裏事情3
痛い。昨日のプレイはちょっとまずかった。
もちろん、乙女が悪いわけではない。
乙女は客の要望に応えただけ。
プレイ中は、当然痛みは感じるものの精神的に高揚しているせいか、もっともっと望んでしまう。
その結果がコレだ。
俺は、昨日、乙女を騙している罪悪感や乙女を再び失うかも知れないという恐怖心が最高潮に高まって、どうにも我慢が出来なくなって乙女に救いを求めた。
乙女に鞭で打たれていると、一時的とはいえ贖罪がなされたようで重く苦しかった心が軽くなる。
そして、こんなどうしようもない俺でも、乙女の愛の鞭(女王様の鞭は深い慈愛によるものだから)によって生かされて、新しい俺が再生する。
おかげで尻は痛いが気持ちは定まった。
赤澤祐一のまま、乙女をもう一度俺に惚れさせる。
俺はやっぱり乙女を諦められない。どうやってでも乙女が欲しい。
乙女が幸せになるよう傍で見守るなんて、出来もしない綺麗事を言うのは止めだ。
乙女は、この俺が幸せにする。今の俺ならば、それが出来るはず。
俺はもうあの時の無力な子供じゃない。
「乙女さん、今日はすみませんでした。本当は、お昼に話そうと思っていたのですが、あんな事になってしまって、結局言えずじまいになってしまって。実は、こちらでの仕事がそろそろ終わるので、僕は本社に戻らなくてはなりません。このまま乙女さんと共に働きたいのは山々なのですが、僕がいると上層部の人間は仕事がやりにくいでしょうからね、そういうわけにもいきません。本社とこちらとでは離れていますから、お昼をご一緒する事がかなわなくなります。それでですね、平日の夜とか、休日などに、会えませんか?」
夜、十時、平日(ただし、金曜は除く)恒例のおやすみなさいの電話を乙女に掛ける。
電話番号を教えてもらった恋人の特権だ。
まだまだ甘い恋人同士とは言えないけれど、乙女が俺に好感を持ってくれているのは分かるし、好きだとも言ってくれたから、このまま順調に交際を続けていけば、そのうち本当に愛してくれるようになると思う。
その証拠に、乙女は店を辞める。
俺との交際を真剣に考えてくれているからこそ、辞めると言ってくれているわけで、俺にとってそれはとても喜ばしいことなのだが・・・・・・
女王様とのプレイが予約消化の残り数か月でおしまいなのだと思うと、とても残念というか、寂しいというか、すごく悲しいのも事実だったりする。
俺は女王様の乙女も大好きなのだ。
恋人の赤澤祐一としては歓迎すべき事に間違いはない。
いくら女王様の乙女が性的なサービスをしないと分かってはいても、男の客をとるという事は男の歓心を買うという事だ。
考えるだけで嫉妬の感情が沸き起こる。
だが、客の寺西勇としては、女王様にもう二度と会えないのだと思うと、辛くてしょうがない。
乙女はうーんうーんと唸りながらも、土日の午前中、モーニングかブランチなら付き合えると返事をくれた。
早速今週末のモーニングデートの約束を取り付ける。
会社という公の空間ではなく私的な空間で乙女に会えると思うと、早朝の健全なデートであってもわくわくした。
十年前の乙女とのデートを思い出す。
家出した俺は当然金が無かったから、乙女を映画や遊園地はもちろん外食すら連れて行ってやれなかった。
他の女には湯水のように金を使ったのに、本当に愛した女には何もしてやれなかったのだ。
乙女が作ってくれたお弁当を持って、夏の暑い盛りなのに公園や入園料の安い市営の動物園に行ったっけ。
そして、俺達はそこにいた家族連れを見て、二人の幸せな将来を夢見たんだった。
乙女が店を辞めたら、高級レストランのディナーだって、夜景が美しい高層タワーのバーにだって連れて行ける。
大人のデートを愉しめるのだ。
そして、ゆくゆくは二人で夢見た事を現実にする。
乙女とのデートプランを練っているうちに、寺西勇の憂鬱など、どこかに吹き飛んで行った。
「今日はご機嫌なのね」
女王様が優雅にお茶を飲みながら言った。
俺は女王様の腕や手をマッサージしながら、ハイと頷いた。
本当は女王様の脚とか腰とかも揉んでみたいけど、まだお許しが出ない。
俺がご機嫌なのは午前中ずっと乙女と一緒に過ごせたから。
朝も夜も会えて、ご機嫌にならないはずがない。
朝ごはんを食べた後は街をぶらぶらして、その時には手も繋いだ。
ぐっと親密感が増したし、乙女も俺を男として意識していたみたいだった。
今度はドライブにでも誘ってみようかな。
そうしたら、密室だしもっと距離が近くなって、昼間でもキスくらいならイケるんじゃないだろうか。
ニマニマしながら来週のデートの計画を練っていると、女王様がスッと腕を引き抜いて、鞭を手に取った。
え?
「そこへお座り」
なんか怒ってるみたい。揉み方が悪かったのだろうか。
俺は女王様が指差した足元に跪く。
女王様は鞭で俺の頭を下げさせると、ブーツのヒールで頭を踏みつけた。
「あなたにはお仕置きが必要ね。私を前にして、他事に気を取られるなんて、許されるものではないわ」
実際には、俺は乙女の事を考えていたわけだから、それは正しくないのだけど、女王様の言う通り、確かに目の前の乙女から今朝会った乙女に気持ちが移っていた。
今朝の乙女は超が付くほど綺麗だった。
乙女はたとえ地味な事務服を着ていても俺にとっては魅力的な存在だけれど、おしゃれをした今朝の乙女は通行人が皆振り返るほど本当に美しかったのだ。
大人になった乙女に再び一目惚れをしてしまうほどに。
「も、もうし、わけ、ございま、ヒッ」
ピシリと尻に鞭がしなる。
ああ、でも、拗ねた女王様の乙女はなんて可愛いんだろう。
体は仕置きの鞭打ちの刑に耐えながらも、心は悦びに震えるのだった。
女王様との時間はあっという間に過ぎ、帰ろうとして更衣室にサングラスを忘れた事に気付く。
取りに戻ると、ちょうど次の客が更衣室から女王様の部屋に入って行くところだった。
その客を迎える乙女の甲高い声が聞こえた。
「シンさん、いらっしゃい! 昨日はありがとうね! お陰様で、ばっちりだったわ。すごく助かった!」
普段聞いた事もないような声音に嫌な予感がして、こっそり扉を開けて中を覗く。
乙女は男と抱き合い抱擁を交わしていた。




