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客その2 ー弁護士ー

 今日の客の職業は弁護士らしい。

 さっきから、自分の弁護が完璧なせいで、悪い奴を無罪にしてしまったと後悔しきりである。

 悪い奴と分かっているなら弁護を引き受けなきゃいいのにと思うのだけど、国選弁護人という制度があって、そういうわけにもいかないみたい。

 被告人が自分で弁護人を立てられない場合は、国が用意すると決まっているのだそうで、勝手に振り当てられてしまうんだって。


 男は、私に懺悔と言い訳を繰り返している。

「僕は弁護人ですから、いかなる悪人であろうとも被告人を擁護するのが仕事なのです。しかし、無罪となった事で、社会に復帰すれば、再びまた罪を犯し犠牲者を出すかも知れない」


 この男は善人なのだと思う。

 弁護人としては正しい行いだと信じていても、良心が疼くんだろうな。


 今日の私の衣装はボンデージに黒いマント、小物は大きな黒い羽の扇とムチである。

 扇をゆったりと動かしながら、高い台座から男を見下ろして、ぴしゃりと言い放つ。


「詮無いこと。この世の手前勝手な善悪など幻想に過ぎぬ。ましてや、不完全な人間が不完全な人間を裁くなど笑止千万。心配せずとも、いずれ真実の裁きを受ける。そなたもな」


「首を洗って待っておれと言いたいところだが、我がそなたの(ごう)を洗い流してやらんこともない」


 この男は、プロの矜持を持つ弁護士である自分と、倫理的な私人の自分との間の歪みが大きくなると、ここにやって来る。

 そして、お決まりの儀式をするのだ。


 実のところ、ここにやって来るほとんどの客が、皆、己の中に解決方法を既に持っている。

 それなのにこんなところにやってくるのは、やっぱり一人じゃ心許なくて、誰かに後押しをしてもらいたいのだと思う。

 

 




 今日、赤澤さんに二度目の告白を受けた。

 この二ヶ月の間、一緒に過ごしてもっと好きになったって。

 見詰められてドキドキした。

 嬉しくて、つい、「私も」なんて言っちゃって、あーもう、どうしよう!!

 でも、私の返事を聞いた時の彼の顔ってば、自分尋ねたくせに一瞬きょとんとした顔をして、その後は照れたのか赤くなっちゃって、すーごく可愛かった。

 赤澤さんが喜ぶと私も嬉しくなっちゃう。これって、やっぱり好きってことかな。

 ようやくあの子の呪縛から、私も逃れらるのかも知れない。


 私には大好きな男の子がいた。初恋だった。過去の私が全身全霊で愛した男の子。

 初めてのデート、初めてのキス、初めての夜、私の初めてを全て奪った男。

 その時は奪われたなんて思わなかった。だって、私が望んで何もかもを彼に捧げたのだから。

 お互いがお互いを求め合った結果そうなったと、捨てられるまでずっと信じていた。

 でも、彼にとってはひと夏の恋の遊び、所詮は身分違いの恋、成就するはずがないものだった。

 

 だけど、諦めの悪い私の恋心はずっと彼に奪われたまま。

 誰と付き合っても二度と心が歓喜に震える事はなかったけど、赤澤さんとなら、過去の恋にやっとさよなら出来る予感がする。

 恋愛はもう必要ない。穏やかな愛情でお互いがお互いを思いやれる、優しい関係が築ければいい。


 携帯電話がブルブルと震えた。

 あ! 今日、赤澤さんに番号を教えたんだっけ。表示された名前を見れば、やっぱり彼からだった。


「は、はいっ、乙女です!」

 

 なんていうか、プライベートな自分の空間に男性を入れる(電話の声だけど)のは、随分久しぶりの事で、つい親密な関係を意識してしまって、緊張から思わず力の入った声が出た。

 はずかしー! いい年した大人が、異性を意識し始めた中学生みたいな声を出しちゃった。


 受話器越しに笑われた気配はしたけど、赤澤さんは聞かなかったフリで、大人の対応をしてくれた。


「特に用というわけではないのだけど・・・今日はありがとうってもう一度お礼を言いたかったのと、僕の真実の気持ちを伝えたかったんだ。僕は、乙女さんが本当に好きだ! 誰よりも愛している! 大切にしたいと思うし、僕の手で幸せに出来るなら、すごく嬉しい。僕は、本当は、・・・・・・」


「赤澤さん?」


「乙女さん! 今話した僕の気持ちは本当だから! それだけは信じて欲しいんだ! 言いたかったのはそれだけだから、えっと、時間をとらせて悪かったね、じゃあ、おやすみ、また明日!」


「あ、あの、・・・」


 赤澤さんは切羽詰まったように言うだけ言うと、こちらの返答も待たずに一方的に切ってしまった。


 うーん、さっきの電話は何だったんだろう?

 すごく焦っていたみたいだし、いつもの落ち着いた彼らしくなくて、なんかすごくヘンだった。


 それに、僕の本当の気持ちって、改めて言わなくても、毎日耳にタコが出来るほど聞いているのに。

 赤澤さんはアメリカに長い間留学していたらしくって、そのせいか感情の表し方がアメリカ人っぽいのだ。

 風貌は典型的な堅物サラリーマンって感じなのに、日本人なら照れて言わないような甘い言葉を初めからたくさん贈ってくれた。


 初めての電話に緊張したのは、私だけじゃなかったってことかな?


 





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