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エピローグ1

 控え室に戻った私はパニックに陥っていた。

 司に会えたのは純粋に嬉しい。会いたくて会いたくて堪らなかった人だから。

 だけど、こんな場所でしちゃうなんて、自分で自分が信じられない。

 しかも、中に出されて、子供だって出来てる可能性がある。

 どうしよう。私の今の恋人は祐一さんなのに。


 っていうか、司、結婚しようって言ってた。西園寺家とは縁を切ったって。

 司と・・・ほんとうに?

 っていうか、あのキス男が司だったなんて、信じられない!!

 思い返せばいろいろ・・・っていうか、随分昔から来てるよね?! 

 司はもっと前に帰って来てたってこと? なんで、変装なんか、ああ、頭がこんがらがる。

 とりあえず、司とあの男についての考察は後にしよう。


 そんな事より、どうしよう、祐一さんを裏切ってしまった。

 司とよりを戻すにしても、きちんと別れてからにするべきだった。

 強引に迫られたにしても、私は司のキスに応えてしまっていたし、司だけを責めるわけにはいかない。

 あんなに優しくしてもらったのに。


 祐一さんになんて謝ればいいの・・・

 でも、今後、司とどうなろうとも、関係を持ってしまった以上、知らんぷりして祐一さんと結婚することは出来ない。

 涙が零れた。悲しい。

 祐一さんと温かい家庭を作りたいと思っていた。

 ぽろぽろぽろぽろ溢れて止まらない涙は、シャワーで洗い流した。





 翌朝、一刻も早く祐一さんに謝罪して、お別れを告げる決心をする。

 でなければ、司とも会えない。会えば、馬鹿な私はまた同じ事を繰り返してしまう可能性があるから。

 大切な二人に対して、不誠実な態度は取りたくない。


 とは言え、週明けの月曜日、いきなり会社を休むわけにもいかず出勤する。

 午前中に急ぎの仕事だけを済ませ、午後から休みを取って早退した。


 急げば、祐一さんのお昼休み中に会えると思い、地下鉄に飛び乗る。

 前もって電話をした方がいいとは思ったけれど、なんと言えばいいのか思い付かず、結局連絡を入れないまま訪ねる事になってしまった。


 重いため息を吐きつつ、何とか逃げ出したいと思う気持ちを奮い立たせて、丸の内にある祐一さんが勤めるT&Oコーポレーションの前までやって来た。

 覚悟を決めて、受付の女性に赤澤祐一さんを呼んでもらいたいとお願いする。

 部署を聞かれて、はて、祐一さんの部署ってどこだっけ? 頭を捻る。そう言えば聞いていない。

 最近まで東海商事に出向されてて、その時は総務部統括課だったんですけど、本社でも総務部?かしら?えっと、えっとと、ごにょごにょ言ってたら、受付嬢がどこかに電話をして聞いてくれた。


 しばらくお待ち下さいと言われ待っていると、祐一さんは総務部じゃなくて社長室付きの第一秘書である事が分かった。

「あいにく、今、赤澤は手が離せないので、こちらに参る事が出来ません。社長室までお越し願えますか?」

 受付嬢がさらっと言った言葉に驚く。

「社長室ですか?!」

 声が裏返った。別れ話を社長室でせよと?! 

 ナイナイナイナイ、ムリムリムリムリ、女王様なんてやってたけど、本当は小心者の私にはムリ!


「あの、お忙しいようなので、やっぱり出直します」

 骨を折ってくれた受付嬢には大変申し訳ないけど、やっぱり電話して、どこかのお店で待ち合わせて、そんでもってそこで話そう、うん、そうしようと、踵を返したところで声をかけられた。

 

「すみません! 北条様ですか? 赤澤は今、手が離せないものですから、僕がお出迎えに参りました! どうぞ、こちらです!」 

 げっ!

 入社したてと思われるような若い僕ちゃんが、走って来たのだろう、息を乱しながら言った。


「えっと、あの、お忙しいのにお邪魔してもなんですから! また、連絡しますとお伝え下さい」

「それはいけません! 赤澤からは丁重にご案内するようにと申し付かっておりますので、北条様をこのままお返ししたら、僕が叱られてしまいます」


 ブンブン首を振り縋るような目を向けられれば、同じような下っ端である私は、僕ちゃんを無下に出来なかった。

 仕方がない、アポだけ取り付けて、早々に退出しよう。

 

 どうぞと、社長室に押し込められて、赤澤は直ぐに参りますのでとドアを閉められる。

 社長はいないよね?! 一応、気配を探る。いないみたい。

 そりゃそうよね、いたら私をここに入れるわけないもん。

 祐一さんの顔をちゃんと見て話せるかな。

 でも、先に延ばしたところで状況は変わらないんだから、早い方がいいに決まってる。

 あ、また涙が出てきた。昨日、あれだけ泣いたのに。


 その時、社長室の中にあるもう一つの扉がノックと同時に開かれた。

 コーヒーセットをお盆に乗せて、男性が入って来る。


「あ、どうもありがとうございます」

 給仕してくれる男性にお礼を言った。

 高級そうな応接セットの革張りのソファーに座るように促され、しぶしぶ、ちょこんと座る。

 一介の平社員に、社長室の応接ソファーはハードルが高いです。えーん、早く帰りたいよぅ。

 祐一さん、お願いだから早く来て!と、心の中で念じていると、その男性が正面に座る。

 ? 祐一さんが来るまでの話し相手でもしてくれるつもりなのかな? 

 

「初めまして、僕が本物の赤澤祐一です」

 おかまいなくと言おうとして、固まった。え?!

「司から聞きましたよ、おめでとうございます。ククッ、アイツやっと白状したんですね。乙女さん、驚いたでしょう?」


 一体何のこと? 司? なんで司の名前がここで出てくるの?

「司って・・・」

「ああ、司は今夜あなたと会う約束があるからと、仕事を詰めて朝から奔走してますよ。でも、そうですね、もう少しお待ち頂けたら、戻ると思いますので、それまでに決めてしまいましょう」

「一体何の事ですか?」

 この人の言ってる事がさっぱり理解出来ない。


「式場ですよ。僕が乙女さんの意見も聞いた方がいいだろうって助言したんです。それで、来て下さったんでしょう? 三ヶ月以内に挙げられる結婚式場なんて無茶を言うんですから、早くしないと」

「ちょっと待って下さい! 私、結婚するなんて言ってません!」

「え? そうなのですか? でも、司はあなたが自分を恨んでいないどころか、ずっと愛してくれていたととても喜んで、僕に日程の調整や式場の手配、招待客のリストアップをするようにと」

 

 どういう事か、だんだん分かってきた。

「あ、あの! 一つ聞いてもいいですか? 司がうちの会社を買収したのって、やっぱり偶然じゃないんですよね?」

「もちろん違いますよ。あなたを影ながら支援するためです。あの会社は同族会社でね、買収には苦労しましたよ」


 支援・・・


「・・・名前を偽って変装していたのも、同じ理由ですか?」

「そうですよ。あなたに合わせる顔がないと言ってね。自分があなたを愛したせいで、あなたもご家族も不幸にしてしまったと大変悔いておりました。あなた方を幸せにする責任が自分にはあると、一生懸命がむしゃらに働いて、ここまで会社を成長させたのです」


 

 



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