010 火炎の始末と顛末
010 火炎の始末と顛末
チルダは旧坑道を換気する魔道装置がある部屋の入口に陣取っていた。奥ではマキトが魔道装置の修理をしている。これを起動すれば坑道の熱
は火炎突風と共に外部へ排気されるはずだ。
「準備できました!」
部屋の奥からマキトの声が届いた。火炎突風へ対抗するために準備をする。
「ん…【火幕】」
火の結界がチルダの前に現れた。ごひゅー。精霊への贄となる鉱物を火にくべると火勢が上がった。
「始めてくれッ あたしは手が離せない!」
「…3、2、1、ゼロ!」
マキトがカウントダウンする声が坑道に響くのに合わせて、チルダは呪文を詠唱した。
「火の最上神ハラムナプトルに姿なく 地の底から湧きあがる 奔放たる火炎の王ボルサルパリオよ…」
ごごごごご。その時、地響きと共に坑道が揺す振られた…来たか。
「チルダリア・ユーブラルが真名をもって請願する。我が元へ炎の眷属を遣わし給へ!【火精招炎】」
火の結界の先に盛大な火柱が5本燃え上がった。それぞれの火柱は腕・脚・胴を形ち作り燃え上がる火炎の精霊となる。
その時、いちだんと巨大な火炎突風が坑道を吹き荒れた。チルダが火炎の精霊に命じる。
「喰らい尽くせ!」
-GOFOWOWOWOW-
鉱山の火炎突風とチルダが使役する炎の精霊とがぶつかる! 旧坑道の全ての火炎が集まるかの勢いで、火炎が火炎を喰らう光景は長く続いた。
「あたしの全てを燃やし尽くしても止めてみせる!」
ごひゅー。ごごごごご。
◆◇◇◆◇
僕は魔道装置の動作を見守っていた。坑道の暑さが増した様子だが火鼠のマントが熱気を弾く。その時、装置を繋ぐ魔力線に火が着いた。…過
負荷のようだ。
「まずい!」
火を踏み消して応急処置をする。まだ、坑道の振動は続いている。別の個所からも次々と火を噴く様子だ。
「熱っち、こっちも…」
あわてて踏み消すが、さらに回路が火を噴く。
「ダメだ! 間に合わない」
咄嗟に千年霊樹の杖を突き刺して火を消すが、バチッと杖が焼け焦げる音がした。
「ちっ!」
見ると杖が輝くほどの魔力の流れが現われた。どうやら偶然にも魔力線の流れが安定した様子だ。
「ふう……」
水筒からぬるま湯を飲みひと息ついた。気付くと振動が収まっている。僕はチルダの様子を見に部屋の戸口へ向かった。
………
部屋を出て坑道を見ると壁も床も天井も焼け焦げて、至る所に溶け崩れた様な岩が転がっている。どんな火災が襲ったのか…まるで溶岩流が通り
過ぎたかの様相だった。
「チ、チルダさん!」
戸口を守るように倒れ伏したチルダは、むき出しの身体に火傷を負い浅い息を繰り返している。チルダの火の加護ならば火傷はたちどころに治る
ハズだが、魔力不足のせいかチルダの意識が無い。
「しっかりしてください!」
僕はチルダに呼びかけるが意識は戻らない。この周囲の暑さも危険だがチルダの魔力不足の方が深刻だ。……僕は思案した。
まず、火鼠のマントの襟と裾を切り裂き、裏地にあたる火炎トカゲの革をはぎ取る。次にチルダの体に水筒のぬるま湯をかけて冷まし、火炎トカ
ゲの革で覆うと僕はそのままチルダを背負い歩き出した。
意識の無い人間は何故に…こんなに重いのかッ。坑道を上に向かう坂道は結構つらい。
しばらく進むと前方の暗がりに何やら動く影が見えた。
「ひぃっ、まずい!」
僕はチルダを背負ったまま脇道へ逃げ込む。足腰の負担に筋肉が悲鳴をあげるが、壁の窪みにチルダを押し込んで身を伏せた。坑道を下って来る
のは若い火炎トカゲと見える。体長は成体よりもやや小柄だが僕には対抗手段が無かった。
せめて火の魔法が使えれば囮として火球を投げ込めるものの、僕には魔法の才能が無かった。じっと身を伏せ気配を消す。……若い火炎トカゲは
僕らに気付かずに通り過ぎた。坑道を下り火炎突風の熱源に向かうらしい。
僕は窮地を脱したが、本当の試練はここからだった。
………
幸運にも帰りの旧坑道では火炎突風に遭遇する事は無かった。換気用の魔道装置が上手く働いている様だ。
意識のないチルダは意外と重いが、彼女の鼓動が背中に伝わる。ドクン。ドクン。
僕は砕けそうになる膝に叱咤して坑道を進む。一歩。一歩。
精根が尽き果てる前に坑道の出口にたどり着いた!
外気の冷たさが心地よく感じる。
………
冷たい地面に膝をついてチルダを降ろしながら見渡すと、既に周りは宵闇に沈んでいた。背後の斜面から火炎が吹き出し周囲に大勢の人の気配が
あった。
僕は茫然と騒ぎを見ていたが、その内から松明を翳した兵士に取り囲まれた。ブラル山の自警団のようだ。
「お前たちを、騒乱罪で逮捕する!」
「!…」
僕とチルダは捕縛された。
◆◇◇◆◇
僕は鉱山への侵入と騒動の関与を尋問されたあと牢に入っている。チルダの容態を訪ねてみたが、治療中としか分からなかった。治療が受けら
れるだけマシと言える。
冷めた朝食のあと僕の身元に関する尋問があったので正直に答えておいた。保護者のオル婆は既に亡くなっているが、身元保証人のギスタフ親方
には迷惑をかけるだろう。止むを得ない事情である。
そうした尋問と取り調べの日々が過ぎ三日後に牢から出られたが、チルダと再会することは無かった。彼女の消息は知らされない。
そのまま簡易裁判のような手続きのあと、判決として僕はひと月の強制労働となった。
【続く】
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