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切符

作者:斎藤秋
 誰もが憧れる切符を手に入れた。

 この切符さえ持っていれば、あとは乗っているだけで終着駅まで勝手に電車が走って行ってくれる。その終着駅は誰にでも行ける場所ではなかった。

 昔はその場所に向かうための手段が無数にあり、ほとんどの人がたどり着ける場所だった。しかし、現在はこの電車のほかには数本しか行くすべはない。

 長く続いた不況で、すべてが変わってしまったのである。

 車内は、その切符を手に入れた人たちが大騒ぎをしている。皆、切符を手に入れたことによる安心感で満たされてしまったために、心のたがが外れてしまったのだろう。

 私は騒ぎが嫌いなため、騒ぎには加わることなくシートに座り車窓を眺めてみた。

 この場所からは、世間の色々なものがみえる。

 普段は気にすることもなかった風景であるけれども、これまでと違った見え方がしてしまうのは、この切符を手に入れてしまったからだろうか。

 田植えをする人。楽しげに会話をしながら帰宅する学生達。小さなお店の主人。幸せそうに散歩をする四人家族。

 そんな町の風景が車窓からは見えていた。

 私は、それらを見ているとこの切符が導いてくれる場所に行くことが、本当に良いことなのだろうかと疑問に思った。

 誰もが手に入れることのできる切符ではない。

 電車が発車する寸前になっても、ホームは切符を持たぬ人々で溢れかえってきた。どうにかして、その電車に乗り込もうと人々は必死になっていた。

「その切符を譲ってくれませんか?」

「おい、どうして俺が乗ることができないんだ。そんなのおかしいだろ。なんで俺に切符を売ってくれなかったんだ!」
 ホームを飛び交う様々な声を聞きながら、私は電車に乗り込んだことをよく覚えている。

 隣に座っていた人も、なにか不安げな顔をしている。私は彼に声をかけてみた。

「どうしてそんな顔をしているんだい?」

 彼は私の顔を見ると言った。

「この電車が向かう場所って本当に良い所なんですかね。みんな良い所だとは言いますが、そんな確証はないじゃないですか。あなたもそう思いませんか?」

 彼は私が漠然と思っていた事を言葉にしてくれた。たしかにそうなのである。

「よかったな。これで安心だ」

 この切符を手に入れた時には、親戚一同全員がそう喜んでくれた。

 私は、彼の言葉に返事をすることができなかった。

「あなたも不安なんですか?」

「そうかもしれないね」

 私は車窓の向こう側の風景に再び目をやった。瞬く間に風景は過ぎ去っていく。

 何もしていないのに切符を持っているというだけで、電車は勝手に目的地に進んで行く。

 車内の騒ぎと不安げな彼、そして私を乗せた電車は何事もなかったかのように進んで行くのだ。

 私は彼に言う。

「私は次の停車駅で降りるよ。君はどうする?」

「えっ、降りるのですか? 私はそこまで言ってませんよ」

 不安であるけれども、降りるという決断にまでは至らぬらしい。それもまた人生だ。

 電車は休憩のために、小さな町の小さな駅に停車した。

 私は切符を見る。

「下車前途無効」

 と、いう文字が目に入った。

 私は駅のプラットホームに降り立つと、改札口へと向かった。背後から声が聞こえる。

「もったいない」

「お前、この電車を降りるなんて馬鹿じゃないのか」

 何とでも言うがよい。これは私が決めた道なのだ。

 戸惑う駅員に切符を渡し改札口を出ると、そこには多くの道が広がっていた。

 電車のように一本の線路を走れば良いのではない。自由にどの道に行っても良いのだ。この自由の広大さに多くの人は圧倒されてしまうに違いあるまい。

 さて、どの道に向かって歩いて行こうか。

 私は駅の椅子に座って考えることにした。背後では休憩を終えた電車が出発するところだった。急ぐ必要はない。電車と違ってダイヤが決まっているわけでもないのだ。

 空の青さが私には眩しかった。

(了)
 

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