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同志

「わあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

            

 僕は目をぎゅっと瞑り、ビシッという音と共に激痛が襲ってくるのを待った。

 ああああああああああああああ、ん? あれ? 痛くない。

 

 女王様が目隠しを取ってくれて、首輪も外してくれる。

「終わりよ。怖かった?」

 女王様は優しげに微笑んでいる。

 え? 終わり? 本当に?

 安心すると同時に、ヘナヘナ腰が抜けた。


 今までのあれは何だったのだろう。演技なのだろうか? それとも、あれがプレイというものなのか?

 女王様の雰囲気はすっかり明るく変わっていて、さっきまでのサディストの気配は微塵も感じられなかった。


 女王様が呼んでいるけど、僕は動けない。

「すみません、腰が抜けて動けません」正直に申告する。

 すると、女王様はしょうがないわねぇと言いながら、僕の目の前にやって来て、床に座る。

 そして膝を叩いて、膝枕をしてやるから、僕に寝ろと言った。

「最初に約束したでしょう? 寝かせてあげるって。女王様の命令よ、従いなさい」


 膝枕なんて恐れ多いとは思ったけど、命令には従わなければならない。

 女王様の柔らかな太腿の温もりが心地いい。

「女王様の命令は絶対よ。下僕に意思は必要ないの。私を前にしてあなたが考えていいのは、私の事だけ。私が寝なさいと言ったら、あなたは寝るのよ」



 肩を叩かれて、目を開けると女王様の顔が見えた。

 あ、寝てたのか。

 起きなさいと言われて、言われた通りに起きる。


 テーブルに連れて行かれて、椅子に座るとお茶が用意されてた。

 茶菓子もあって、どうぞと言われる。

 僕は、甘いものが好きではないのですと遠慮すると、今度は食べなさいと命令された。

 仕方なしに少し齧れば、口に広がる甘さがじわじわと脳に染みて、とてもおいしいと感じた。

 残りは貪るように食べてしまった。

 食べたら食欲中枢が刺激されて、余計にお腹が空いてきた気がする。

 そう言えば、このところは食欲もなくて、まともな食事をしたのはいつだったか。


 時間になって、女王様が言った。

「眠れなくなったら、私の顔を思い出しなさい。いいわね、あなたは下僕、私の命令は絶対よ」


 帰り道、妙に頭がすっきりしていた。

 ほんの少しの時間だったけれど、ぐっすり眠ったせいかも知れない。

 腹も減ったし、自宅(うち)に帰って夕飯を食べよう! 家族の顔も見たい。

 そう言えば、最近ずっと研究室に籠もっていたから、家に帰るのも久しぶりだな。


 家に帰ると、妻と娘が泣いて喜んでくれた。

 妻によると、僕は少しおかしくなっていたらしい。

 睡眠も食事もまともに取らず、誰が話しかけようと返事もしないで、ずっと研究室に引きこもっていたのよと泣きながら妻が言った。      

 確かに悩んではいたけど、研究室に引きこもる事なんて珍しくも何ともないし、家族が泣いて心配するほどの事だろうかとも思う。

 しかし、妻に鏡を見せられて、僕は驚いた。

 一瞬誰かと思うほどに、頬はこけ土気色で、体はガリガリの骸骨みたいになっていた。


 僕は、大学の付属施設の先端医療開発センターで、再生医療の研究をしている。

 僕の最終目標は、移植しか治らない腎臓病や心臓病の人達のために、臓器の一部または全部を作ることだ。

 だけど、研究にはお金がかかる。

 勿論、大学から資金は支給されるが、それで足りるなどとは到底言えなかった。

 だから、企業から資金を提供してもらい、合同研究という形を取ったり、見返りに企業の有利になる情報を提供したりするのだ。


 僕は、長く合同研究していた企業から、成果を要求されていた。

 資金の打ち切りを言い渡され、どうしても結果を出さなければならない。

 焦れば焦るほど上手く行かず、考えれば考えるほど袋小路に迷い込んで、僕は一人もがき苦しんでいた。


 あれから、不眠症に悩まされる事はなくなった。

 結局、結果は出せず資金提供は無くなったが、却って良かったように今は思える。

 企業との合同研究は、資金が潤沢になる代わりに枷も嵌められる。

 今は、規模は小さくなったものの、誰に遠慮することもなく自由な発想でチャレンジ出来る。


 試してみたい事が沢山あった。

 僕が今、こんなに幸せな気持ちで楽しく充実して研究に取り組めているのは、全部女王様のお蔭だ。

 これまでは、実験に失敗する度くよくよ悩んで落ち込むのが常だったけれど、今の僕には大抵の事が些末に思える。

 応援してくれる家族や仲間が居て、自分が健康でありさえすれば、実験なんて何度だってやり直せる、大したことじゃないと思えるのだ。


 女王様の事は、毎日のように思い出す。

 もう一度会ってお礼を言いたいけれど、それはもう叶わない。


 お茶を飲み干す頃には糖分を得た頭が働き出して、女王様がやった事は全て僕のためになされた事だと分かっていたし、仮面に隠し切れない美しい(かんばせ)が、優しい微笑で僕を見守る様子はまるで女神か聖母そのものだった。

 だから、また会いたくて会計時に予約を申し出たわけだけど、女王様はもう辞められているとかで、今は予約分だけを消化している状態なのだと聞かされた。

 残念に思うのと同時に、先輩がその貴重な予約を僕のために譲ってくれたのだと理解した。

 

 そして、後から妻に明かされた話で、土井先輩に会ったのは偶然ではなくて、妻が僕を心配して先輩に相談したからということが分かった。

 誰の忠告も受け付けなくなっていた僕に、尊敬している土井先輩の言うことならきっと聞くだろうと判断しての事らしい。

 先輩に迷惑をかけて申し訳なく思うのと同時に、妻にそこまでさせてしまった自分に腹が立った。


 先輩に会い、手を煩わせてしまったお詫びとお世話になったお礼、そして充実した日々の近況を報告する。

 先輩は喜んでくれて、応援するから頑張れよと励ましてくれた。


 その翌朝、出勤するとセンター長から呼び出しがあり、朝から僕の研究室に寄付したいと申し出る企業からの電話が鳴りっぱなしなのだが、何か心当たりがあるかと聞かれた。

 昨日、確かに企業からの資金提供が打ち切りになった話を先輩にこぼしたばかりだけど、まさか先輩が手を回してくれたのだろうか?


 僕は、直ぐに先輩に真偽のほどを確かめる電話をかけた。

 すると、困っていると話をしたのは確かに自分だけれど、判断したのは彼だよと、お礼は本人に言うといいと直通の電話番号を教えてくれる。


 彼とは、加納信一さんという方で、加納グループのトップ、先輩の高校時代からのご友人らしい。

 僕は知らなかったけど、加納グループは千葉が本拠地の地元では有名な大きなグループ企業なのだとか。

 儲かってるみたいだから、遠慮なくもらっておけと先輩は軽く言ってたけど、友達の後輩というだけで会ってもいない知らない人間に、困っているからといって大金を出したりするだろうか。

 加納氏の意図が読めない。

 彼が社長を務める服飾関係の会社を筆頭に、加納グループ内の幾つかの企業と、おそらくは加納さんが口利きしたと思われる企業数社が寄付してくれたのだが、どれも医療分野の会社ではないだけに、理由が分からないのだ。

 純粋に再生医療発展のために寄付してくれたという事だろうか。



 僕は、早速加納氏に電話をして、お礼と寄付の理由を尋ねたのだが。


『ああ、気にしなくていい、俺達は同志だからな。馬鹿のお陰で会は存続する事になったから、会員証とバッチと心得十カ条を送るよ。詳しくは良一に聞いてくれ。じゃあ、研究頑張れよ』 

 

 返ってきた返答は、さっぱり意味が分からなかった。

 同志? 会員証? もしかしてヤバい系の人? 一瞬疑ったけど、そう言えば先輩のご友人デシタ。

 先輩の紹介なんだから大丈夫だとは思うけど、やっぱり謎の会員証は恐ろしい。

 戦々恐々として、届くのを待つ。

 数日後に届いた物に、僕は感涙した。






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