001 森の中
2017/12/01 連載はじめました。
2018/03/29 神鳥ピヨ子 キャラ追加しました。
001 森の中
◇ あたしは意識を取り戻した。しかし手足は短く…体は丸くなり…目も見えない。時折に暖かな魔力の波動を感じる他には、何も無い狭い空間だった。
数日すると、この空間を作る外壁を通して話し声が聞こえた。人族ではない…森の人と呼ばれる妖精かエルフに似た部族の言葉だ。あたしには前世の記憶があるらしい。転生も三度目となると慣れた者である。
話の内容はあたしの持ち主の愚痴らしく、ステラと言う兄弟がいるらしい…女の子の名前かしら。あたしは辛抱強くその愚痴を聞いて異世界の情報を得た。どうやら、あたしは神鳥の卵ちゃん!らしい。…名前はまだ無い。
前世の記憶や異世界の知識に照らして見ても、あたしの名前は思い出せない。それよりも問題なのは、身動きも出来ないこの体!…あたしの魅惑の身体はどうしたのかしら……記憶に残る前世の最後の光景はッ!
あたしは堅い殻に包まれた「卵」の中にいるのだと理解した。間違ってスライムや子鬼に転生するよりはマシだと思うけれど……ど、どうなのかしら! 龍種の卵ではないわよねぇ~。
◆◇◇◆◇
そこは、カムナ山の中腹にある、霧深い森の中だった。
僕は薪を拾う。一本。一本。
長い枝は念じて魔力を通すと……乾いた音を響かせて、節からへし折れた。
-PAKN!-
「うん。良い乾き具合だッ!」
多少の湿気った枝も構わず拾う。一本。一本。
これにも念じて魔力を通すと……鈍い音を立て、節からへし折れた。
-GSHNN-
「だいたいコツが、分かったかも…」
この世界の人種は多かれ少なかれ魔術を使うというが…オル婆さんの見立てでは、僕には魔術の才能が無いらしい。魔術の才能を持って生まれた者は、早ければ幼少のうちに…遅くとも十代の前半には魔術の現象を起こすと言われる。
年齢不詳の僕だけど…見た目はまだ十代だから、遅咲きの魔術師としてデビュー出来るかもしれない!…デビューってどこに?…僕は一年ほど前に森でオル婆に拾われた。季節が春夏秋冬とひと廻りして一年経つが、僕は未だに魔術の現象を起こす事が出来ない。
魔術の現象には火・水・風・土などの属性があり、魔術の才能があれば、ひとつかふたつの得意属性があるという。では、魔術の才能が無い者はどうれば良いのだろうか?
僕は薪を抱えて山小屋へ帰ると、乾いた薪と枯草を竈に加べる。
火の魔道具へ魔力を通し…穂先に種火が付いたので、素早く竈に種火を入れる。
「本当に、魔道具とは便利な物だけど…」
水差しの魔道具の「一」の魔石に魔力を通して周囲から水気を集めると、朝霧に濡れた髪と服もついでに乾いた。…魔道具の効果だろう。
集めた水を鍋に注ぎ、米櫃から雑穀をひとすくい鍋に入れて、そのまま竈の火にかける。
湿気った薪を竈に立てかけてから、裏手にあるヤクルの小屋へ行き乳をもらう。ヤクルとは山羊に似た家畜だ。
しばらくは鍋が煮立つまで灰汁をすくい、料理の完成の直前にヤクルの乳を入れてから鍋をひと煮立ちさせた。
頃合いを見て竈から鍋をおろし、再び水差しの魔道具を鍋の上にかざして「二」の魔石に魔力を通した。
今度は湯を集める。…これで濃厚な味の乳粥の完成だッ。
僕は黒パンと乳粥を持って小屋の奥へ入った。
「オル婆。おはよう!」
声をかけると、オル婆は半身を起こした。
「朝っぱらから煩いねぇ」
僕が乳粥を入れた椀を差し出すとオル婆は何か呟いてから食べ始めた。【微風】の魔法かな?…食欲はある様子だ。オル婆は黒パンも乳粥につけて食べている。僕も寝台の脇の丸椅子に腰掛けて一緒に朝食をいただきま~す♪
オル婆は魔法使いだ…とは言っても効果の弱い生活魔法の使い手だが、本人いわく全ての魔法属性に才能があった!そうだが……それは器用貧乏と言うヤツではないか。
「食べ終わったら。顔でも洗って下さいッ」
僕が茶器の準備をしながら言うと、オル婆は魔法を唱えた。
「朝露のきらめきと 春風の…【洗浄】【乾燥】」
「うっぷ!」
僕もオル婆と一緒に顔を洗われてしまった。オル婆は何やら得意顔だ。
確かに…生活魔法の使い手のようだ。僕はジャスミンに似た香りの茶を注ぎカップをオル婆に渡す。
「うむ。飲み頃じゃ……腕を上げたのぉ」
普段のオル婆は猫舌で、ほど良い熱さに満足した様子だ。
「今日はヤクルを連れて南の斜面まで行ってきます」
「そうか。わしは少し寝る…」
オル婆も少しは元気が出てきたかな。
◆◇◇◆◇
僕は家畜小屋からヤクルを連れて出して、カムナ山の南斜面に到着した。春先のこの時期は雪解け水もあり、南斜面は若草色の草原となるのだ。
「この辺りにしよう~」
水場には魔物除けとして結界の魔道具を設置する。この世界には野生動物の他に魔物と呼ばれる猛獣がいる。多くは野生動物が魔力を得て狂暴化した物と言われていた。
僕は結界用の杭を地面に差しながらヤクルたちの様子を見る。
「16号! あまり遠くへ行くなよッ」
ヤクル16号は黒毛の雄だ。額に立派な巻き角がある。
16号はのっそりと草地へ動き出した。次に雌の17号と子ヤギの19号が付いて行く。ヤクルは頭が良くて自分の名前やこちらの意図も分かるらしい。
家畜のヤクルには生まれた順にオル婆が名前を付けている。欠番の18号は頭の黒い兎に喰われたそうで……どれほどの大きさの兎だろうか?…魔物は恐ろしい。
暇があれば、僕はヤクルの周りで石を拾う。硝子に似た茶色や緑色の破片を集めて皮袋に集めるのだ。
幸運にも僕は水場の上の岩棚で薬草を見つけた!…ユリ根と似た植物だッ。
根元を掘り起こし球根を収穫袋に入れて、小振りの球根は埋め戻しておく……来年も頼むよ。
「食材ゲットだぜ!」
この球根には栄養があり、病気にも効果があり、スープにしても美味しい食材なのだッ。
夕暮れの前には小屋へ戻るとしよう。
◆◇◇◆◇
オル婆の山小屋は森と山岳地帯の境に立つ大樹に寄り添う様に建っている。僕はヤクルを家畜小屋に入れてから炊事場へ向かった。
竈に火をいれ、球根の泥を落として軽く下茹でしておく。芋と人参の皮をむき、大きさを揃えて切る。鍋に入れて火にかけ、塩を入れてしばらく煮込むのだ……塩は貴重品らしく備蓄も少ない。
僕は竈に手をかざし念じた。
「炎よ燃え上れ!」
しかし、何もおこらなかった。
さらに鍋に手をかざし念じる。……美味しくなーれ。
「これが、魔術の才能の限界かッ! むむむむむっ…」
僕は脂汗をかきつつも鍋に魔力を注ぐイメージで念じる。
魔術の現象には想像が重要らしく、より具体的な現象の想像と魔術式の展開が必要だと言われる。魔術師は自身の中にある魔力を使って想像する魔術の現象を起こすッ!……というのがオル婆の教えだ。
「ふぅ、そろそろ煮えたかな?」
僕は野菜スープの煮込み具合をみてから、水差しの魔道具で水分量を調整する……良し。
先に下茹でした球根もバラにして野菜スープへ追加した。
「オル婆。夕飯だよ!」
黒パンと野菜スープを持って小屋の奥へ向かう。
「いつも。すまないねぇ…」
オル婆は寝台に起きて待っていた。いつものように【微風】の魔法で野菜スープを冷まし、ひとくち食べると…
「マキト。料理の腕を上げた様じゃなッ」
腕も何も……薄い塩味の野菜スープだが、今日は球根の甘味が出て良い感じかと思う。
オル婆は何か考え事をしながら、黒パンをスープにつけて食べている。
僕の名はマキト。最初は「マキ拾いの小僧」だった呼び名が「マキト」になった。
さすがに、森で行き倒れていた僕を助けてくれたオル婆さんには悪いが…名付けに品性が無いだろう。
僕はどうやって森に迷い込んだのか、記憶が定かにない…自分の名前さえわからなかった。オル婆さんに保護さたが、最初は言葉も通じず怯えていたそうだ。
ところがオル婆さんが魔女の帽子をかぶり直すと、オル婆の言う言葉の意味がわかった。
後で知った事だが【念話】の魔法だとの事で……流石は生活魔法の使い手かッ。
それから一年余りの期間で僕はオル婆さんに言葉を教わり、生活魔法や森の魔物の脅威を学んだ。
一緒に生活する中でひと通りの知識を得たと思うが、…この山奥に人の出入りは少ない。
「明日は塩を買いに村へおりるよ」
「それならば、これを持ってお行きッ!」
オル婆が差し出したのは古びた肩掛けカバンだった。下山して登山するには丁度良い装備品だろう。
【続く】
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作者「ネット小説の投稿は不慣れですが、気長にお付き合い下さいませ」 m(_"_)m