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裏事情1

「司、どうだった? 愛しの君には会えたのか?」


 俺の右腕、第一秘書の赤澤祐一がニヤニヤしながら聞いてきた。

 赤澤とはアメリカ留学時代からの友人だ。

 バブルが弾けて、守りに入った大企業で腐っているところを引き抜いた。

 帰国して、会社を立ち上げてからは公私にわたって俺をサポートしてくれている。


「ああ」


 俺は今日、買収したばかりの東海商事、つまり乙女の勤める会社に、査察(・・)に出掛けた。

 乙女の事は、遠くから眺めるだけのつもりだった。

 どの面下げて、乙女に会えるというのか。


 俺と乙女は今から十年前、お互いが高2の夏に出会い、激しく恋に落ち、生涯忘れられないほどの大恋愛をした。


 だが、俺の家の問題で、俺と乙女は引き裂かれた。

 俺はアメリカに留学させられ、結果的に乙女を捨てることになった。

 捨てたつもりなどなかったが、その時の俺は無力なガキで、乙女を守るにはそうするしかなかった。

 乙女を守ったつもりでいた俺は、己に力をつけるべくアメリカで勉学に励んだ。

 カレッジ時代には、友人と通信関係の会社も立ち上げ、思いついたアイデアを積極的に実践し、経験を積み上げていった。

 力をつければ大人達に屈することなく、乙女と幸せになれると信じていたから。

 しかし、六年後日本に戻ってみれば、乙女の実家の土建屋は倒産しており一家離散、乙女は行方知れずになっていた。

 嫌な予感がして調べてみれば、やはり西園寺家が裏で動いていた。

 バブルが弾けて景気が悪くなっていたところに、西園寺家の圧力が追い打ちをかけ、持ちこたえられなかったようだ。


「乙女は俺が分からなかった。だから、お前の名前を借りた。俺はお前の名前で、東海商事に出向する事にする」




 俺は査察の前にひと目後ろ姿だけでも乙女を見たいと思って、庶務課をうろうろしていた。

 変装しているとはいえ、バレやしないかとドキドキ緊張する。

 あー、胃がキリキリする。

 あ! 乙女だ。

 視線を感じたのか、乙女が突然俺の方を見るもんだから、俺は驚いてとっさに廊下の隅に隠れるように移動した。

 あー、びっくりした。心臓が飛び出しそうだ。


「あの、大丈夫ですか?」

 マズイ。見付かってしまった。

 乙女が背中ごしに声をかけてきた。

 俺は思わず顔を隠すようにうずくまった。やばいやばいやばい。

「うっ、胃が・・・」

「やっぱり具合が悪かったんですね。お見かけしない顔ですけど、所属はどちらですか? 連絡を入れますから、お名前を教えて下さい」

 え? もしかして、俺って分からないのか?

「あ、だ、大丈夫です。どうぞ、おかまいなく。持病のストレス性の胃痛なんです。大した事はありません」


「ストレス性の胃痛・・・ふーん、ならいいものがあるわ! あの、ちょっとこっちに来て下さい」

 乙女は俺を給湯室に連れて行って、椅子を出してくると半ば強制的に座らせた。

 そして冷蔵庫から梅干しを出すとコップに入れ、お湯を注ぎ、梅干しを潰して俺に手渡してくれる。

「特製梅干し入り白湯です。これを飲めば治りますよ。母直伝なんです。二日酔いなんかにもよく効きます。持病なら、これをあなたに差し上げます。ああ、私の分はまだ家にありますから、遠慮はいりません。えっと、やっぱりお名前を教えてもらえますか? 連絡を入れておきます」

「ご親切にしていただき、ありがとうございます。えっと、僕は赤澤といいます。所属はまだ決まっておりませんので連絡は必要ありません。僕は、H&Oコーポレーションから出向して来たばかりなのです」

 


「ふーん。変装が上手くいったってわけか。それでどうするつもりなんだ」



 俺は、探偵を雇い乙女を探した。

 それと同時に、西園寺家とは縁を切り、独立した。

 もう俺は無力なガキじゃない。

 当時はバブルが弾けて、経営に喘ぐ企業が多かったから、アメリカで得た資金を元手に幾つかの企業を買収し、その足掛かりとした。

 西園寺家への反骨心と乙女一家への悔恨の情が、俺をがむしゃらに働かせる。


 二年ほど経って、ようやく乙女一家の行方が分かった。

 おやっさんは若い連中と何でも屋みたいなものを郊外で始め、姐さんは銀座に戻っていた。

 そして、乙女は中堅企業でOLをしながら、風俗店でアルバイトをしていた。

 俺は泣いた。

 俺のせいで、乙女にも乙女の両親にも辛酸を嘗めさせてしまった。

 すぐにでも救ってやりたかったが、お金を持っていったところで素直に受け取るような人達じゃない。

 俺はおやっさんの何でも屋を、気付かれないように後押しするための手配をし、姐さんや乙女を陰から支える方法を模索した。


「傍で支える。乙女が幸せになれるように」




 見守るだけのつもりだった。

 だけど、会えば恋慕が募る。もっと近付きたい。誰にも渡したくない。

 我慢出来なくなって交際を申し込んだ。

 昼休みの時間だけだけど会う事が許されて、灰色だった毎日が輝いていく。


 乙女が傍に居てくれるなら、何だって出来る。

 東海商事の業績を上げて、給料を増やしてやればアルバイトだってする必要がなくなるじゃないか。

 やる気がふつふつと沸いて出た。

 





 

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