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無色魔法使いの異世界放浪ちゅ ~ 神鳥ライフ ◆◇◇◆◇  作者: 綾瀬創太
第七章 帝国北部紀行
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ep085 ナーム湖の水龍

ep085 ナーム湖の水龍





 僕らが峠を越えるとナーム湖が見えた。針葉樹林に囲まれた湖は雪景色に飾られて静謐な鏡の様だ。


「あれが、水龍が棲むと言うナムー湖ね」

「GHA …」


「おほほ、麗しき、ナムー湖」

「ナムー湖ですぅ~」


感動に浸る僕らをよそに護衛の男ケーニッヒが逃げた馬を連れて来た。指笛ひとつで戻って来る賢い馬だが、


「すまん、大事な荷物を無くした……貝玉の入った袋だ」

「えっ!」


ケーニッヒの話では馬に乗せていた水龍への貢物のひとつ貝玉を失ったらしい。


「町へ戻っても、すぐには手に入らぬっ」

「貝玉なら、僕らも持っていますよ」


「なんだと! 是非にも譲って頂けないか?」

「良いですよ」


僕は海底の宮城で手に入れた貝玉を提供した。ケーニッヒの話では貝玉は水龍の大好物で貢物には欠かせないらしい。


「馬も治療しておきましょう…【殺菌】【消毒】」

「ッ!」


馬の矢傷を手当するが、学院の実験室で鍛えた技だとは言えない。


「止血にはこの薬草を傷口に当てて下さい」

(かたじけな)い」


僕は馬の手当をケーニッヒに任せて荷物を片付けた。冬の晴れ間は貴重だとして先を急ぐ。目的地のナムー湖はすぐ目の前だ。峠の下りは比較的にゆるやかで楽な行程だった。ナムー湖に注ぐ河川は見えないがすり鉢状の地形に溜まった水源だろう。僕らは湖面に近づいた。


ケーニッヒの指示で祭壇の様な平らな岩の上に家畜の肉を積み上げる。牛車として連れて来た牛に似た魔物も屠殺して祭壇に供えた。すると血の匂いに釣られたかナムー湖の水面が隆起して小島が現われた。小島には凹凸があり農家の小屋ぐらいなら建設できそうだ。


僕らが驚いて見つめる小島は、なおも隆起して水龍が顔を覗かせた。よく見ると水龍が小島を背負っている様子だ。…いや、巨大な亀の様にして小島が胴体か!僕らは驚愕しつつも巨大亀の水龍と対面した。


「水龍!トールサウルよ……貢物を奉納いたします」


そう言ってケーニッヒが貝玉を祭壇にばら撒くと水龍トールサウルが大口を開けて供物に噛り付いた。ゴリゴリと歯を鳴らして貝玉を味わっているらしい。…どんなスパイシーな味わいか。僕らは水龍の食事に圧倒されていたが、急に水龍トールサウルが首を傾けてケーニッヒを見た。


「危ない!」

「うあぁぁ」


水龍トールサウルが首を振ってケーニッヒを弾き飛ばした。巨体にしては素早い動きで水龍トールサウルは転進して湖面に戻ってゆく。僕は水龍トールサウルの目が光った様な気がして警戒したが、ケーニッヒに怪我はなく大事にはならず。…これでひと安心できる。


「ふう、本来であれば、領主一族のお役目ですが……水龍が暴れなくて助かりました」

「ほっ」


僕らは目的を果たしてベイマルクの町へ帰還した。帰路では山賊の首魁の身柄を回収しようと思ったが既に逃げた後の様だった。犯罪奴隷として売れば何かの労働力になるハズだ。…もったいない。


積み荷を空にした荷車を曳いても帰路の足取りは軽かった。




◆◇◇◆◇




宿場町ベイマルクの領主の館に帰還すると、相変わらずに厳重な警備の応接室に通された。僕らは豪華な装飾がある応接室で先客と対面した。


「ふっ、クロホメロス卿。お久しぶりだ」

「情報部!の……」


「ユングスト・ケプラー少佐だ」

「GUU …」


貴族の応接室には帝国軍の兵士が詰めていた。ラドルコフ伯爵家のご令嬢エメイリアと会談していたらしい。エメイリアの背後にも護衛がいて戸口の反対側にも護衛がいる。帝国軍の兵士と合わせて十数名ほどだ。情報部のユングスト・ケプラー少佐は冷たい笑顔を見せて話した。


「任務を完了したそうだが、ご苦労」

「ええ、こちらの手間も省けるわ」

「…」


僕らは帝国軍の情報網に補足されたらしいが、伯爵家のご令嬢エメイリアが言う意味が分からない。


「これは今回の報酬です。それと奴隷の売買契約書……ケーニッヒ」

「はっ!」


エメイリアお嬢様が言うのでケーニッヒが報酬の金貨が入った皮袋と契約書らしき羊皮紙の巻物を持って来た。羊皮紙にはずらずらと見知らぬ名前が記載されている。山賊の名前としてか?女の名前もあるが…どういう訳か。僕が契約書を読んでいるとエメイリアが説明した。


「避難民の売買契約書です」

「えっ!」


「彼らは大した財産もお持ちでないでしょう。けれど、滞在費もばかにはなりませんもの……」

「そう言う事だ」


僕はエメイリアの説明に驚いたが、ユングスト・ケプラー少佐が後押しする様子だ。お嬢様の差し金だろうか。僕はなす術もなく奴隷の売買契約書にサインした。元カエツ村の避難民たちは奴隷商人に引き取られて行った。


………


閑散としたベイマルクの宿舎に残ったのは六人…僕とギンナ、バオウとシシリア、メルティナとハンス。今回のナーム湖までの護衛依頼の報酬は貝玉の代金も含めて十分に支払われた。しかし、元カエツ村の避難民を全て買い戻せる金額ではない。貝玉の代金を引いて報酬を山分けすると氷の魔女メルティナが言った。


「ここまで、村人たちを連れて来て頂き、感謝いたします……村人の護衛依頼の報酬です。これに署名を」

「…」


メルティナは先程の報酬と自分の財産と思われる皮袋を差し出した。羊皮紙は受け取りの確認だろうか…村人の護衛依頼に契約書は無かった。


「遠慮なく頂くわ」

「GUF 当然の働きだ」


僕が受け取りのサインをすると、風の魔法使いシシリアが報酬を山分けする様子だ。僕はメルティナに尋ねた。


「メルティナ、村人たちの事は良いのか?」

「ええ、借金奴隷ならば、自分の身を買い戻す事も可能ですし…」


僕は元カエツ村の避難民たちの今後を心配したが、それほど悪い待遇ではないらしい。メルティナお嬢様がハンスを呼んだ。


「ハンス!今日まで良く仕えてくれました……私には財産もありませんが、名を贈ります」

「お嬢様。有難き…幸せにございます…うっ」


長い間メルティナに仕えて来たのだろう、涙を浮かべた主従が別れを惜しんだ。


「その名は、ロベルト」

「はい…」


そして、メルティナお嬢様からハンスへ名が贈られた。名誉に言葉も無くロベルトはお嬢様の手を取って泣いた。




◆◇◇◆◇




◇ (あたし神鳥(かんとり)のピヨ子は水龍が姿を消したナーム湖の上空を旋回した。神鳥(かんとり)魔法【神鳥(ゴッド)威光(オーラ)】)


渡り鳥の形態で羽ばたく鳥が威光を見せて輝く。それは魔力の残滓を残して冬空に円を描く様子だ。しばらくしてナーム湖の水面が隆起する。


…我は神聖にして不可侵のトールサウルなり。むっ、小娘よ我を呼ぶのはお前か?…


◇ (ずいぶんな挨拶じゃないのッ…こんな山奥で旧知に出会えるなんて驚きだわ)


…ふん、そう言う事かッ。我はかの者に見覚えがあるぞ…


◇ (あらあら、お爺ちゃんは既にボケ始めた様子ね。ご主人様(マキト)が此処に来るのは初めてのハズだわ)


…我は見知る魂の輝きを、そういう小娘も随分と小さな体と見えるが…


◇ (ええ、神鳥(かんとり)に転生したのは望外の結果だけど、ご主人様(マキト)の道案内も良いものよ)


…むっ、小娘が案内人とは冥界への導き手であろうが…


◇ (失礼なッ。転生者とはいえ今生の魂は曇りも無くて美しい物だわッ)


謎の会話をする水龍トールサウルと神鳥(かんとり)のピヨ子だったが、渡り鳥はナーム湖から飛び立った。


…待てッ小娘よ。我は対話を欲する…


◇ (お茶の時間に間に合わないのよ…また来るわッ)


そう言って渡り鳥の形態で神鳥(かんとり)のピヨ子は飛び去った。




◆◇◇◆◇




僕は幌馬車を走らせて西へ向かった。急ぎの旅も次の宿場町でお別れだ。僕は御者台で手綱を操作しているのだが、氷の魔女メルティナが隣に座りやたらと距離が近い。


「おほほ、マキト様! 今日は宿にお泊りですか?」

「そうだね…」


「村人の護衛に報酬はお支払しましたが、私の分の料金はお支払できません!」

「あぁ、あの契約書だね…」


報酬の受け取りにサインした羊皮紙は、メルティナ自身の売買契約書だった。護衛の料金の代わりにメルティナ自身をマキトに差し出すと言う。…氷の魔女の罠だ。仕方なく次の宿場町までメルティナが同行する事になった。改名したロベルトも同乗している。…茶番だ。


「ギンナ。途中で山オーガ族の村に立ち寄るかい?」

「小娘など捨てても、よろしくてよッ」


氷の魔女メルティナが冷たい視線で鬼人の少女ギンナを見る。ギンナは山オーガ族の出身だ。久しぶりに里帰りするのも良いだろう。


「ひーんぅ。英雄さまっ! あたいを捨てないで下さいぃ!」

「大丈夫、ギンナは捨てないから」


捨てられた子猫の様にして半泣きのギンナが僕の背中に取り縋る。氷の魔女の意地悪だろう。


「おほほ、次の町が楽しみですわ」

「そうだね…」


僕は納得できない気持ちを乗せて幌馬車を走らせた。





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