する幌馬車は僕が改造して乗り心地も良いが、この荷馬車は最悪に尻が痛い。素材があれば改造したい所だが今は資金も時間も無くて辛い。僕は早速にタルタドフ村へ戻ると食糧の配布と領主に就任した挨拶まわりだ。村長もいない荒廃した村だが食糧の支援は無料ではなく長期の貸付にしておきたい。あまり厳しくすると村人が逃げ出す事もありうる。
………
タルタドフ村の主な産業は農業の様子だが収穫が無ければ租税も徴収できない。せめて街道沿いならば通行税と宿泊税で日銭を稼ぐ事も可能だけど、タルタドフ村の南には魔境と呼ばれる荒野が広がるのみだ。北のユミルフの町との交易では高が知れている。
村の東側は農地で春に収穫できる野菜が植えられているが、微高地のためか水利が悪い。その先に見えるなだらかな山地を越えると海が見えると思うが、道も無くかなりの距離があるだろう。僕はグリフォン姿のファガンヌに乗り上空から見たイルムドフ王国の全景を思い出す。海側に漁村があった筈だが何と言ったか。
東に目を向けると峻嶮な山脈が見える。山の端まで開墾が進んでいない様子を見ても、ここの人口だけでは新規の開拓事業は無理だと思う。帝国の徴税官が派遣されるまでに何とか日銭を稼ぐ方法を手に入れたい。
僕は鬼人の少女ギンナと従者のロベルトを村に残して山へ向かった。従者のロベルトは氷の魔女メルティナをお嬢様と呼んで付き従い村に残る事に抵抗したが、メルティナが命令すれば従う他にない。
「ロベルト。私のお部屋を準備しなさい」
「はい。お嬢様」
「ギンナ。瓦礫を片付けて泊まる準備を」
「はいですぅ~」
廃墟の様な村長の屋敷の跡地に二人を残して、僕はメルティナと山に入った。山際は残雪があり足場も悪くてまだ人が踏み入れられる状態ではない。
「メルティナ。頼む」
「おほほ、マキト様。お任せ下さいませ!【除雪】」
前方の積雪が退いて間道が現われた。氷の魔女メルティナの除雪は生活魔法と言うが便利なものだ。一家に一台の氷の魔女が欲しいぐらい…
「ありがとう、本当に助かる」
「んっ」
メルティナは照れ隠しにか先の除雪を始めた。しばらく雪を掻き分けて進むと冷たい雪解け水が流れる沢に出た。沢に沿って上流へ進むと山菜の群生地を発見した。僕は水筒をメルティナに渡した。
「メルティナ。休憩してくれ!」
「おほほ、気が利きますわね」
水筒を開けると湯気が立った。トルメリアで発売された魔法の瓶だが、保温と断熱の構造でも魔道具ではない。メルティナは魔法の瓶の蓋をカップ代わりにしてちびちびと熱いお茶を飲む。氷の加護があっても猫舌は保護されないようだ。僕は沢に自生した山菜を刈り取り青い茎を齧った。
「かっ、辛い!」
「あら?」
僕は涙目で山菜を見詰めた…当りだ!…以前にイルムドフの港の屋台で見た山葵に似た植物だろう。薬草として使えると思う。早速に大きく育った山葵を刈り取る。自分用ならば中程度の物が旨いのだけど、実験用には大き目の方が良いだろう。あとは目に付いた山菜を採って村に帰った。
………
タルタドフ村に戻ると村長の屋敷の跡地は瓦礫が撤去されてそれなりに整備されていた。ギンナの怪力であれば夕飯前に片付くだろう。幸いにも屋敷は半焼程度で使える部屋もある。荒らされた様子の室内と壊れた家具を片付ければ雨風は凌げる。
「ロベルト。お部屋はどうかしら?」
「はい、お嬢様。整えてございます」
「…」
従者のロベルトがメルティナお嬢様を優先するのは毎度の事だ。お嬢様から名前を貰って解雇されたのだが物好きに今も仕えている。僕は焼け跡の一角に竈を作成する。
「料理用の竈と煮炊きの鍋を…【形成】」
旅の最中に何度も作成するため、粘土を捏ねて生活道具を作る形成の魔法は得意技だ。ついでに土鍋も用意する。鶏肉と根菜を土鍋で煮込み最後に薄切りにした山葵と山菜を入れて完成となる。熱で山葵の辛さが抑えられて良い感じだ。メルティナお嬢様が着替えて焼け跡に現われた…料理の匂いを嗅ぎ付けたろう。まだ、食堂は整備されていないので木箱に布をかけてテーブルとする。
「おおっと、椅子が足りないか…【切断】」
廃材の丸木の柱を適当に切って椅子を作る…工房で鍛えた技が役に立つ。旅の最中から料理は僕の担当だが、当然の様に皆が集まるのは自然のなりゆきか。…食事にしよう。
「いただきます」
「何なの?その呪文は…」
「食べたいなら、呪文を唱えよッ」
「「「 イタダキマス! 」」」
僕らは鳥鍋の山葵風味を味わった。
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