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司の事情1

「司君、山下だよ。久しぶりだね、元気だったかい?」

「・・・ああ、ご無沙汰してます、山下専務」

「乙女、山下興産、専務取締役の山下康介さんだ」

 会員第二十五号、山下興産(株)、専務取締役、山下康介、五十二歳、トノに渡された会員名簿を頭に浮かべながら、隣にいる乙女に紹介する。

「そちらが噂の奥方かな?」

「はい、妻の乙女です」

「はじめまして、乙女さん。とても嬉しいです。やっとお会いすることが叶いました」

「え?」

「ああ、乙女さんは、加納社長の秘蔵っ子で有名ですから、お目にかかりたいとずっと思っていたんです。なるほど、お美しい。お近づきの印に握手をしてもらえますか?」

「あ、はい」


 ・・・・・・


「これからも、よろしく頼みます」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 山下という男は、乙女の差し出した手を嬉しそうに両手で握って握手をすると、にこやかに去って行った。


 俺達は今、じーじ二人、つまりドクとロイに一歳半になる娘の心美(ここみ)を預け、夫婦で、ある祝賀会のカクテルパーティーにやって来ている。

 そして、既に会場入りしていたトノやハク、その他の知り合い(・・・・・・・・)に挨拶をして回っているところだ。

 乙女は、当初パーティーと聞くと、昔のお客さんに会ってバレないだろうかと酷く心配していた。

 妻である自分がSMクラブで女王様をしていたと世間に知られたら、俺の名前に傷がつくと思っているからだ。

 だが、何度か参加して様子を窺ううちに、最終的には大丈夫そうだと結論付けたみたいだった。

 最近では、これも社長である俺の伴侶としての務めだと、一生懸命社交に励んでくれている。


「はぁ~」

「どうした?」

「また、シンさんの秘蔵っ子だって。絶対にアレのせいよね」


 トノは自分がデザインしたドレスや高級下着を、自身の人脈の口コミでセレブ相手に販売していた。

 それに加えて二年ほど前から一般向けに、カッコ綺麗可愛いをコンセプトにした普段使いの洋服を、会員制通信販売で売り始めたのだが、それを機にブランド名をカノウからOTOME BRANDに変更した。

 乙女をイメージしてデザインしたものだから、乙女ブランドと名付けたという。

 セレブ御用達という看板と会員制通信販売という希少性が、高級志向の二十代から三十代の女性の心を擽り、今や大人気だ。

 

「シンさんが、わざわざ(・・・・)乙女ブランドなんて名前をつけて、吹聴してるからよ。おまけに、名前の使用料だとか言って私に大金を振り込んでくるのよ!! もう、本当にシンさんが何を考えてんだか、訳分かんない」

 

 トノは驚くほど抜かりが無くて、個人的な趣味でやってるような会社なのに業績は上々、乙女にはロイヤリティとして売上の10%が入るように手配し、且つ乙女の名前を広める事で逆に藪の中に隠すという荒技をやってのけた。


「でも、乙女ブランドに改名してから、売上は伸びてるらしいし、トノが好きでやってるんだから、ほっとけばいいさ」            

「だって、あんな大金、受け取れないよ。シンさんにはお父さんの会社を助けてもらってるしさ、あ、勿論、司にも感謝してるよ。司が会社を買い取ってくれたお陰で、借金が返せたってお父さん言ってたもん。お母さんも、お父さんと一緒に暮らせるようになって喜んでたし、司には本当に感謝してる」 

「それはいいんだ、元々俺のせいなんだから。トノの事も、乙女は気にしなくて大丈夫だよ。あれは、トノが、姐さんにイイとこを見せたかっただけだから。トノと姐さん、昔からの知り合いみたいだよ」


 おやっさんの会社は、現在トノのグループ傘下に入っている。

 今更、西園寺家が手を出して来るとは思えないけど、傘下にいれば堂々と守ってやれるし、また支援もし易くなるからなと言ってトノが組み入れたのだ。


「えーーー!? 何ソレ、そんな話、全然聞いてないよ!! もう、いっつもそうなんだから! 私だけのけ者なのよ!!」

「そんなことないよ。俺は、乙女が聞けば、ちゃんと言うよ?」

 そう、聞かれたならば、隠さず言うつもりだ。

 俺は会員である前に、乙女の夫でいたい!



『誰のお陰で乙女と結婚出来たと思ってるんだ。俺達には、あのまま乙女を返さないという選択肢もあったんだぞ』


 あれ以来、俺は乙女の下僕ではなく、親父達の下僕になり果てている。

 こうやって乙女をパーティーに連れ出し会員に引き合わせたり、乙女のお出かけ情報を書き込んだ会報を月に一度作ったり、夫なのに、妻と会員の仲を取り持つ仲介役のような事をさせられているのだ。

 おまけに、親父達は夫である俺の目を憚る事なく、図々しく俺の妻や娘を愛でにやって来る。

 乙女が俺と親父達が親しい間柄なのだと勘違いしてるのをいい事に、親父達はやりたい放題なのだ。 

 夫として不満に思うのと同時に、乙女の夫として、俺は、親父達に頭が上がらない事情がある。



「何ですか、これは」

「乙女女王様の”下僕の心得十カ条”です」

「それは見れば分かりますけど・・・」

 初めて乙女の店を訪れた日、乙女を指名すると店員にその紙を手渡され、説明を受けた。


 乙女女王様専用 下僕の心得十カ条

 一、女王様に性的なサービスを強請ってはならない

 二、女王様に恋愛感情を持ってはならない

 三、女王様を詮索してはならない

 四、女王様にストーキング行為をしてはならない

 五、女王様に汚らわしいものも見せてはならない

 六、女王様に迷惑行為をしてはならない

 七、女王様に個人的に接触しようとしてはならない

 八、女王様を専有しようとしない

 九、女王様に影で守る会の存在を密告してはならない

 十、女王様の幸せを何よりも優先するべし


 不順守が判明した場合、即刻下僕の称号を剥奪、出禁に処する!

 乙女女王様を影ながら守る会 会長 下僕第一号


 乙女を指名したければ、この十カ条を守るのは当然のこと、試用期間を得て、正式な実名登録会員にならねばならないとの事だった。



 借金返済のために、乙女が己の身を犠牲にして男達の性処理をしていたかと思うとゾッとする。

 もし、そんな事態になっていれば、俺は後悔してもし切れないほどの罪の意識に苛まれたに違いないし、そうなれば、乙女にいくら愛していると言っても信じてもらえなかっただろう。

 だから、どん底の乙女を見守り支えてくれていた親父達には、感謝しかない。

 他の常連客とがっちりスクラムを組んで悪質なストーカーを排除し、乙女の身の安全も図ってくれていた。

 それは勿論、乙女の為になされた事で俺の為ではないけれど、乙女がこうして健やかに存在しているのを見れば、やはり感謝せずにはいられないのだ。


 だけど・・・・・・


『お前のいない間に、俺達と乙女の間にも絆が生まれた。一度は、乙女の幸せのために涙をのんで何も言わずに手離してやった。それなのに、その宝が泣いて戻って来たのだぞ。もう二度と離すか、遠慮はせんからな』


 自分の失態が招いた結果とは言え、痛恨の極み、大失敗、後悔しきりである。

 


 



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